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包帯公爵の結婚事情  作者: 奏 舞音
女神の加護編

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146/205

閑話 メイドの雇われ事情


「皆に重大な連絡事項がある」


 早朝、使用人たちの申し送りが行われていた。

 王都別邸を任されているオリバーが、深刻な表情で伝えた内容は、今まで王都別邸で最低限の仕事しか任されていなかったメイドや使用人たちを驚かせた。


「二週間後、旦那様と奥様がこの屋敷で音楽会を開催するとのことだ」


 音楽会。はて、それは一体?

 どうやって開催するのだろう。

 皆がぽかーんと間抜け面を晒したところで、オリバーがわざとらしく咳払いをした。


「……えー、皆はこの屋敷の最低限の管理だけを業務内容として雇われた訳だが、仮にも公爵家の使用人だ。しっかりと仕事をしてもらなければならない」

「はいはーい、質問があります!」

「なんだい、ジェシー」


 表情が硬くなる他のメイドとは違い、ジェシーは元気よく手を挙げた。

 ふわふわの茶色の髪は肩ではねて、きらきらと光る瞳は緑色。

 そばかすが可愛らしい彼女だが、その好奇心旺盛な性格で毎度オリバーを冷や冷やさせるのだ。

 今回もろくな質問ではないかもしれないと身構える。


「招待客の人数や必要なものはもう決まっているんですか?」

「えっ、あ、あぁ……だいたいのリストは旦那様からいただいているから。そうだ、クルフェルト楽団が音楽会のために招待されていて、楽団員の方たちの部屋の準備も必要だ」


 何でも首を突っ込みたがるジェシーにしてはまともな質問に虚を突かれて、オリバーの方がしどろもどろになってしまう。


「じゃあ、早速今から準備を始めましょうよっ! みんな、何ボーっとしてるの? ようやく公爵家らしいきらびやかなイベントが開催されるっていうのに!」


 ジェシーの勢いに呑まれて、他の者たちも目が覚めたように動き出す。

 オリバーも、使用人たちへの指示をメモした紙を広げた。


(ジェシー。変わった子だと思ってたけど、意外とまともなのかな……?)


 使用人を束ねる執事ではあるが、所詮は雇われの身。

 皆を本当の意味でまとめられているかと言えば、そんなことはない。

 それに、ただ屋敷の管理をするだけで給金がもらえるというおいしい話に飛びついただけなのだ。

 主人であるアルフレッドとの関わりもまだ薄いし、いざとなれば逃げればいいとすら考えていた。

 他の使用人たちも同じだろう。

 だから、今回のような大規模な音楽会に関わるのは初めてだ。

 正直、面倒だと思っている者たちの方が多い。

 しかし、ジェシーが「クルフェルト楽団の演奏が聴けるなんて!」とはしゃいでいる様子に、皆の空気も変わってくる。

 かくして、使用人たちのやる気スイッチはジェシーによって押された。


「ジェシー、ちょっといい?」

「はい、なんでしょう?」


 必要な備品の確認を終え、ひと段落ついたところで、オリバーはジェシーを呼び出した。

 ジェシーは不思議そうに首を傾げ、オリバーを見上げる。


「今朝は、その、君のおかげで助かったよ。ありがとう」

「へ? 何のことでしょう。あたしは何もしてませんよ?」

「いや、君が楽しそうに準備してくれたから、皆の空気が変わったんだ。僕の話だけだと、みんな嫌がって辞めてたかも」

「えぇ~、それはないですよ~」


 ジェシーはオリバーの不安を笑い飛ばす。


「どうしてそう思うの?」

「だって、みんな旦那様と奥様のこと、けっこう好きですもん。オリバーさんもでしょ?」

「ま、まぁ……」


 アルフレッドは恐ろしい噂と違って、使用人に対しても誠実に対応してくれる。

 夫人であるシエラが関わる時だけ、本気で恐ろしいけれど。

 シエラはいつも使用人相手にも優しく微笑んでくれて、気遣ってくれる。

 理不尽な仕事を任されることもないし、むしろ主人の方が仕事に追われていて心配になるほどだ。

 王城と屋敷の行き来も多いし、合間に領地運営の執務までこなしているのだから驚きだ。

 もちろん、領地リーベルトにいるゴードンとの連携はオリバーの仕事なので、アルフレッドが働く分、自分の仕事も増えた。

 しかし、誰もいない屋敷を管理しているだけの時よりも、はるかに仕事への意欲とやりがいに満ちている。

 アルフレッドにシエラの動向を尋ねられて、正直に答えてしまうくらいの忠誠心は芽生えている。

 オリバーの報告がけっしてアルフレッドにとって良いものではなかったのに、叱責されることもなかった。

 ただ事実として受け止めていた。かなり表情が暗くなっていたけれど。

 オリバーはいくつかの貴族の屋敷を転々としてきたが、とある貴族は気に入らない返答をした使用人に暴力をふるうのは日常茶飯事だった。

 過去のことを思い出しながら、最近のことを振り返ってみると、ジェシーの言葉にも納得だった。


(たしかに、今の環境は恵まれているな)


