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包帯公爵の結婚事情  作者: 奏 舞音
結婚式編
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第36話 後悔しないために

『イザベラ。いくら友好国といえど、王女がたった一人で訪問するなど前代未聞だ。今度は何をしようとしているんだい?』

『ごめんなさい、お兄様。わたくしは、ヴァンゼール王国でやるべきことがあるのです』

『助けが必要なら、人を手配することもできる。せめて護衛騎士や従者は連れて行くんだ』

『移動の馬車を手配してくださるだけで十分ですわ。それに、わたくしの罪滅ぼしはまだ終わっていませんもの。お兄様、あまりわたくしを甘やかさないで頂戴』

『……必ず無事に帰ってくると約束できるか?』

『お兄様。もし、ヴァンゼール王国でわたくしに何かあったとしても、それはわたくしの責任です。決して、ヴァンゼール王国を責めるようなことはしないでくださいね』


 ロナティア王国出発前、兄エドワードと交わした会話をイザベラはふと思い出していた。

 無事に帰るという約束は嘘になるからできなかった。


(お兄様は本当に過保護よね……)


 自分が今、ロナティア王国の王女イザベラであることを忘れたわけではない。

 馬鹿なことをしでかした娘でも愛してくれる両親と、心配してくれる優しい兄がいる。

 家族は健在で、大きな争いもなく、平和で豊かな暮らし。

 それに、恋なんてするつもりはなかったのに、好きな人もできた。

 相手は王子様で、イザベラを好きだと言ってくれる。

 婚約を解消して、酷い態度をとっていたのに、変わらず優しく接してくれる愛情深い人。

 封印しているこの恋心を伝えたら、きっと彼は大切に愛してくれるだろう。

 ”イザベラ”としての人生はとても幸せに満ちている。

 ただ、前世の記憶もすべて忘れて”今”を生きることができたのなら……という条件付きだけれど。


(ふっ……そんな人生、もうごめんだわ)


 自分に都合のいい場面だけを見ようとして、前世のベラはどうなった?

 どれだけ後悔してもしきれない思いをした。

 だから、イザベラはどんなに苦しくても、辛くても、すべてから目を背けないと決めたのだ。

 たとえこの身が耐えられなくても。


「メリアン、シヴォエ……ぐっ」


 一文字書く度に、体の一部が傷つき、血と魔力が魔女の真名に奪われていく。

 人間の体で魔法を使うことの代償は大きい。

 イザベラは全身をナイフで刺されるような痛みに耐えながらも刻み続けていた。

 だんだんと視界がかすみ、手が震える。

 血を失い過ぎていて、頭もクラクラする。


(あと少し、もって……)


 すべての魔女の名を書き終えるまででいい。

 この使命をやり遂げるまでは死ねない。

 立っているのもやっとという状態でも、イザベラは平静を装っていた。

 シエラの優しい歌声のおかげだ。

 彼女の歌には癒しの力があるのだろう。

 刻む名は、あと二人。


『グリエラ』


 一人はベラの親友であり、この森を呪ってしまった魔女。

 その名を刻むと、ぴたりと森からの攻撃が止んだ。


(グリエラ、あなたなの?)


 イザベラがふと上を見上げると、かつての友人の姿が見えた。

 若々しく、恋に恋していた時の。


『ありがとう、ベラ。あの人を連れてきてくれたのね』


 満面の笑みを浮かべるグリエラはとても美しかった。


「遅くなって、ごめんなさい」


 前世のベラが引き裂いた二人。

 長い時を経て、ようやく引き合わせることができたのだろうか。

 イザベラには、ラリアーディスの姿は見えない。

 それでも、森の空気は確実に変わった。

 呪いの影響は弱まってきている。

 今のうちに、すべてを終わらせよう。

 最後に刻む名は決めていた。


「ベラ。ようやく、終わるわね……」


 前世の名を刻み終えると、イザベラの体は限界を迎えた。


「イザベラ!」


 立っていられなくなり、倒れたところをクリストフが抱き留める。


(初めて、殿下に呼び捨てにされた気がするわ)


 笑いたくても、全身が鉛のように重くて動かせない。

 痛覚はすでに麻痺しているのか、痛みはあまり感じない。

 自分はもう死ぬのだろう。

 覚悟していたことだった。

 けれど、最後に一言だけ伝えたいことがある。


「クリストフ殿下、わたくしを好きだと言ってくださって……ありがとう」


 精一杯の笑みを浮かべたあと、イザベラは血を吐いて意識を失った。

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