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包帯公爵の結婚事情  作者: 奏 舞音
女神の加護編

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127/205

第29話 そして、迷い込む

「殿下――っ!」


 とっさにクリストフの腕をつかみ、強風から庇うように引き寄せる。

 しかし、強風は意志を持ったようにうねり、竜巻となってアルフレッドとクリストフの体を宙に浮かせた。


「くっ……!」


 これはただの風ではない。

 黒く淀んだこの風は、魔女たちの怨念が具現化したものだろう。


(魔女の呪いが直接的に攻撃してくることなど、今まで一度もなかったはずだが……)


 風には木の葉や枝が巻き込まれており、それらが鋭く服や肌を切り裂いてくる。

 なんとか掴んだクリストフの腕を離すまいと強く握りしめ、アルフレッド自身もぎゅっと目を閉じる。

 どれだけ風に弄ばれていたのか。

 一瞬、目を開いた時には地面からどんどん遠のいていた。

 竜巻と化したこの怨念から逃れたいが、このまま地面に叩きつけられれば大怪我を負うことは確実だ。

 次期王太子にそんな怪我をさせる訳にはいかない。


(グリエラ……魔女の怨念を止めてくれ)


 ぐるぐると風に振り回されながらも、アルフレッドはポケットに入れていた包帯を握り、祈る。

 女神の加護を持たないアルフレッドにできることといえば、魔女の包帯に祈ることだけだ。

 同じ魔女の気配を感じたからか、少しだけ風が緩む。


「アル、あの木に……っ」


 クリストフの視線を辿り、最も近い大木の枝に体を向けた。

 二人で太い木の枝を掴み、強風に飛ばされないよう耐え続ける。

 そのうち、だんだんと風は止み、“呪われし森”は静けさを取り戻した。

 つい先程までの竜巻が嘘のように。

 しかし、ひとまずの危機は去ったと考えてもいいだろう。


「殿下、ご無事ですか」

「あぁ、なんとかな」


 苦笑交じりにクリストフが頷く。

 クリストフもアルフレッドも、見た目はボロボロだった。

 しかし、幸い二人ともかすり傷程度の軽傷ですんだ。


「さて。とりあえず、木から降りるか」

「そうですね。何があるか分かりませんから、私が先に降ります」


 また強風が吹き荒れやしないかと警戒していたが、何事もなく木から降りることができた。

 問題は、風に視界を奪われたまま、訳の分からぬまま連れて来られたこの場所がどこか分からないことだ。

 せっかく帰り道が分かるように印をつけながら歩いてきていたというのに、すべて台無しだ。

 これも魔女の意志なのだろうか。

 アルフレッドが眉間にしわを寄せて考えこんでいると、クリストフの明るい声が聞こえてきた。


「俺だけ先に帰ることももうできないし、一緒に奥へ進もうか」


 その声は何故か弾んでいて、この状況を楽しんでいるように見える。

 右も左も分からない暗い森の中で、どうして笑みを浮かべていられるのか。

 無事に出られるかもわからないというのに。


「殿下、楽しそうですね」

「だってな、考えてもみろ。こんな経験、ヴァンゼール王国の王族でも俺だけだと思わないか?」

「まぁ、そうでしょうね」

「それに、この森にはきっと、魔女の歴史がすべて眠っているはずだろう?」


 紫の瞳をぎらりと輝かせて、クリストフが口角を上げた。

 

「俺がずっと知りたいと思っていた魔女のことをようやく知ることができるかもしれないんだ。楽しいに決まっている」


 そう言ったクリストフの瞳はどこか熱を帯びていて、何かに恋焦がれているようにも見えた。

 留学をしてまで魔女や呪いについて調べていたのだ。

 クリストフは、魔女に関して執着にも似た探求心を持っているのかもしれない。


「ですが、どうしてそこまで魔女にこだわるのですか?」


 十年前、友人として側にいた時、クリストフと魔女の話をしたことはない。

 あの頃の自分たちにとって、“呪われし森”はただの迷信でしかなく、魔女という存在も絵本の中の存在だった。

 関わりがなければ、実在するものに気づくことはないのだ。

 アルフレッドが呪われて魔女に出会ったように、クリストフにも何かあったのではないだろうか。

 そうでなければ、第一王子としての責務を理解しているクリストフが自ら危険を冒すとは考えられない。


「俺はただ、魔女に会いたいだけだ」

「魔女に? しかし、魔女はもう……」


 死んでいる。

 グリエラの最期は、アルフレッドが看取ったのだ。

 会えるはずがない。

 “呪われし森”には、人間への恨みを吐く怨念しかいない。


「分かっている。それでも、俺はここに来て、魔女と向き合う必要がある。呪いの引き金を引いた初代国王の血を引く者として」


 アルフレッドが垣間見た、グリエラの記憶――“呪われし森”の始まりは、まだクリストフには話していない。

 しかし、クリストフはすべてを分かっているような落ち着いた声で答えた。

 もしかすると、王族だけに語り継がれる何かがあるのかもしれない。

 そう考えた時、ふいにクリストフが立ち止まった。


「だから、アル。お前が知っていることも、すべて話してくれないか?」


 そう言って、クリストフは腰に下げていた剣を抜き、その剣先をアルフレッドに向けた。

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― 新着の感想 ―
[一言] クリストフ強いな! この状況を楽しんでる感がスゴい!(笑)
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