 【包帯公爵】の噂を恐れていた者たちもいたが、今のアルフレッドは包帯を巻いていない。

 その上、驚くほどの美形だった。

 給仕の際、アルフレッドに見惚れるのは女性ばかりではない。

 もちろん、奥方のシエラの可愛さに癒されているのも、男性ばかりではない。

 何より夫婦仲が良く、いちゃついている自覚もないため、使用人たちのいる前でも平気で愛を囁き合っている。

 その様子を見守っていると、今日も平和だと思えたものだ。

 だから、すれ違い生活が続いていると使用人たちも寂しそうにしていた。

 その上、アルフレッドの耳が聞こえなくなったことを聞いて、皆が本気で心配していた。


「じゃあ、どうしてみんなの反応が薄かったんだろう?」

「そんなの、決まっているじゃありませんか」


 腰に手をあてて、ジェシーはにっこりと笑った。


「夜会や晩餐会なら経験あるかもしれないですけど、ちゃんとした音楽会を主催できる家門なんてなかなかありませんよ。みんな、どうすればいいのか分からなくて戸惑っていただけですよ。大切な旦那様や奥様が主催する音楽会に失敗は許されませんし?」

「……そ、そうか。そうだよね」

「おかしなオリバーさん」


 くすくすと笑われて、オリバーも苦笑を漏らす。

 最初から、【包帯公爵】と呼ばれていたアルフレッドに対してもぐいぐい関わろうとするし、何にでも首を突っ込もうとするおかしなメイドだと思っていたのはこちらだったのに。


「そういえば、ジェシーはどうしてここのメイドになったんだい?」

「あ。それ聞いちゃいます?」

「え、駄目だった?」

「いいえ。別に隠すことでもないですし」


 と言って、ジェシーはほんの少しもったいぶるように間を空けて口を開いた。


「あたしの両親、先代のベスキュレー公爵様に仕えていたんですよ」


 一瞬、何を言われたのか分からなかったが、瞬間的に納得した。

 ゴードンが何故、ジェシーを雇ったのか。

 何故、ジェシーは【包帯公爵】であるアルフレッドを恐れずに積極的に関わろうとしていたのか。

 なんとなく聞けずにいたその理由(わけ)をようやく知った。


「実はあの事故が起きるまで、あたしも見習いとして本邸で働いていたんですよ~」


 ジェシー自身、ベスキュレー家の屋敷で生まれたのだという。

 先代公爵の頃は、使用人棟が満室になるくらい大勢の使用人が仕えていた。

 共に同じ主人に仕える中で、ジェシーの両親のように結婚する者も多くいたらしい。

 先代公爵は使用人たちの結婚や出産も祝福してくれる人で、ジェシーの両親は先代公爵に並々ならぬ恩を感じているのだとか。


「じゃあ、《ベスキュレー家の悲劇》が起きた時も?」

「えぇ。あたしの両親は無事でしたけど、本当にあの事故で何もかも変わってしまいました」


 ベスキュレー家当主が事故で亡くなり、財産は一時的に王家に預けられた。

 執事ゴードンが先代センドリックの遺言を王家に提出し、使用人たちの処遇が決められた。

 使用人には多すぎる退職金を頂戴し、次の職場の斡旋まで。

 主人を喪い、悲嘆に暮れていた使用人たちは、やがて一人二人と本邸を去った。

 主人との思い出が色濃く残る屋敷にいることに耐えられなくなった者がほとんどだったという。


「あたしの両親は最後まで屋敷に残って、ゴードンさんに約束したんです。いつか、ベスキュレー家が再興されることがあれば、必ず戻るって」

「じゃあ、君の両親は本邸に?」

「いいえ。母は流行り病で八年前、父は五年前に事故で亡くなりました」

「ご、ごめん……」


 辛い話をさせてしまったとオリバーは慌てて謝る。

 しかし、ジェシーはすでに乗り越えているのだろう。

 いつものようにからっとした笑顔を浮かべた。


「ふふ、いいんですよ~! 両親はアルフレッド様が生きていたことも知らずに天国にいってしまったので、代わりにあたしがベスキュレー家で働いていれば少しは親孝行になるかなぁって」

「そ、そうだったんだ」

「まぁ、元ベスキュレー家の使用人はあたしだけじゃないですけどね」

「えっ⁉ そうなの!」

「先代公爵様にご恩がある使用人は多いですからね~」

 

 もしかすると、新参者なのは自分の方かもしれない。

 さあっと青ざめるオリバーであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] オリバー君、初めて知る衝撃の事実! 実は自分が新参者だった件!(笑)
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