第61話 ベスキュレー家の音楽会
「本日は、ベスキュレー家主催の音楽会にお越し下さり、ありがとうございます。皆様への感謝を込めた音楽会ですので、どうか心ゆくまでお楽しみください」
主催者であるアルフレッドが、ステージで挨拶を述べる。
客席から拍手が送られると、会場の灯りが落とされた。
その後、ステージがパッと照らされる。
クルフェルト楽団総勢五十名が楽器を構える図は、圧巻だった。
クルフェルト伯爵の指揮で演奏が始まる。
まずはヴァイオリンの優しい音色から。
管楽器、木管楽器が加わり、音に厚みと深みが出て、美しいメロディーが会場を包み込む。
会場が音で満たされた後、クルフェルト家の誇る歌姫が現れた。
シエラは、ベスキュレー家のために足を運んでくれたすべての招待客に届くように、想いを乗せて歌う。
――どうか、これからも皆が幸せであるように。
シエラの歌声が響いた瞬間、会場には光の粒子が舞う。
きらめく光に触れると、ベスキュレー家での思い出が目の前に映し出される。
女神の加護を得た歌声は、現実にはあり得ない奇跡を起こす。
もう二度と会えなくなった、先代のベスキュレー公爵夫妻の姿。
ともに働いていた職人たちの姿。
失われてしまった大切なものたちが、光とともに蘇る。
幻で現れた彼らは、笑っていた。
胸がきゅっと締め付けられ、懐かしさに涙がこぼれる。
そして、涙する者たちの心をシエラの歌が癒していく。
(歌声が聞こえなくとも、シエラの歌がどれほど素晴らしいものか分かるな)
観客の表情を見れば一目瞭然だ。
シエラが歌う様子をステージ袖から見つめながら、アルフレッドは頬を緩める。
客席はあたたかく、優しい奇跡の光に包まれていた。
“女神の加護”が与える奇跡。
かつては父センドリックも、祖父も、ベスキュレー家の当主たちが皆持っていたもの。
そして、アルフレッドには与えられていないもの。
いつになれば、女神は自分に振り向いてくれるのだろうか。
皆が優しい音に包まれる中、アルフレッドだけは無音の世界で拳を握る。
(……シエラの声が、聴きたい)
何よりも癒しとなる存在が大切にしているものに触れることができない。
それがこんなにも苦しいなんて。
魔女の呪いがアルフレッドの聴力を奪ったのは、きっとそれが今のアルフレッドにとって最も失いたくないものだと知っていたから。
もう二度と立ち入ることがないように、大切なものを奪ったのかもしれない。
まるで、“呪われし森”にも意思があるようだ。
だが、一体それは誰の?
魔女すべての怨念が何か別の意思を生み出したのか?
(あの場所には、まだ私たちの知らない何かがあるのかもしれないな……)
大きな拍手が空気を揺らし、アルフレッドにプログラムの終了を教えてくれた。
気持ちを切り替えて笑みを浮かべ、アルフレッドは主催者として再びステージへと上がる。
シエラと共にクルフェルト楽団の紹介をして、終幕の挨拶をする。
音楽会終了後は、隣接するホールで軽食を振る舞い、久しぶりに対面する皆との歓談を楽しんだ。
かつての職人たちと再び繋がりを持つこともできて、父と懇意にしていた貴族とも今後も交流を続けていけそうだ。
クリストフは公務が忙しい中で参加してくれていたので、音楽会が終わり次第帰路についた。もちろん、従者のふりをしていたイザベラも。
(殿下とイザベラ王女にも楽しんでもらえただろうか)
ゆっくりと話す時間がなかったため、それだけが気がかりだった。
しかし、今は確認することはできない。
改めてクリストフには話を聞こうと決め、アルフレッドは他の招待客へと再び向き直る。
クルフェルト伯爵とベルリアにも改めてお礼を伝えると、もう家族なのだから畏まる必要はないと優しい言葉をもらった。
夜が深くなり、招待客たちは笑顔で帰って行く。
音楽会は大成功に終わった。
そして、ここからがアルフレッドにとってもう一つの本番だった。
「シエラ」
最後の馬車を笑顔で見送るシエラに、アルフレッドは声をかける。
「これから少し付き合ってほしい場所があるんだが」
「これから、ですか?」
「あぁ。駄目だろうか」
もうすぐ日付が変わる時間だ。
それに、音楽会後に歓談もあり、シエラも疲れているだろう。
(くっ、やはり別日に予定しておくべきだったか? いやしかし、今日でなければ……)
様々な都合と事情が重なって、音楽会後でなければならない理由がある。
しかし、シエラに喜んでもらえなければ意味はないので、少しでも嫌がる素振りを見せたらやめよう。
そう決めていた。
「ふふ、アルフレッド様からのお誘いをわたしが断るわけありませんわ」
さも当然のように言ったシエラは、満面の笑みをアルフレッドに向ける。
ぶわっと脳内に花が咲き乱れ、思わずアルフレッドはシエラを抱きしめていた。
(どうしてこんなにも可愛いんだ……このまま連れて行ってもいいだろうか)
半ば本気でシエラを抱きしめたまま目的地に行こうかと思ったが、真っ赤な顔で抗議されてしまった。
仕方なくアルフレッドはシエラの手を引いて、ある場所へと向かった。




