第34話 慰霊碑の完成へ
女神の加護が得られるよう祈りを捧げた後、アルフレッドは慰霊碑を建てるための準備に取り掛かる。
黒く焼け焦げたような地面の上には、不自然なほど何もない。
(本当に、この場所すべてが焼けてしまったかのようだな)
しかし、森の中で火事が起きたのなら、もっと広い範囲まで燃え広がるはずだ。
限定的な場所だけが黒く焼けているのは、別の理由があるのかもしれない。
そんなことを考えながらアルフレッドが地面を確認していると、クリストフが近づいてきた。
「包帯をしていなくても問題ないのか?」
クリストフは心配そうにアルフレッドに問う。
前回、クリストフと二人だけでこの森へ来た時、アルフレッドの聴力が失われたことを気にしているのだろう。
グリエラがくれた魔法の包帯があれば、呪いに対処できる可能性は高い。
けれど、自分だけが無事でも意味がないのだ。
皆と同じ条件で、アルフレッドも作戦に臨みたい。
「私は大丈夫ですよ。それに、魔女の包帯に頼らず、自分の力を信じたいんです」
父と同じように、女神の加護を得た。
奇跡を起こせる力が自分の芸術にもあると証明したい。
その力で、今度こそ大切なものを守れるのだと。
「アル、本当に強くなったな」
「シエラのおかげです」
クリストフに肩を叩かれ、アルフレッドは愛しい妻を見つめて言った。
シエラはイザベラと少し離れた場所でこちらの作業を見守っている。
目が合った瞬間、にっこりと笑みを返してくれた。
それだけでアルフレッドの胸は満たされる。
「お~い、妻に見惚れている場合か」
「はっ、申し訳ありません。ではクリストフ殿下、お力添えを」
「あぁ。任せろ」
クリストフがにっと頷いた。
途中、イザベラの魔法の力も借りながら、慰霊碑を建てることに成功した。
「とても素敵です……!」
シエラが目を輝かせて、手を叩く。
天へと羽ばたく鳩の彫刻と台座に咲く薔薇の花。
白い大理石でできた慰霊碑は、暗闇の中でも輝いて見えた。
薔薇をモチーフにしたのは、イザベラが魔法の媒介として大切にしていた花だったことと、愛の意味を持つ花だったから。
この呪いは、人間と魔女の愛が拗れたことから始まった悲劇だ。
愛し合う二人の心を繋ぎ、王国に平和が訪れることを願ってデザインした。
しかし、この慰霊碑はまだ完成していない。
「イザベラ王女、最後の仕上げをお願いできますか」
「えぇ」
魔女たちの名を慰霊碑に刻んで初めて、完成するのだ。
「どうして、この地面が黒くなっているか分かる?」
イザベラは慰霊碑の前に立ち、じっと地面を見つめて言った。
「魔女の呪いの影響……でしょうか?」
「いいえ」
シエラの答えに、イザベラは首を横に振る。
黒髪がなびいて、その一瞬イザベラの表情が見えなくなる。
「わたくしが、前世で魔女の死体を焼いたからよ」
イザベラの言葉に皆が息をのむ。
「……だから、ここが魔女の墓場なのか」
クリストフがこぼすと、イザベラはこくりと頷いた。
「本当はみんな、この森の中で死にたくはなかった。だからこそ、死ねば灰になって、風に乗って外に出られると信じていたの」
自嘲気味に微笑む彼女の赤い瞳には、かつての光景が映っているのかもしれない。
イザベラの前世――ベラは炎魔法が得意だった。
ベラは同胞たちの願いを叶えるため、炎でその死体を燃やし、灰にした。
死ねばこの場所から解放される。そう信じて。
「でも、無駄だった。わたくしたちは死んでもこの森に縛られ続けている――呪いとなって」
女神の加護はそれほどまでに強かったのだ。
死してなお、魔女たちは怨念として閉じ込められていた。
「ようやく――ようやく、みんなを解放してあげられる」
イザベラはそう言って涙を流し、微笑んだ。
「それでは、始めましょう」