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包帯公爵の結婚事情  作者: 奏 舞音
結婚式編
199/204

第35話 魔女の怨念

 イザベラが慰霊碑に手をかざし、魔法を使って魔女の名を刻み始める。


(あれが、魔女の文字……たしかに、私では名を刻むことはできなかったな)


 一文字、一文字、イザベラは丁寧に、真剣な表情で向き合っている。

 彼女の中には、その名を持つ魔女との記憶があるのだ。

 数百年の時を超えて、同胞たちの魂を弔う。


「!」


 一人目の名を刻み終えると、慰霊碑はほんのりと柔らかな光を放ちはじめた。


「なんて幻想的なの」

「すごいぞ……これなら、呪いも解けるかもしれない!」


 この作戦が全く無謀なことではないと証明されたようで、皆の目にも光が宿る。

 しかし、その直後。


『許さない許さない許さない――……!』


 耳をつんざくような怨念の叫びが聞こえ、木の葉や小枝、石などが物凄い勢いで飛んできた。

 慰霊碑に名を刻み始めたことで、怨念が反撃しているのだ。

 アルフレッドとクリストフは咄嗟に剣を抜き、イザベラとシエラを庇うようにそれらを弾く。


「シエラさん、歌って!」

「はい!」


 イザベラの言葉でシエラが歌い始める。

 魔女たちの魂を癒すための鎮魂歌を。

 薄暗い森の中に、シエラの優しく、透き通るような歌声が響く。

 すると、ほんの少しだけ怨念からの攻撃が弱まった。

 ただ、攻撃が完全に止んだわけではない。


「アル、俺たちで何がなんでも二人を守るぞ」

「もちろんです」


 慰霊碑に名を刻むイザベラと鎮魂歌を奏でるシエラ。

 無防備な二人をこの森で守れるのはアルフレッドとクリストフだけだ。

 愛する人を守るためなら、どんなことでもできる。

 慰霊碑に名を刻む度に、激しい攻撃がやってきた。


(シエラに傷ひとつつけるものか!)


 剣で間に合わない時は自分の体を盾にする。ナイフのように鋭い葉に切りつけられても、痛みを感じている暇はなかった。

 クリストフも同じだろう。

 絶対に、何があってもシエラの歌を、イザベラの手を止めてはいけない。

 自分も恐怖を感じているだろうに、それを感じさせない見事な歌声は、アルフレッドの心にも光を灯してくれる。


(きっと、うまくいく。シエラの歌はいつも希望をくれるな)


 この作戦に失敗は許されない。

 ヴァンゼール王国の未来が託されているのだ。

 何としてでも耐えなければならない。

 そうして攻撃をしのぎながら耐え続けていたが、ふいにシエラの歌が止んだ。

 ドサッという音がして振り返れば、シエラが膝をついている。


「シエラ……!」


 ずっと休憩もなく、緊張状態で歌い続けていたのだ。

 喉が限界を迎えてもおかしくはない。

 アルフレッドが心配して駆け寄ろうとすると、シエラに止められた。


「大丈夫です。少し、疲れただけですから」


 シエラは用意していたレモネードで喉を潤し、立ち上がる。


「わたしはまだ歌えます」


 本当は今すぐやめさせたかった。

 今、無理をしてシエラの体に何かあったらと気が気ではない。

 しかし、シエラの覚悟を知っている。

 大切な人達を想う気持ちは同じなのだ。


「あぁ、頼む。どうか、美しい歌声を聴かせてくれ」


 そう言えば、シエラは満面の笑みで頷いた。


(グリエラ、聴いているか?)


 自分を責め、何もかもが嫌になって、この森で死のうと思っていた少年はもういない。

 魔女に救われ、森を出て、人間の闇に嫌気がさしていたけれど、愛する人ができた。

 幸せになりたいと思えるようになった。

 魔女の呪いを解こうとしていたグリエラに、シエラの歌は届いているだろうか。

 届いていたら、どうか協力してほしい。

 この呪いの始まりと終わりを見届けるのは、きっとグリエラでなければならないと思うから――。


「……うぅっ!」


 慰霊碑に刻まれた名が十数名を超えた時、イザベラが倒れた。

 その瞬間、隙ができたといわんばかりに、攻撃がイザベラへと集中する。


「イザベラ王女!」


 クリストフがイザベラを庇うように抱きしめ、その身を賭して守る。

 しかし、抱きしめたイザベラの顔は真っ青で、全身から血を流していた。


「どうして、血が……」


 攻撃はすべて防ぎ、守れているはずだったのに。


「すまない。俺が……」

「殿下のせいでは、ありません……ごほっ」


 吐血したイザベラを見て、クリストフは目を見開く。


「もしかして、魔法を使ったからか?」

「…………」

「魔女の名を刻んだからか?」

「…………」


 イザベラは何も言わない。

 それが答えだった。


「俺のせいだ。何を言われても、止めるべきだったのに……もう、イザベラ王女は何もしないでくれ」

「嫌ですわ」


 クリストフに反発し、イザベラは強く言い返す。


「だって……わたくしはこのために生まれ変わったの。ヴァンゼール王国のためでも、女神のためでもない。わたくしがちゃんと送ってあげられなかった――同胞たちのために」

「お願いだ、やめてくれ。あなたが傷つくと分かっていて見ていられない!」


 イザベラはクリストフの手を振り払い、続きの名を書こうとする。


「イザベラ王女、おやめください! もう十分です」

「イザベラ様! あとはわたしたちに任せてください」


 アルフレッドの言葉も、シエラの言葉も、イザベラは聞く耳を持たない。


「あなたたちの誰が魔女の真名を知っているというの? わたくしでなければならないのよ。だから、お願い。シエラさん、歌を続けて」

「でも……っ!」


 シエラは今にも泣きそうな顔でイザベラを見つめている。

 歌が止めば、輝きを増していた慰霊碑の光も弱まっていく。

 またすぐにでも攻撃が飛んでくるだろう。

 それでも、友人であるイザベラが自らを犠牲に魔法を使っていることを受け入れられないのだ。


「シエラさん、わたくしの頑張りを無駄にしないで」


 イザベラがシエラに訴える。

 今やめてしまったら、イザベラが傷だらけになってまで成し遂げようとしたことが無駄になってしまう。

 シエラは涙を堪えながら、頷いだ。


「……分かりました。でも、約束してください。絶対に、みんなで一緒にこの森を出るんです」

「ありがとう。約束するわ」


 イザベラは、青白い顔でにっこりと微笑んだ。

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