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包帯公爵の結婚事情  作者: 奏 舞音
結婚事情編
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第13話 愛する人の秘密

 今日も、愛しい夫アルフレッドに会えなかった。

 シエラは夕食を終えて、自分の部屋に戻っていた。

 一週間、アルフレッドの声を聴いていない。

 時々、とても近くにいるような気がするのに、メリーナはシエラの勘違いだと言う。


(たしかに、アルフレッド様の音が聴こえるのに……)


 アルフレッドの足音、息遣い、鼓動、それらすべての音をシエラの耳は覚えている。

 本当は匂いも覚えたいのだが、驚くほどにアルフレッドから匂いはしない。

 包帯を巻いているせいだろうか。

 無臭であるために、アルフレッドの持ち物を嗅いでみても彼の気配を感じることができないのが残念だ。

 しかし幸いにも、自分には耳がある。

 人混みの中や賑やかな場所では役に立たないが、シエラの耳はアルフレッドの音だけはどこまでも鮮明に記憶している。

 時と場合によって音は多少違うが、人間には、癖というものがある。

 シエラは、アルフレッドの音だけは聞き間違えない自信があった。

 だから、寝室の扉を開けた時も、すぐに気付いた。

 中に人がいることも、それが誰であるのかも。


「……アルフレッド様?」


 震える声でそう呼べば、彼が息を吐いたのが分かった。


「やはり、あなたにはこの姿は通用しないようだな」

「どういう、意味ですか?」


 アルフレッドの言葉の意味が分からず、シエラは問う。


「盲目のあなたには信じられないだろうが、私は……透明人間だ。包帯を巻いていなければ、誰にも私の姿は見えない。私は、呪われた存在なんだ」


 アルフレッドの告白に、シエラは瞠目する。

 しかし、久しぶりに聴いたアルフレッドの声はやはり心地よくて、シエラは彼に吸い寄せられるように足を前に出していた。

 驚きはしたが、彼が話す言葉はシエラにとって大切なものだ。

 その内容が普通では信じられないようなことでも。


「……今、私は包帯を身に着けていない」


 そう言って、アルフレッドはシエラの手を取った。

 たしかに、彼の手には包帯が巻かれていなかった。

 大きな手はシエラの小さな手をすっぽりと覆ってしまう。

 少し骨ばっていて、しっかりとした男の人の手だ。

 初めて触れた彼の素肌に、にやけそうになるのをシエラは必死で我慢する。

 常に包帯を身に着け、素肌を隠している【包帯公爵】が、包帯を外している。

 つまり今、彼は透明で、誰にも見えない姿でいる訳で……。


「では今、アルフレッド様は裸なのですか?」


 シエラには、彼がどんな風に透明人間なのか分からない。

 もし今、アルフレッドが裸だったら、と思うとシエラの頬はかっと熱くなる。


「いや、服は着ている……が、気にするところはそこなのか」


 呆れたような溜息と共に、アルフレッドが呟く。


「女性の寝室に男が勝手に侵入し、さらには透明人間だなどと訳の分からないことを言っている。それなのに何故、あなたは普通に笑っていられるんだ……!」


 今まで淡々と話していたアルフレッドには珍しく、感情的に声を荒げた。


(今、はじめてアルフレッド様に怒鳴られたわっ!)


 想像していたよりも迫力のある低音に、シエラの胸は震える。

 彼は真剣に話しているのに、シエラは緩む頬を抑えられそうにない。

 しかし、シエラはどうにか真顔をつくる。


「だって、わたしはずっとアルフレッド様にお会いしたかったんですもの。今ここに、わたしの目の前にアルフレッド様がいてくださるだけで幸せですわ」

「あなたなら、もっと他にいい人がいただろう。どうして、こんな気持ちの悪い男相手にそんな風に思えるんだ」

「それは、アルフレッド様もですわ。この結婚はわたしが望んだことです。アルフレッド様がわたしを避けていたことは知っています。でも、わたしを追い出したりせずにこの屋敷にいさせてくれました。一方的に好きだという気持ちの悪い女だとは思いませんでしたか?」

「そんなことを思うはずがない」

「わたしも同じですわ。アルフレッド様のことを気持ち悪いなんて思ったことはありません」


 自分で言っておきながら、気持ち悪いと言われたらどうしようと思っていたので、シエラはアルフレッドが否定してくれたことが嬉しくて飛び上がりそうだった。

 しかしなんとか落ち着いて、アルフレッドを真っ直ぐ見つめる。

 シエラの視界は真っ暗でも、アルフレッドがいてくれるから怖くない。

 シエラの本気を、アルフレッドはきっと知らない。

 だから、シエラは分からせようと思った。


「わたしは、他の誰でもないアルフレッド様の妻です。夫が妻の寝室に来ていることに、何の問題もありません。それに、アルフレッド様になら、騙されても、何をされてもかまいませんわ」


 後半は尻つぼみになりながらも、シエラは素直に自分の気持ちを伝える。


「アルフレッド様だから、わたしは好きになったのです」


 素肌の彼の手を、シエラはぎゅっと握って答えた。


「……あなたは、無防備すぎる」

「え……?」

「一人で出歩くな、と言っても一人で屋敷内を散策しているし、街にまで出かけている。見ているこちらがどれだけ冷や冷やしているか、あなたには分からない……挙句、私のせいでその身を狙われている」


 アルフレッドの声が熱を帯びてきたかと思えば、シエラの身体は突然宙に浮いた。

 次の瞬間にぽす、と落とされたのは、やわらかなベッドの上だった。


「あなたの選択肢は二つしかない。私のことを忘れて元の幸せな世界へ帰るか、私に一生囚われ不幸な人生を送るか……」


 感情を押し殺したような低い声で、アルフレッドは問う。

 アルフレッドを忘れる幸福か、アルフレッドに囚われる不幸か。

 彼は、自分がどれだけ馬鹿馬鹿しい問いを投げかけているか、きっと分かっていない。

 自分の側にいる人間が不幸になる、と確信しているアルフレッドに、シエラはにっこりと微笑んだ。


「わたしは、アルフレッド様が大好きです。アルフレッド様が側にいてくれるなら、わたしはそれだけで幸せです。不幸になんてなりようがありませんわ」


 シエラはもう、アルフレッドに出会えただけで十分に幸せだ。

 それなのに、どうしてその幸福を忘れなければならないのか。

 しかし、アルフレッドは重い溜息を吐く。


「……私を好きだなどと、二度と言えないようにしてやる」


 アルフレッドはシエラの上に覆いかぶさり、耳元で囁いた。

 それは、明らかにシエラを脅すために告げられたものだった。

 いつもよりも低く、凄みを増したその声に、シエラは震えた。

 しかし、それはもちろん恐怖や脅えからではない。


(きゃあああ、夢のようだわ……っ!)


 シエラは今、大好きなアルフレッドに押し倒されている。

 間近で、アルフレッドの吐息を感じる。

 もっとアルフレッドの音を感じたいのに、心臓がうるさくてうまく聞き取れない。


「何故、この状況で笑っていられる? あなたは今、私に襲われているんだぞ」


 襲われている、といってもシエラは押し倒されているだけだ。


「わたしたちは夫婦ですもの。何の問題もありませんわ!」

「……少しは抵抗してくれ」


 溜息と共に、アルフレッドの気配が遠ざかろうとする。

 このままでは、またアルフレッドと会えない日々に逆戻りだ。

 シエラはどうにか彼を引き止めようとその腕を掴む。


「アルフレッド様、十年前のことを覚えていませんか……?」


 シエラの問いに、アルフレッドの身体がぴたっと止まった。

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