第60話 王子の従者(仮)
「……非公式で訪問している自分が、王子にエスコートされるわけにはいかない――と言われてな。だから、アルも王女としての扱いは控えてくれ」
苦虫を嚙み潰したような表情で、クリストフが説明する。
周囲に聞こえることを気にしてか、声に出さず口元だけを動かしていた。
クリストフを会場へ案内する道すがら、イザベラは従者らしく後ろから付き従ってきている。
その正体を知っている身としては、変に緊張してしまう。
(たしかに、非公式での訪問であることを考慮できていなかったな……)
クリストフとイザベラが話をする良い機会になればと思っていたが、アルフレッドの考えが甘かった。
いくら目立つ外見を隠したところで、王子であるクリストフがエスコートするというだけで目立ってしまう。
婚約が解消されたばかりのクリストフがエスコートする令嬢ともなれば、次の婚約者候補だと思われてしまうかもしれない。
今回の音楽会に招待しているのは、ベスキュレー家が懇意にしている者たちばかりで、そのほとんどが貴族ではない職人たちだ。
貴族が集まる社交界のように悪いように噂が広まることはないと思うが、それを聞いた者がどのように曲解するかは分からない。
女性としてクリストフにエスコートされることを拒んだ結果が、従者だったのだろう。
(だが、わざわざ従者に変装せずとも、殿下の誘いを断って一人で参加することもできたはず……)
イザベラ一人であれば、ただの令嬢として参加しても悪目立ちすることはないだろう。
それでも、クリストフと一緒に来ることを選んだのは、やはりエドワードからの条件があったからなのか。
いくら国王の密命で他人を見る目が鍛えられているとはいえ、色恋事に関してはまったくといっていいほど役に立たない。
イザベラが素直にクリストフと話ができる関係性を築けているのかも分からないままに、二人を誘ってしまったのはまずかっただろうか。
そんな一人反省会をしているうちに、クリストフのための座席に到着する。
「従者の方も、ぜひご一緒にお楽しみください」
元々、従者のために設けていた席もある。
クリストフの隣の席だ。
イザベラが一緒に来た時を想定して、クリストフの両隣の席は空けていた。
すでに埋まっている他の座席に案内することもできないので、アルフレッドはイザベラを誘導する。
しかし、イザベラは動きを止め、そっと後ずさる。
「わ、わたくしは殿下の従者ですので、立ち見でけっこうです」
「しかし、我が家の使用人たちも皆、音楽会が始まれば着席しますので、立ち見の方が逆に目立ちます」
今回の音楽会は、ベスキュレー家が世話になった人たちへ感謝の気持ちを伝えるために開いている。
それはベスキュレー家の使用人たちも例外ではない。
身分も立場も関係なく、この会場にいる全員がアルフレッドにとって大切な客人なのだ。
だから、使用人たちのためにも席は設けてある。
しかし、さすがにイザベラを使用人たちと一緒に座らせるわけにはいかない。
それに――。
「シエラもあなたに歌を聴いてほしいと張り切っていましたから、ぜひこちらの席でお楽しみください」
王子であるクリストフの席は、当然ステージが一望できる中央にある。
ステージ上からも見やすい位置でもある。
イザベラが来てくれていることが分かれば、シエラもきっと喜ぶだろう。
愛しい妻の喜ぶ顔を見るために、アルフレッドはイザベラを後方の席には移したくなかった。
「……そういうことなら」
アルフレッドがシエラの名を出したことで、イザベラも渋々頷いてくれた。
隣にイザベラが座ることになり、クリストフの顔が明るくなっていたのは見間違いではないだろう。
(もしかして、殿下はイザベラ王女のことを……?)
そんな疑問が浮かんだ時、そろそろ時間だとオリバーに声をかけられた。
ベスキュレー家主催の音楽会が間もなく始まる。
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女神の加護編も、あと3話で完結を迎えます。
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