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包帯公爵の結婚事情  作者: 奏 舞音
女神の加護編

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第26話 夫のためにできること

 朝起きて、まず耳にするのは愛しい人の声だった。

 目を開いて、一番に映る景色も、大好きな人の顔だった。

 王都に来て、まだたった一日だけだ。一人で広いベッドに眠ったのは。


(最近、アルフレッド様と一緒に寝るのが当たり前になっていたから……)


 寝室を別にしようと提案したのはシエラだ。

 姉から、「神の御前で愛を誓っていない夫婦が同じベッドに眠ると、不仲になる」というジンクスを聞いたから。

 それに、女性から誘ったり、強く迫ったりするのは男性に引かれてしまうのだとか。

 これまでの自分の行動を思い出し、シエラはゾッとしたものだ。

 何せ、始まりが押しかけ花嫁だ。

 それからもアルフレッドにいきなり告白したり、側にいたいと縋ったり、何をされてもいいと誘ったり。

 今はまだ新婚で、蜜月だから、きっとアルフレッドはシエラに甘く優しくしてくれている。

 しかし、これからの長い人生を夫婦として過ごすのに、男性が引くような行動ばかりとる訳にはいかない。

 そう思って、まずは寝室を分けようと考えたのだが、アルフレッドの声で目覚める幸せを知ってしまった身としてはかなり寂しい。

 たった一日で、決意が揺らぎそうになる。

 シエラが寝台から身を起こし、ガウンを羽織った時。


「奥様、おはようございます」


 ノックの合図の後、メリーナが入ってきた。

 シエラは笑顔でメリーナに近づき、開口一番気になることを口にする。


「おはよう、メリーナ。アルフレッド様は?」

「昨夜遅くに帰ってきて、書斎にこもってお仕事をされているようです」

「えっ⁉︎ じゃあ、もしかしてアルフレッド様は眠ってらっしゃらない……?」


 こうしちゃいられないわ! とシエラはアルフレッドが心配で、書斎へと向かう。


(アルフレッド様……遅くまでお仕事をされていたのに、帰ってからもお仕事だなんて……)


 体調は大丈夫だろうか。無理をしていないだろうか。

 心配でたまらなくて、どうして自分は昨夜あんな手紙を渡してしまったのだろうと後悔する。

 話し合うことが大切だと分かっていたのに、手紙にしてしまったのは直接会ってしまえば一緒にいたいと言ってしまいそうだったから。

 いつもアルフレッドのことになると気持ちが空回りして、失敗ばかりだ。


「アルフレッド様」


 書斎の扉をノックして、シエラはそっと呼びかける。

 しかし、中から返事はない。もしかしたら、眠っているのかもしれない。

 そう思い、シエラはドアノブに手をかけた。

 内鍵がかかっているかも、と思ったが、扉は開いた。


「アルフレッド様、もう朝ですよ」


 室内に響くのはシエラの声だけ。

 それもそのはず。静かすぎる書斎には、誰もいなかった。

 しかし、いくら静かでも、目に入る景色はただ事ではなさそうだった。

 本や資料が散乱し、床に広げられている。

 きっと、アルフレッドが調べ物でもしていたのだろう。


(でも、いつもは整理整頓をしっかりされているのに……アルフレッド様は何を調べていたの?)


 盲目であったならば見て気づくことができなかったことに、今のシエラは気づくことができる。

 シエラは、床に広がる資料の一つを手にとった。


「……これは、何かの記録?」


 パラパラとめくってみると、どのページにも日付とその日の建設作業などの進捗状況が記されている。誰が現場で指揮をとり、どの作業にどれだけの人数が参加していたのか、という詳細まできっちりと。

 そして、この記録の作成者の名前は『センドリック』。


(センドリック様って、アルフレッド様のお父様よね?)


 結婚が決まる前、アルフレッドのことを貴族名鑑で調べた時に記憶している名だ。

 それに、ゴードンもセンドリックの側仕えをしていたと話してくれたことがあるから、間違いないだろう。

 〈ベスキュレー家の悲劇〉のこともあり、シエラはアルフレッド自身に家族や過去のことを深く尋ねたことはなかった。

 彼を傷つけてしまうかもしれないと思うと、聞くのが怖かったのだ。

 しかし今、これらの記録をアルフレッドが確認していたということは。


「やっぱり、アルフレッド様は女神の加護のことで悩んでいるの……?」


 “呪われし森”の呪いを解く。

 そのために、クリストフは奇跡を起こす“女神の加護”を求めている。

 そして当然のように、呪いを解くための要として、アルフレッドを組み込んでいる。

 ベスキュレー公爵家は、初代国王の時代から王家を支えている家だ。

 代々のベスキュレー公爵家の当主たちは皆、女神の加護を得ていた。


 ――アルフレッドを除いて。


 クリストフからこの話を持ち掛けられた時、アルフレッドは女神の加護を得ることに対して自信がなさそうだった。


(アルフレッド様ならきっと、大丈夫。そう信じているけれど、もしアルフレッド様が一人で悩んでいるのなら……)


 妻として、大好きな夫の力になりたい。

 しかし、ベスキュレー家の女神の加護について、シエラは何も知らない。

 だからこそ、シエラは今、父に頼んでとある情報を集めていた。

 うまくいくか分からないから、アルフレッドには内緒で進めている。

 もし失敗して、さらに彼を追い詰めることになってはいけないから。


(本当は、わたしが女神の加護について伝えられたらよかったのだけれど……)


 シエラ自身、何故自分に女神が微笑んでくれたのか分からないのだ。

 理由を挙げるとすれば、アルフレッドへの愛しかない。

 しかしそれならば、アルフレッドも条件は同じはずなのに。

 女神の加護を得ることが難しいと確信を持つ何かが、アルフレッドにはあるのだろうか。

 あの時、様子のおかしいアルフレッドに気づいていたのに、理由を知ろうとしなかったことが悔やまれる。

 もっとも、尋ねていたとして、アルフレッドが素直に教えてくれるとも思えないが。


「それでも、わたしはアルフレッド様の妻だもの。話をすることから逃げては駄目よ」


 アルフレッドが話したがらない過去の話も、女神の加護について何を思っているのかも。

 昨日の姉との会話を思い出しながら、シエラは決意する。

 何が何でも、アルフレッドと話をしようと。

 たとえ、彼自身に辛いことでも、その辛さをシエラも一緒に分かち合いたい。

 アルフレッドだけに苦しんでほしくない。思い悩んでほしくない。

 自分たちは夫婦だから。

 一緒に幸せになろう――その言葉が嬉しかったから。

 何事も、一緒に乗り越えていきたい。

 シエラが記録本を胸に抱き、書斎を出ようとした時。


 扉の外にはアルフレッドが立っていた。

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