第46話 妻が隠した理由
「片付いてなくてすみませんねぇ」
「い、いえ、大丈夫です! あ、わたしも手伝います」
「いやぁ、助かります」
執務室の応接スペースにまで、資料やら本やら設計図の書き損じやらが山積みとなっていた。
そのため、ハリスとともにシエラやメリーナがひとまずソファに座れるようにと片付けをしている。
客人が片づけるなど本来あり得ないのだが、落ち着いて話を聞くためには仕方がない。
アルフレッドも一緒になって片付けを手伝う。
(妻にだけやらせる訳にはいかないしな……)
どういう関係で、どうしてハリスに会いに来たのか。
シエラが何をしようとしているのかは分からないが、やはりこれは浮気ではなく、アルフレッドのために動いてくれていたということだろうか。
しかし、ハリスと顔を合わせるのが気まずくて、アルフレッドの表情は険しくなるばかりだ。
それを怒っているとシエラが思ってしまうのも無理はない。
先ほどから、ちらちらとアルフレッドの方を気にしては申し訳なさそうにしている。
ハリスの手前、なんと声をかけていいか分からず、アルフレッドは無言を貫いていた。
そして、ようやくソファとテーブルが片付き、着席する。
メリーナは遠慮して席を外したようだ。
「えっと、改めて本日はお時間をいただきありがとうございます」
シエラが向かい側に座るハリスに頭を下げた。
「いえいえ。ベスキュレー家には恩がありますから。それに、アルフ坊ちゃんにもお会いできて本当に嬉しいです」
にかっと笑うハリスは昔と変わらない。
しかし、そのこげ茶色の髪には白いものが混じり、目じりや口元にもしわが刻まれている。
それに、昔は眼鏡もしていなかった。
十年という歳月を感じ、アルフレッドは言いようのない寂寥感に苛まれた。
「それで、シエラはどうしてここに来たんだ?」
アルフレッドはハリスの視線から逃げるように、シエラに問う。
「実は……アルフレッド様が日夜“女神の加護”について悩まれている姿を見て、わたしも何か力になれないかと考えていたのですが、わたしは歌のことしか分かりません。ですから、ゴードンさんに聞いてみたのです。そうしたら、以前、ベスキュレー家の職人として働いていた方たちなら、力になってくれるかもしれないと教えてくださって。でも、その……」
ハリスのことを教えたのはゴードンだったようだ。
言いよどむシエラに、アルフレッドは彼女が言えなかった言葉を引き継ぐ。
「私が五年前、彼らを冷たく追い返したことも聞いたんだな」
「…‥‥っはい。それで、まずは皆さんがベスキュレー家のことを、アルフレッド様のことをどう思っているのか話を聞きたいと思って……勝手な真似をして、申し訳ありませんでした」
今にも泣きそうな顔になって、シエラは頭を下げた。
そんな彼女をそっと抱き寄せて、アルフレッドも謝罪する。
「私が不甲斐ないばかりに、あなたに心配をかけてしまった。本当にすまない。悪いのは私だ」
アルフレッドが聴力を失い、“女神の加護”を得ると豪語しておきながら何もできずにいる間、どれだけシエラに心配をかけていたのだろう。
いつも通りにしているつもりだったが、やはりシエラには感じるところがあったのだろう。
それに、いつも安心と癒しをくれるシエラの声が聞こえないことで、アルフレッド自身少し神経質になっていたところもある。
そういったアルフレッドの態度が、シエラを余計不安にさせていたのかもしれない。
アルフレッドのためにとシエラは動いてくれていたのに、一瞬でも浮気が頭をよぎったことを反省する。
(彼らが私に対して良くない感情を持っていてもおかしくはない……)
だからこそ、シエラはアルフレッドに内緒にしていたのだろう。
悩んでいるアルフレッドのために動いているのに、さらなる悩みの種を増やさないように。
「……シエラ、こんな私を許してくれるか?」
「も、もちろんです」
耳元で囁けば、シエラは真っ赤な顔をして頷いた。
そろそろ自分の声を忘れそうになるが、シエラにとってはまだときめく声だったようで安心する。
そして、そんな熱々の夫婦の仲直りを間近でみせられたハリスはというと。
「あんなに誰も近寄らせなかったアルフ坊ちゃんが結婚したって報せを受けた時には驚いたが、これは……本気で惚れてんだなぁ。本当によかった。旦那様も奥様もきっと喜んでいるだろうなぁ」
根っからの職人気質で気難しい男だが、情には厚い。
亡くなった先代のことを思い、号泣していた。
可愛がっていた先代の息子が生きていて、公爵家を継いだことを知った時もこんな風に彼は泣いたものだ。
会ってはもらえなかったが、アルフレッドが生きていてくれただけでハリスにとっては僥倖だった。
「あっ、ハリスさん……すみません。せっかくお時間をいただいているのに」
むせび泣くハリスの声にハッとして、シエラが謝る。
アルフレッドの方は音が聞こえないため、ハリスの存在すら一時忘れていた。
「ぐすっ、いいんですよ。俺はアルフ坊ちゃんが幸せそうで、本当に嬉しい」
「うっ……私も、勝手に早とちりしてしまい、失礼な態度をとって申し訳なかった」
ハリスの目の前でいちゃついていたことに羞恥はあるものの、先ほどのアルフレッドの態度はよくなかった。
素直に謝ると、ハリスの目が見開かれる。
「アルフ坊ちゃん……っ!」
突然立ち上がったかと思うと、テーブル越しにハリスが身を乗り出してくる。
何をするつもりだと身構えるも、がっしりと大きな体に抱きしめられる。
昔もよく、ハリスにはこうして抱きしめられていたことを思い出すと、アルフレッドの方も感慨深いものがあった。
けっして、ハリスのように泣いたりはしないけれど。
「アルフレッド様、ハリス様……っ!」
代わりに泣いていたのは、シエラだった。
虹色の瞳からこぼれる涙は何よりも美しく見えた。
(あぁ、やはりシエラには敵わないな……)
ハリスの力強すぎる抱擁を受け止めながら、アルフレッドはシエラの想いに報いたいと改めて思った。
お読みいただきありがとうございます。
ついに、アプリマンガUP!様にて「包帯公爵の結婚事情」の連載が7/21より始まっております。
もうコミカライズは読んでいただけたでしょうか?
鬨乃先生が包帯公爵の世界観を大切に美しく描いてくださっているので、ぜひ読んでいただきたいです!
とにかくシエラが可愛くて、私もアルフレッドとともに悶えております。
コミカライズを読んで原作を読んでくださっている方もいるようで、とても嬉しいです。
今後とも、包帯公爵を見守っていただけると幸いです。




