第33話 暗く寂しい場所
「イザベラ様はすごいですね」
クリストフの馬に同乗し、先導するイザベラを見てシエラが言った。
慰霊碑のような重く大きな物体を荷馬車で運ぶためには、どうしても道が必要になる。
数百年も放置されていた“呪われし森”に道など存在せず、馬と人間だけならともかく、慰霊碑を運ぶなど無謀なことに思えた。
しかし、計画段階でイザベラは問題ないと言い切った。
魔女が眠る“呪われし森”でなら、おもいきり魔法が使えるはずだから――と。
その言葉通り、イザベラは馬と荷馬車に魔法をかけた。
おかげで、車輪が木の根や木々に引っかかることも、慰霊碑の重さで荷馬車が傾くこともなく、驚くほど順調に進んでいる。
「イザベラ王女がいなければ、入口からつまづいていたかもしれないな」
今回の計画が成功するために、イザベラの存在は必要不可欠だった。
彼女の協力があるからこそ、目的地が分かる。
光を遮断された暗闇では、燭台の灯りだけが頼りだ。
先が見えなくても、イザベラの歩みに迷いはない。
アルフレッドはただ、イザベラを信じてついていくのみだ。
「頼るばかりで、イザベラ様の負担になっていなければいいのですが……」
「シエラにも大切な役目がある。魔女たちの魂を癒すことは、シエラにしかできないことだ」
魔女の呪いを鎮めるために、自分たちにはそれぞれの役割がある。
慰霊碑をつくり、森の中に建てるのはアルフレッド。
魔女たちが死んだ場所を案内し、慰霊碑に名を刻むのはイザベラ。
魔女たちの魂を癒す歌を届けるのはシエラ。
ヴァンゼール王国の次期国王として、初代国王ラリアーディスとともにそのすべてを見届けるのはクリストフ。
(初代国王陛下は、グリエラの魂と無事出会えるだろうか……)
呪いの始まりとなった、グリエラの叶わぬ恋。
クリストフが初代国王ラリアーディスの霊魂を見ることができるのも、この日のためだったのではないかと思う。
「そうですわね。わたしも役目を果たせるように頑張ります」
「私も、シエラの歌を届けるための助けになれたらと思っている」
「アルフレッド様が手掛けた慰霊碑はとても素敵ですもの。きっと、わたしの歌が届くと信じていますわ」
暗い森の中で見るシエラの笑顔はより眩しくて、アルフレッドは状況も忘れて抱きしめたくなった。
(いくらシエラが可愛くても、今は我慢だ)
愛する妻からの信頼を裏切るわけにもいかない。
アルフレッドは冷静に、目的地に着くことだけに集中する。
そうしてしばらく進み、どんどん森の奥へと入っていく。
森の木々もなく、開けた場所に出たところで、クリストフの馬が歩みを止めた。
「着いたわ。ここが、かつて魔女が死んだ場所よ」
イザベラがまっすぐに見つめた先には、焼け焦げたような黒い地面が広がっているだけで墓石も何もない。
周辺の木々も、よく見れば黒く染まっている。
この場所に近づくにつれ、周囲の物音も消え、静まり返っているのも不気味だった。
「ここで、魔女が……」
グリエラの最期はアルフレッドが看取った。
しかし、彼女以外の魔女たちはこの場所で最期を迎えたのだ。
グリエラは、どんな気持ちで同胞たちを看取ったのだろう。
すべてが焼け焦げ、草木さえも生えていない黒い地面を見ていると胸がざわついた。
切なくて、どうしようもない思いに駆られる。
シエラは今にも泣きだしそうな表情をしていたが、黒い地面へ強く一歩を踏み出した。
彼女を追いかけるように、アルフレッドも続く。
「どうか女神ミュゼリアの加護が、この地に与えられますように」
ぽっかりと開いた空間の中心で、シエラは膝をついて祈り始める。
魔女たちの最期を嘆き、思うだけでは何も変わらない。
アルフレッドも、シエラと同じように祈りを捧げる。
暗く、深い森の奥にも、女神の加護が届くように。
「イザベラ王女、案内感謝する。あとは俺たちに任せて少し休んだ方がいい」
毅然とした態度でこの場所まで案内してくれたが、イザベラの表情は硬く、顔色も良くなかった。
前世の自分が死んだ場所に来て、平気なはずがない。
見ているだけでも辛いのではないか。
そう思い、クリストフが提案すると、イザベラは首を横に振った。
「いいえ、わたくしは平気です」
「しかし……」
「もう目を背けたくないのです」
イザベラの意志は強かった。
だから、クリストフも彼女を尊重する。
「分かった。それなら、俺たちも一緒に祈ろう」
「え……? わたくしが、女神に……?」
「あなたが嫌でなければ、だが」
魔女を封じた女神に祈るのは、やはり抵抗があるだろうか。
クリストフが内心で失敗したと反省していると、イザベラは頷いた。
「女神を恨んだこともありましたが、今は違います。かつての同胞たちを救ってくれる存在であれば、誰が相手でも祈りますわ」
「では、行こう」
イザベラの手を引いて、クリストフもアルフレッドたちのもとへ向かう。
その背後では、ラリアーディスが愛しい人を探していた。
『グリエラ! ようやく、君に会いに来ることができたんだ! どこにいる? 姿を見せてくれないか……!』
愛する人を失って、強い未練だけを残す。
ラリアーディスのように後悔はしないように、この計画が成功したら求婚しようとクリストフは心に決めていた。