第37話 最後のピース
「イザベラ王女! 駄目だ!」
クリストフは血の気を失ったイザベラを抱きしめる。
どうすればイザベラを助けられるのか。
早く医師に見せなければ。
だが、呪いのせいで医師もみな眠っている。
(……呪いは、解けたのか?)
イザベラが無理をしてまで、魔女の名を刻んだ。
計画では、アルフレッドの慰霊碑とシエラの歌によって魔女の魂を癒せるはずだった。
しかし、森からの攻撃が止んだだけで、以前として暗く不穏な雰囲気に包まれている。
まだ油断はできない。
シエラはイザベラのことを気にしながらも、歌い続けていた。
アルフレッドも、すべての魔女の名が刻まれた慰霊碑を整えていく。
二人とも、イザベラの頑張りを無駄にしないために必死に考えて動いている。
(俺には何ができる……?)
ヴァンゼール王族としてここにいるのに、自分は何をしているのか。
クリストフはイザベラの体をそっと地面に横たえ、自身のジャケットを彼女にかけた。
王族が手掛けた刺繍には、守りの力があると信じられているから。
『クリストフ、呪いはまだ完全には解けていない』
ラリアーディスの霊魂が、クリストフに語りかける。
「完全には……ということは、解け始めているのですね?」
クリストフの問いに、ラリアーディスは頷いた。
呪いを解くことは不可能ではない。
今回の計画は成功しているという希望が持てた。
けれど、あと一つ足りないピースがあるとすれば……。
「ラリアーディス陛下、会いたい人には会えたのですか?」
ラリアーディスがこの世に未練を残していたのは、愛した魔女に本当の想いを伝えられなかったからだ。
『あぁ。だが、姿は見えても声が届かない』
声が届かないのでは、数百年前の真実も、愛の言葉も伝えられないままだ。
二人がただ会うだけでは意味がない。
霊魂である二人を結び付けるにはどうすればいいのだろう。
そう考えた時、慰霊碑が目に入った。
「アル。ここにもう一人、名を刻ませてもらう」
「クリストフ殿下……もしや」
「あぁ。ラリアーディス陛下の名だ」
「分かりました。では、お願いいたします」
アルフレッドは彫刻刀を取り出し、クリストフに渡した。
さすが親友だ。
これはクリストフがやらなければならないと理解してくれている。
「ありがとう」
彫刻刀と受け取り、クリストフは慰霊碑に向き合う。
イザベラが最後に刻んだのは、前世の名だろう。
その前に刻んだ名に手で触れて、クリストフはラリアーディスの様子を伺う。
『それが、彼女――グリエラの名だ』
グリエラの横にはまだ名を刻めるスペースがあった。
クリストフはそこに彫刻刀をあてる。
アルフレッドほどではないが、クリストフも彫刻刀を扱うことはできる。
芸術の国の王族として、あらゆる分野の芸術を習得してきた。
今ほどそれに感謝する時はない。
クリストフは大切に名を彫っていく。
「ラリアーディス・ヴァンゼール……どうか、長年の願いを叶えられますように」
すれ違い、呪いとなってしまった愛が、本来の形を取り戻せるのか。
クリストフはただ想いが届くことをただ祈ることしかできない。