第53話 気づきたくなかったもの(1)
「イザベラ王女、よく来てくれたな。王女に会うのは婚約式以来か。色々、大変だったようだな」
ヴァンゼール王国王城の謁見の間。
イザベラは、入国してようやく、国王ザイラックに謁見していた。
含みを持たせたザイラックの言葉と笑みに、笑顔がぴくりと引きつる。
(きっと、何もかもお見通しなのでしょう)
兄がどこまで話しているか分からない。
アルフレッドとシエラの様子を見る限り、前世のことや婚約破棄の本当の理由については内緒にしてくれているようだが。
イザベラは気を引き締め直し、王女としての仮面をしっかりと付け直す。
「ザイラック陛下、ご無沙汰しております。この度は、王宮への滞在をお許しくださり、感謝いたします」
「うむ。非公式ではあるが、そなたは友好国の王女だ。我が王宮でごゆるりと過ごされよ」
美しく完璧な所作で礼をしたイザベラを見て、ザイラックは満足そうに頷いた。
そして。
「イザベラ王女の案内役は、クリストフに任せることにした」
と、探るような目でイザベラを見つめ、にっこりと笑みを浮かべる。
予想はしていたことだった。
エドワードがヴァンゼール王国行きの条件にクリストフと話すよう示してきた時から。
しかし、クリストフがイザベラの訪問を入国するまで知らなかったことには驚いた。
なんとか表情を動かさず、イザベラは頭を下げる。
「ご厚意はありがたいのですが、クリストフ殿下はわたくしの顔も見たくないかもしれませんわ」
クリストフ自身が言っていた。
会いに行くつもりはない、と。
一方的に彼を傷つけた元婚約者の案内役など、面倒でしかないだろう。
(それに、わたくしを王城に留めるためには、顔を合わせないのが一番だと思っているでしょうし……)
クリストフがイザベラの案内役を引き受けるとは思えない。
かといって、これは王命に近い。
本心では断りたくても、断ることはできないだろう。
だが、元婚約者同士が城内を歩いている姿を目撃されたら、絶対に噂になってしまう。
(もしかしたら、それが狙い? でも、ヴァンゼール王国はわたくしとの婚約解消をあっさり認めたのではなかったかしら……)
すべて兄に任せていたから、どのようなやり取りの末、婚約解消になったのかイザベラは知らない。
とにかく、どんな罰でも受けるから、ヴァンゼール王国には嫁ぎたくない。
イザベラは、ただそれだけを願っていた。
もう嫁ぐ必要のない国だからこそ、前世の想いが強く残るこの地に来ることができたのだ。
今世で初めてできた友人の助けになりたくて。
しかしそのためには、クリストフと話をしなければならない。
兄からの条件だからというだけでなく、呪いのことも気にかかる。
さて、一体どうしたものか。
イザベラが心の内で悩んでいると、ザイラックは不意に視線を横にずらした。
「――王女はこう言っているが、どうなんだ?」
ザイラックの問いに答えるように、謁見の間のビロードのカーテンが揺れる。




