第47話 足りなかったもの
結局、ハリスとはまた後日ゆっくり公爵家に招いて話を聞くことになった。
彼も今や工房の責任者として忙しくしていたから、あまり長居するのは良くないと判断してのことだ。
そして、ベスキュレー公爵家の王都別邸に帰り、アルフレッドは改めてシエラに頭を下げていた。
「後をつけるような真似をして、本当にすまなかった。シエラが私のために心を砕いてくれていたというのに、本当に情けない……」
「顔を上げてくださいっ!」
両肩にシエラの手が触れて、そっと上体を上げる。
「アルフレッド様に内緒にしていたわたしにも非はありますわ。皆さんと話ができてから報告するつもりだったのですけれど、なかなか連絡がつかない方もいて……」
「そうだろうな。私は、ベスキュレー家を支えてくれていた彼らを突き放したんだ。もう関係ないと思われていても仕方ない」
「……でも、ハリスさんだけではなく、アルフレッド様を支えたいと思ってくださる方はいます!」
そう言って、シエラは手紙の束を両手に抱えて持ってきた。
その数は十を超えている。
「これは……?」
「アルフレッド様のことを案じるお返事ですわ。皆さん、アルフレッド様が最近になって建築や芸術品の依頼を受けていることを知って、とても喜んでおりました。そして、もしも許されるのならば、またベスキュレー家の力になりたい、と」
信じられない話だった。けれど、シエラが嘘をついているはずがない。
実際にハリスに会っていなければ、シエラの言葉でも信じられなかっただろう。
(これだけの者たちに、シエラは働きかけてくれていたのか……)
最近、よく手紙を書いていたのは知っていたが、結婚式の招待状を準備しているのだと思っていたのだ。
シエラに任せたことに口を出すのも憚られて、アルフレッドは詳細を確認していなかった。
自分のことに手一杯で、それどころではなかったというのもある。
つくづく情けない。
しかしそれ以上に、胸にくるものがあった。
「本当に……これだけの者たちが、ベスキュレー家の力になりたい、と?」
「はいっ!」
シエラの笑顔を見て、アルフレッドは思わず強く抱きしめていた。
「シエラ、本当にありがとう。あなたがいなければ、私は彼らに近づこうとも思わなかった」
自分から拒絶しておいて、かつて親しくしていた職人たちに拒絶されるのが怖かったのだ。
だから、もう関わることはないと忘れようとしていた。
(一人で何もかも完璧にできるはずない――ですよね、父上)
“女神の加護”を得るために、と躍起になってから回ってばかりで、自分一人で何ができると思っていたのだろう。
誰の力も借りずに作ったものが“女神の加護”を得るというのなら、父は加護を得ることはできなかったはずだ。
今のアルフレッドと父の違いは、そこだったのかもしれない。
過去の繋がりを捨てて、一人でがむしゃらにもがいても、得られるものは何もない。
そのことに、シエラが気づかせてくれた。
父の言葉を思い出せたのは、シエラのおかげだ。
「今度はシエラに任せるのではなく、私自らが彼らに会いに行くことにする」
「アルフレッド様、そのことなのですが」
「ん? なんだ?」
「先日、音楽会を開いてもいいとおっしゃいましたよね? わたし、ベスキュレー家主催の音楽会に皆さんを招待したいと思っていたのです!」
目を輝かせて、シエラが言った。
どうか認めてほしい――そんな願いがこもった瞳に、アルフレッドは笑みをこぼす。
可愛い妻の願いには弱い。それも、自分のためを思っての願いには尚更。
「あぁ、もちろんだ。彼らへの詫びと礼も兼ねて、しっかりとおもてなししなければならないな」
「はいっ! わたし、頑張りますわ!」
「今回頑張るのはあなたではなく、私だ。でも、音楽会の手配はきっと君の方が手慣れているだろうから、色々と教えてもらえるとありがたい」
「アルフレッド様……! はい、一緒に素敵な音楽会を開きましょう!」
感激して、今度はシエラから抱き着いてくる。
いきおいよく胸に飛び込んできた愛しい妻をしっかりと抱き留めて、亜麻色の髪にそっと口づけを落とす。
「あなたは本当に天から舞い降りた天使のようだな」
可愛い笑顔で、強く美しい心で、アルフレッドの憂いをいつも取り払ってくれる。
シエラのおかげで荒れていた心も癒されて、浄化されていく。
「てっ、天使だなんてそんなっ」
「愛している、私の天使」
照れるシエラの言葉は聞こえないまま、アルフレッドは天使の唇を奪う。
柔らかくついばむようなキスはやがて、その熱を確かめるように深くなっていった。




