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包帯公爵の結婚事情  作者: 奏 舞音
女神の加護編

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第54話 気づきたくなかったもの(2)

 カーテンの裏側から現れたのは、クリストフだった。

 つい先日、ベスキュレー家で顔を合わせたばかりだが、やはり謁見の間で、国王の御前で対峙した彼の雰囲気は違って見える。

 今、クリストフが纏う空気はどことなく冷たい。

 唇を引き結んだ硬い表情が、そう思わせるのかもしれない。


(でも、当然よね。クリストフ殿下に失礼なことをしたのはわたくしだもの……)


 婚約式以来、会うのはまだ数度目。

 一方的に避け続けていた自覚はあるし、嫌われている方がいい。

 そう思ってさえいた。

 それなのに、冷たい雰囲気のクリストフを前にして、怖くなった。


 ――イザベラ王女にも、この美しい芸術をみせてあげたい。いつか、我が国に来た時にはぜひご案内しますよ。


 返事もしないのに定期的に送られてきていた手紙。

 丁寧な筆跡を見て、優しく語りかけてくれる彼を想像してはかき消していた。

 イザベラが返していたのは、使者を通しての正式な招待状への欠席の返事くらい。それも、半年に一度あるかないか、といったごく少数の頻度だ。

 形式的な婚約者同士なのだから、それくらいでいい。

 ヴァンゼール王家の人間など信用できないのだから。

 そう何度も自分に言い聞かせて。

 前世の恨みと憎しみで、心に蓋をして。

 クリストフ個人を知ってしまえば、余計な感情を抱いてしまいそうだから、徹底的に避けていた。

 本当に嫌ならば、手紙はいらないと使者に伝えればよかったのに、それをしなかったのは。

 ヴァンゼール王国の情報収集のためだと心の内で言い訳をしながら、すべての手紙を読んでいたのは。

 前世の憎悪から解放されて、"ヴァンゼール王国の王子"ではないクリストフと向き合うことになって、気づいてしまったからかもしれない。

 自分の胸の内に芽生えそうになっていたものの正体に。

 しかし、それはけっして触れてはいけないものだから。

 見て見ぬふりをして、燃やして灰にしてしまおう。

 そうやって何もなかったことにしたから、大丈夫だと思っていたのに。

 手紙ではない現実の彼に三年ぶりに会って、自分が酷いことをしておいて嫌われるのが怖いなんて。

 今すぐここから逃げ出したい。

 しかし、国王の手前、逃げるわけにもいかない。

 イザベラはこの場でクリストフの答えを聞くしかないのだ。


「父上、友好国の王女をもてなすのは私の務めです。断るはずがありませんよ」


 クリストフの答えは淡々としたものだった。

 ベスキュレー家で、アルフレッドの前で取り乱していた姿や優しさを見せてくれた彼を知っているから、冷静な王子の仮面をかぶっている彼はどことなく近寄りがたい。

 それに、一度もイザベラの方を見ようとしないのだ。

 イザベラの方も、クリストフの顔を見ることができないから、お互い様だが。


「うむ。では、あとはクリストフに任せよう。イザベラ王女、あなたの抱える問題が我が国で解決することを願っている」


 最後に、ザイラックは目元を和らげて、そう言った。

 優しさのにじむその言葉に、イザベラの体は知らず震えていた。

 やはり、ヴァンゼール王国の人間は苦手だ。

 シエラといい、アルフレッドといい。

 まっすぐ心を向けてくるから。

 心を閉ざしている自分が馬鹿らしく思えてしまう。


(あの二人が生まれ育った国だものね……)


 芸術の女神に愛された芸術の国。

 芸術はその者の心を表す。

 シエラの歌声は、美しいシエラの心そのものだ。

 知りたくもなかった愛をイザベラに教えてしまうのだから、本当にすごい。

 そんな芸術の国を統べる王家に、イザベラが抗おうなんて無謀だったのかもしれない。

 もうなるようになれ。

 ある意味で吹っ切れたイザベラは、謁見の間に残ったクリストフに視線を向ける。


「クリストフ殿下、先ほどは失礼な態度をとって申し訳ございませんでした」


 イザベラから話しかけたことが意外だったのか、クリストフは紫の瞳を見開いた。

 硬かった表情が、少しだけ崩れる。


「いや、俺こそ、あんなことを言っておきながら、案内役を引き受けてしまってすまない」

「ザイラック陛下のご意向ですもの。断れないことは承知しております。それに、わたくしもクリストフ殿下とお話する機会をいただこうと思っておりましたから」


 イザベラがそう言うと、クリストフはさらに目を見開いた。


「クリストフ殿下?」

「……いや、イザベラ王女には軽蔑されて、口もきいてもらえないだろうと思っていたから、驚いた」


 心底意外そうに、クリストフは言った。

 軽蔑されるのも、嫌われるのも、普通に考えればイザベラの方なのに。


「どうして、そんなことを……いえ、わたくしのせいですわね」


 言いかけた問いを呑み込んで、イザベラはきゅっと唇を引き結んだ。

 そして、クリストフに向き合う。


「改めて、クリストフ殿下。案内をお願いいたしますわ」

「えぇ、喜んで」


 自身の胸元に手をあて、クリストフは恭しく礼をした。

 すでに冷たい雰囲気は消え失せ、顔には笑みも浮かんでいる。

 彼の表情が硬かったのは、イザベラに軽蔑されることを恐れてだったのだろうか。


(まさか、そんなはずはないわよね)


 だって、わざわざクリストフが元婚約者であるイザベラの機嫌を窺う必要なんてない。

 それに、第一王子という立場であれば、イザベラとの婚約が解消されたところで、クリストフの婚約者になりたいという令嬢は多くいるはずだから。

いつもお読みいただきありがとうございます。

しばらくイザベラとクリストフのターンが続きます。

この二人についてもしっかり書いていきたくてですね……お付き合いいただければ幸いです。

アルフレッドとシエラはラブラブで準備を進めているはずなので、主人公カップルの登場はしばらくお待ちください。


今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] クリストフ!イザベラとイチャイチャするのだ!(笑)
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