霞と仙人
――空を覆うほどの木々に囲まれた山道を、私は上へ上へと登っていく。お日様は見えないけどとても明るい……。登れば登るほど明るさは増していく。あたたかい。私はゆっくりとしかし立ち止まることなく進んでいく。やがて明るさは視界が真っ白になるほどの眩い光へと変わり、その先へと歩を進め続けた私は……、真っ暗闇に包まれた――。
『霞』
朝。私は古時計が6つの鐘を鳴らすより前に目を覚ます。手早く身支度を済ませてそのまま朝食の準備に取り掛かる。トーストにジャム、目玉焼きにサラダ、それと飲み物を2人分。それをトレーに乗せて私は外へと出る。前庭で景色を眺めながら食べるのが私の日課。
「仙人様ー?朝食ですよー。」
テーブルに料理を並べながら、すでに起きているはずの同居人にして私の雇い主の名を呼ぶ。
……来ない。いつもなら庵からふらふらと出てくるはずなのに。
「仙人様ー!先食べちゃいますよー?」
私がトーストに甘酸っぱいブルーベリーのジャムをたっぷりとぬって、食べ始めたころ。
「おはよ~、つつじちゃん。今日の朝ごはんは何かな~?」
仙人様が庵とは反対側の林のほうからふらふらとやってきました。
「トーストにサラダと目玉焼きですよ、仙人様。飲み物はいつも通りで?」
「うん、おねが~い。」
そう言うと仙人様はトーストに噛り付きました。ジャムを塗らずに。
「ところで仙人様。いったい何をされてたので?」
緑茶の入った湯飲みを仙人様に渡しながら聞いてみました。
「あ~、えっとね、霞を食べてた。」
「霞、ですか?」
「そう、霞。」
霞といっても、仙人が食べる霞というのは朝日と夕日だとかなんとかって仙人様は言っていたけれど……
「それっておいしいんですか?」
「おいしい、とかそういうのはないかなぁ~。こういう食事をすることとは違うしね~」
よくわからない……食べてみればわかるのだろうか。
「無理なんじゃないかなぁ~。それができるなら仙人目指せるんじゃない?……なる?」
「いえ、遠慮しておきます。」
別に私は仙人になりたいわけじゃないし、今の自分の状態が気に入ってるのだから。それにご飯はおいしいほうが……
「あれ?仙人様。仙人の修行に食事に関するものありませんでした?」
確か五穀を食べないとか何とかいうそんなのがあった気がするけど、仙人様は当然のように食べてます。
「ん~……だっておいしいじゃない?食べるならおいしいものに限るよね~」
おい、仙人。それでいいのですか……。
『仙人様』
仙人様。自称仙人。女性。本名不明。年齢は不明。黒にちかい深い青色の長めの髪を一つにまとめている。瞳の色も深い青。
性格はのんびりというか温厚というかお気楽というか……。しゃべり方ものんびり。なんでも食べる。朝は早い。ふらふらと移動することが多い。これが私の知ってる範囲の仙人様。
「つつじちゃん、お茶ちょ~だ~い。」
「はい、只今。」
お茶、特にあったかい緑茶が好き。これも知っている。
「今日もいい天気だね~。こんな日はお茶を飲んでまったりするにかぎるよ~」
「仙人様、修行とかしなくていいんですか?」
何となく気になったので聞いてみます。自称とは言え仙人である仙人様がいったい何の修行をするんだと言われると私にはわかりません。でもなんとなく仙人って日々修行してるようなイメージ。老人で長い髭で杖ついててなんか修行しててそれでいてのんびりしてる生活を送る、それが私の中の仙人のイメージだったのだけれど。あ、でものんびりした生活ってところは仙人様もあてはまるか……。
「ん~、まあ、そのうちにね~?」
「いいんですか、それで。」
「なるようになるさ~。」
い、いい加減すぎる……とは思ったのだけれど、そもそもほかの仙人を知らないから基準が分からない……。
「そもそも仙人様はどうして仙人になったんですか?」
「なんとなく?気づいたらなってた~、って感じかな。」
「何となくって……」
そんな軽い感じでなれるものなんだろうか……だとしたら仙人というもののイメージがだいぶ崩れるというかなんというか。
どうも表情に出てたらしく、仙人様は弁明するかのように話します。
「いや、勿論仙人の修行はしてたよ、ちゃんと翁にいろいろ教えてもらってだね?それでいろいろしてるうちに気づいたら仙人と呼べるような存在になってたというかなんというか……ゴニョゴニョ……」
翁というのが誰だか知らないけど、こんな風に話す仙人様は初めてでなんか意外。そもそも仙人様はあまり自分のこと話さないので聞いてみるもんだなぁ、なんて思ったり。
「でも仙人様みたいな仙人ばかりだったら、誰でもなれちゃいそうな気がしますよね。」
「つつじちゃん、それはほかの仙人に失礼だよ~。もっとちゃんとしてるんだよ~。」
あ、ちゃんとしてない自覚あったんですね、仙人様……。




