第32話 合流
更新が大変遅くなり申し訳ございません……!!!!
あたたかく見守っていただけると幸いです。
ヴァンゼール王国の負の遺産――“呪われし森”。
王都の空を覆う暗黒の闇の出所に、アルフレッドとシエラはついに到着した。
「これは……想像以上だな」
「……はい」
森の木々は黒く染まり、ビュービューと吹く風は断末魔の叫びのようだ。
女神の結界が弱まった今、魔女の呪いを抑えるものは何もない。
呪いの本来の姿を目の前にして、二人は言葉を失った。
ヒヒーン!
直後、慰霊碑を引いていた馬が怯えて暴れ出し、御者台が大きく揺れる。
「きゃあ!」
「どうどう、落ち着けっ! くっ」
アルフレッドが手綱を操ろうとしても、馬はいうことを聞かない。
動物は人よりも敏感に魔女の呪いを感じとれるのだろうか。
(このままでは、慰霊碑が倒れてしまう……!)
木材とロープを使って固定しているものの、こう何度も強く左右に揺れていては、倒れるのも時間の問題だ。
丈夫な石材を使っているが、勢いよく倒れて無傷というわけにもいかない。
魔女の呪いが、慰霊碑を拒絶しているのは明白だった。
「アルフレッド様! 慰霊碑が傾いています!」
どうすれば……と焦るシエラをアルフレッドは抱き寄せる。
御者台にいる自分たちも、振り落とされそうなのだ。
アルフレッドは、シエラを守ることを最優先に考える。
「シエラ、私にしっかり掴まるんだ」
「でも、慰霊碑が……!」
職人たち皆で協力して、ようやく完成した慰霊碑なのだ。
王都に広まる呪いを解くために、絶対に必要なもの。
シエラの手が今にも倒れそうな慰霊碑へと伸びる。
「いいんだ。そのために、ここに私がいる」
アルフレッドはシエラをぎゅっと抱きしめた。
何があってもいいように、修復に必要な道具は持ってきている。
大幅な欠損があったとしても、森には天然の材料が山ほどある。
この慰霊碑のためにシエラが怪我をしてしまっては本末転倒だ。
慰霊碑が大きく傾き、地面に向かって倒れようとしたその時。
『静まりなさい』
凛とした美しい声が響く。
ふわりと視界に薔薇の花弁が一枚舞い降りたかと思えば、馬は急に大人しくなり、倒れかけていた慰霊碑もピタリと動きを止めた。
「二人とも、無事か⁉」
一体何が起きたのかすぐに理解できずにいると、クリストフが駆け寄ってくる。
「ク、クリストフ殿下!」
「怪我はなさそうだな。慰霊碑も無事のようで何よりだ」
アルフレッドとシエラの様子を確認して、クリストフはホッと息をつく。
暴れていた馬が突然大人しくなった理由の心当たりは一つしかない。
「ありがとうございます。イザベラ王女」
御者台から降りて、アルフレッドはイザベラに礼を言う。
アルフレッド一人ではシエラも慰霊碑も守り切れなかったかもしれない。
シエラもイザベラに感謝を伝えるが、イザベラの表情は硬い。
「礼を言うのはまだ早いわ。わたくしの魔法もそう長くはもたない。先を急ぎましょう」
〈呪われし森〉から感じる恐ろしい気配は消えていないのだ。
イザベラの言葉で、皆の気が引き締まる。
「でも安心して頂戴。あなたたちのことはわたくしが絶対に守ってみせるから」
黒いドレスと漆黒のローブを身にまとい、真っ赤な薔薇を手に持つ彼女は本物の魔女のようだった。
赤い瞳には強い覚悟が見えた。
「それなら、イザベラ王女のことは俺が守る」
クリストフが真面目な顔で言えば、つい先程まで凛としていたイザベラがうろたえる。
「なっ、殿下に守ってもらわなくても……」
「イザベラ王女一人で背負う必要はない。俺たちが互いに守り合えば、全員無事に戻ってこられるさ」
「そうですわ。わたしもついていますから!」
クリストフに続いてシエラまでもがイザベラに笑みを向ける。
「……っ!」
かっこよく皆を守ると宣言したけれど、クリストフもシエラも大人しく守られてくれる人間ではない。
ましてクリストフにとってイザベラは好きな相手だ。
守られるより守りたいに決まっている。
そのあたり、イザベラはまだ分かっていないのだろう。
「イザベラ王女、諦めた方がいいですよ。私たちは最初からあなただけに任せるつもりはありません」
そう言えば、イザベラは大きく目を見開いた後、俯いた。
「……ほんと、お人好しばかりで困るわ」
はあ、とため息を吐いて、イザベラは森を見つめる。
暗く、深い森からは魔女の憎悪に満ちた悲鳴が聞こえてくる。
「わたくしについてきて。魔女たちの墓へ案内するわ」
イザベラは赤い薔薇の花束を持って、“呪われし森”へ足を踏み入れた。