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包帯公爵の結婚事情  作者: 奏 舞音
女神の加護編

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第37話 夫を甘やかす

「アルフレッド様……」


 〈ベスキュレー家の悲劇〉がどれほどの深い傷をアルフレッドに与えたのか、シエラは想像することしかできない。

 それでも、女神の加護を得てほしいと願うことは、その傷口を再び開くような行為だったのだということは分かる。

 誰もが女神の加護を崇める訳ではない。

 誰もが女神の加護を得られる訳ではない。

 誰もが女神の加護に感謝する訳ではない。

 そんな単純なことに気づけずにいたなんて。


「ごめんなさい……わたしが、願ったから……」

「それは違う。私自身が殿下の役に立ちたいと望んだ。だから、女神の加護を得ようと決めたんだ。ただ、私が望んだとしても、女神が応えてくれるかどうかは自信がなくてな。情けない話だが」

「アルフレッド様は情けなくなんてありません! とてもお辛い経験をしたのですもの。簡単に受け入れられるはずがありませんわ! だから、どうかご自分を責めないでください」


 アルフレッドはいつも当たり前のように自分のせいにする。

 きっと、ただ一人生き残ってしまった十年前からずっと。

 それが彼の思考の癖になってしまっているのだ。

 だから、シエラはにっこりと笑ってみせる。

 アルフレッドは悪くないのだと、あなたのおかげで幸せを感じている存在がいるのだと分かってもらえるように。


「アルフレッド様、愛していますわ」


 少し冷たくなっている愛しい人の手をぎゅっと握って、シエラははっきりと口にした。

 今のアルフレッドには声が届かない。

 だから、言葉だけではなく、表情で、ぬくもりで、確実に気持ちを伝えたかった。


「恋は盲目といいますでしょう? わたしは、どれだけ情けない姿を見せられても、アルフレッド様のことは愛おしいとしか思えませんの」


 ふふっと笑ってみせれば、アルフレッドは驚いたように目を見開き、くしゃりと笑みを浮かべた。

 その表情があまりにも柔らかくて、シエラの胸がきゅんと疼く。


「シエラ。いつも、ありがとう。私も、どんなあなたも愛おしい」


 そっと抱きしめられて、耳元で愛を囁かれたらもう駄目だった。


(ひゃ~~~っ! 声が、声がぁ……)


 シエラは内心で悲鳴をあげる。

 掠れたような声音が、いつも以上に妙な色気を放っていたのだ。

 聴覚を失ってもなお、簡単に腰が砕けてしまいそうな声は健在で、シエラの全身から力が抜ける。

 つい先程まで真剣にあれこれ考えていたことがすべて、飛んで行ってしまった。


(アルフレッド様の声に抗える日は来るのかしら……?)


 結婚して毎日のように聞いているはずなのに、いつもドキドキして、何も考えられなくなってしまう。

 けれど、夫にときめき続ける日々はとても幸せだから、このままずっとドキドキしていたい。

 そして、そのためにもアルフレッドには言っておかなければならないことがある。

 ポンポンと肩を叩いて合図を送ると、アルフレッドは抱擁を解く。


「アルフレッド様。もっとわたしに情けない姿を見せて、たくさん甘えてくださいね」

「それは難しいな。シエラの前ではかっこつけていたいから」

「アルフレッド様はいつでもかっこいいですよ?」

「そうか、それならいいか」


 肩の力を抜いて、アルフレッドが笑ってくれる。

 気を許してくれているのが態度でも分かって、シエラは嬉しくなる。


「はいっ!」

「じゃあ、甘えさせてもらってもいいか?」

「もちろんですわ」


 元気よく頷いた後、甘えるという口実で色気たっぷりの愛の言葉を耳に注ぎ込まれて、シエラは呼吸困難に陥るかと思った。

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― 新着の感想 ―
[一言] いや〜声には永久に抗えないだろ〜。 嗄れる頃にはきっとその声を好きになってるだろうし…(笑)
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