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包帯公爵の結婚事情  作者: 奏 舞音
女神の加護編

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128/205

第30話 突然の呼び出し

 金の装飾品が眩しい王城の応接室。

 洗練された城仕えの使用人が淹れる紅茶は美味しく、緊張した心をほぐしてくれる。


(それにしても、どうしてわたしが呼ばれたのかしら?)


 シエラは内心で首を傾げる。

 クルフェルト家で歌の練習をしていた時に、王命で召喚命令があったのだ。

 ザイラックからの呼び出しということで、王家の紋章が入った馬車を待たせるなんてできず、シエラは慌てて登城した。

 アルフレッドと結婚して、一人で登城するのは初めてだ。

 いつも彼がエスコートしてくれていたことを思うと、少し寂しい。

 しかし、公爵夫人としての責任を果たすためには、これしきのことで甘えてはいけない。

 それよりも、王命で呼び出されるなんて、ただ事ではない。

 一体、用件は何なのか。

 シエラはかなり緊張していた。

 そして、もう何度目か分からない深呼吸を繰り返していた時、ついに扉が開く。

 シエラはすぐに立ち上がり、ザイラックに一礼する。


「シエラ、待たせて悪かったな」

「いえ」


 護衛の騎士と一緒にやってきたザイラックだが、すぐに人払いをした。

 ザイラックに座るよう促され、シエラは先ほどまで座っていた椅子に座る。


「こうして二人で話をするのは、アルフレッドとの結婚を決めた時以来だな」

「そうですね。ザイラック様のおかげで、わたしは大好きなアルフレッド様と幸せな時間を過ごしております」

「ははっ。それはよかった」


 快活に笑うザイラックを見て、深刻な話ではないのかもしれないとシエラは少しだけ肩の力を抜いた。


「急に呼び出したのは、クリストフのことで話したいことがあってな」

「クリストフ殿下のこと、ですか?」

「あぁ」


 てっきりアルフレッドに関することだと思っていたので、シエラは少し戸惑った。

 しかし、アルフレッドはクリストフの側近だ。

 無関係であるはずがない、と気を引き締め直す。


「何故、シエラを呼んだのか不思議に思っていることだろう」

「……はい」


 ザイラックの言葉に、シエラは素直に頷く。


「クリストフが今、とある計画を立てていることは俺も知っている。その計画に、アルフレッドとシエラを巻き込もうとしていることもな」


 ザイラックは少し疲れた表情で、苦笑を漏らす。

 クリストフの計画は、女神の加護によって“呪われし森”の呪いを解くこと。

 そのために、アルフレッドが魔女の魂を鎮めるための聖堂を建てようとしている。

 魔女の呪いは、“呪われし森”内部だけでなく、いずれ王国内をも覆うかもしれない。

 呪いの脅威から国を守るための計画なのだ。

 相当大規模な計画になるだろう。

 そして、その計画に国王の協力は必要不可欠だ。


(でも、どうしてザイラック様は浮かない顔をしているの……?)


 クリストフからこの計画を持ち掛けられた時のことを思い出す。

 たしかに、彼はザイラックの名は出していなかった。

 実績を作るためだと言っていたが、ザイラックに内緒で進めようとしていたのだろうか。

 

「もしかして、ザイラック様はこの計画に反対なのですか?」

「さすが、シエラだな。今日、シエラを呼んだのは、クリストフの計画を阻止するためだ。女神の加護を持たないアルフレッドなら、絶対にあんな危険な計画には反対すると思っていたのに、失敗してしまったようだしな」

「でも、どうしてですか? クリストフ殿下は、国のためを思って行動していると思います。それに、わたしも、アルフレッド様と同様、協力したいと思っています」


 “呪われし森”の呪いを解き、魔女の魂を解放したい。

 かつて救われずに呪いとして残ってしまった心残りを、救える歌を歌いたい。

 愛する人と気持ちがすれ違ったまま、二度と会えなくなるなんて、想像しただけで胸が引き裂かれそうだ。

 その痛みを数百年も抱えていたなんて、グリエラはどれだけ苦しかっただろう。

 もうこれ以上、苦しんでほしくない。

 たとえ、憎悪だけが染みついているのだとしても、その奥底には愛した記憶があるはずだから。

 シエラはまっすぐに、ザイラックを見据えた。

 不敬だと分かっていても、自分は呪いを解こうとするクリストフの味方だと示したかった。


「本当に、お前たちを見ていると羨ましくなるな」

「……え?」

「だが、今回ばかりは駄目だ。クリストフが目星をつけている他の加護持ちには俺が手を回している」

「それって……」

「あぁ。女神の加護を持つ者で、計画の協力者はシエラただ一人だ」


 ザイラックの言葉に、シエラは思わず息をのむ。

 あの広大な“呪われし森”の呪いを、シエラ一人の歌だけで解けるはずがない。

 いくら女神の加護があったとしても、無謀すぎる。


「“呪われし森”の呪いは、王家が抱える負の遺産だ。だからこそ、呪いを解きたいというクリストフの気持ちは分かるし、俺も国王として何とか協力したいと思っている」

「それならば、何故なのですか?」

「女神の加護を人間が利用することはあってはならない。絶対にだ。あくまでも、俺たち人間は女神に芸術を捧げ、それに見合うだけの対価をもらっているに過ぎないんだ」


 ヴァンゼール王国に守護があるのは、初代国王ラリアーディスが女神ミュゼリアに美しい芸術を捧げると誓ったから。

 だからこそ、この国は芸術に重きを置いている。

 腕のある芸術家の支援や芸術家の育成に王家や貴族が力を入れているのも、すべての理由はそこにある。

 それら芸術はすべて、女神への捧げものとなるのだ。

 そして、女神は気まぐれに奇跡と呼べるような加護を与える。

 女神の加護とは、願えばすべてを叶えてくれるものではない。

 ”呪われし森”の呪いを解ける可能性を女神の加護に賭けていたとしても、それが成功するかどうかも分からないのだ。


「王家の人間が女神の加護を利用しようとすれば、災厄が訪れる――王家に代々言い伝えられていることを俺の代で破る訳にはいかん」


 ――だから、シエラも手を引いてくれ。


 国王であるザイラックの言葉は重く、シエラは膝の上で拳をぎゅっと握りしめた。

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