表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
包帯公爵の結婚事情  作者: 奏 舞音
結婚式編
197/204

第33話 暗く寂しい場所

「イザベラ様はすごいですね」


 クリストフの馬に同乗し、先導するイザベラを見てシエラが言った。

 慰霊碑のような重く大きな物体を荷馬車で運ぶためには、どうしても道が必要になる。

 数百年も放置されていた“呪われし森”に道など存在せず、馬と人間だけならともかく、慰霊碑を運ぶなど無謀なことに思えた。

 しかし、計画段階でイザベラは問題ないと言い切った。

 魔女が眠る“呪われし森”でなら、おもいきり魔法が使えるはずだから――と。

 その言葉通り、イザベラは馬と荷馬車に魔法をかけた。

 おかげで、車輪が木の根や木々に引っかかることも、慰霊碑の重さで荷馬車が傾くこともなく、驚くほど順調に進んでいる。


「イザベラ王女がいなければ、入口からつまづいていたかもしれないな」


 今回の計画が成功するために、イザベラの存在は必要不可欠だった。

 彼女の協力があるからこそ、目的地が分かる。

 光を遮断された暗闇では、燭台の灯りだけが頼りだ。

 先が見えなくても、イザベラの歩みに迷いはない。

 アルフレッドはただ、イザベラを信じてついていくのみだ。


「頼るばかりで、イザベラ様の負担になっていなければいいのですが……」

「シエラにも大切な役目がある。魔女たちの魂を癒すことは、シエラにしかできないことだ」


 魔女の呪いを鎮めるために、自分たちにはそれぞれの役割がある。

 慰霊碑をつくり、森の中に建てるのはアルフレッド。

 魔女たちが死んだ場所を案内し、慰霊碑に名を刻むのはイザベラ。

 魔女たちの魂を癒す歌を届けるのはシエラ。

 ヴァンゼール王国の次期国王として、初代国王ラリアーディスとともにそのすべてを見届けるのはクリストフ。


(初代国王陛下は、グリエラの魂と無事出会えるだろうか……)


 呪いの始まりとなった、グリエラの叶わぬ恋。

 クリストフが初代国王ラリアーディスの霊魂を見ることができるのも、この日のためだったのではないかと思う。


「そうですわね。わたしも役目を果たせるように頑張ります」

「私も、シエラの歌を届けるための助けになれたらと思っている」

「アルフレッド様が手掛けた慰霊碑はとても素敵ですもの。きっと、わたしの歌が届くと信じていますわ」


 暗い森の中で見るシエラの笑顔はより眩しくて、アルフレッドは状況も忘れて抱きしめたくなった。


(いくらシエラが可愛くても、今は我慢だ)


 愛する妻からの信頼を裏切るわけにもいかない。

 アルフレッドは冷静に、目的地に着くことだけに集中する。

 そうしてしばらく進み、どんどん森の奥へと入っていく。

 森の木々もなく、開けた場所に出たところで、クリストフの馬が歩みを止めた。


「着いたわ。ここが、かつて魔女が死んだ場所よ」


 イザベラがまっすぐに見つめた先には、焼け焦げたような黒い地面が広がっているだけで墓石も何もない。

 周辺の木々も、よく見れば黒く染まっている。

 この場所に近づくにつれ、周囲の物音も消え、静まり返っているのも不気味だった。


「ここで、魔女が……」


 グリエラの最期はアルフレッドが看取った。

 しかし、彼女以外の魔女たちはこの場所で最期を迎えたのだ。

 グリエラは、どんな気持ちで同胞たちを看取ったのだろう。

 すべてが焼け焦げ、草木さえも生えていない黒い地面を見ていると胸がざわついた。

 切なくて、どうしようもない思いに駆られる。

 シエラは今にも泣きだしそうな表情をしていたが、黒い地面へ強く一歩を踏み出した。

 彼女を追いかけるように、アルフレッドも続く。


「どうか女神ミュゼリアの加護が、この地に与えられますように」


 ぽっかりと開いた空間の中心で、シエラは膝をついて祈り始める。

 魔女たちの最期を嘆き、思うだけでは何も変わらない。

 アルフレッドも、シエラと同じように祈りを捧げる。

 暗く、深い森の奥にも、女神の加護が届くように。




「イザベラ王女、案内感謝する。あとは俺たちに任せて少し休んだ方がいい」


 毅然とした態度でこの場所まで案内してくれたが、イザベラの表情は硬く、顔色も良くなかった。

 前世の自分が死んだ場所に来て、平気なはずがない。

 見ているだけでも辛いのではないか。

 そう思い、クリストフが提案すると、イザベラは首を横に振った。


「いいえ、わたくしは平気です」

「しかし……」

「もう目を背けたくないのです」


 イザベラの意志は強かった。

 だから、クリストフも彼女を尊重する。


「分かった。それなら、俺たちも一緒に祈ろう」

「え……? わたくしが、女神に……?」

「あなたが嫌でなければ、だが」


 魔女を封じた女神に祈るのは、やはり抵抗があるだろうか。

 クリストフが内心で失敗したと反省していると、イザベラは頷いた。


「女神を恨んだこともありましたが、今は違います。かつての同胞たちを救ってくれる存在であれば、誰が相手でも祈りますわ」

「では、行こう」


 イザベラの手を引いて、クリストフもアルフレッドたちのもとへ向かう。

 その背後では、ラリアーディスが愛しい人を探していた。


『グリエラ! ようやく、君に会いに来ることができたんだ! どこにいる? 姿を見せてくれないか……!』


 愛する人を失って、強い未練だけを残す。

 ラリアーディスのように後悔はしないように、この計画が成功したら求婚しようとクリストフは心に決めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