08 王城貴族の暮らし
俺たちは住み慣れた屋敷を離れ、パンダンティフ王国城に引っ越した。
この王国にはふたつの城があり、執務や催事などが行われるイベント城と、王族連中が住む居住城からなっている。
品評会はイベント城のほうだったんだが、引っ越したのは居住城のそばだ。
城がある小高い丘を中心として、ふもとには王城貴族が住むための広大な敷地がある。
お抱えのゲームデザイナーたちが、庭付きの大きな屋敷で暮らしているんだ。
王城貴族というと、ワイン片手に優雅に暮らしてるようなイメージがあったんだが……ぜんぜん楽じゃないとのこと。
激しい順位争いがあり、手柄を立てられない者は追い出されるらしい。
ということは、俺たちが王城貴族になったかわりに、別の貴族が屋敷を追われたということになる。
世知辛いほどの実力主義。
ただ、ナンバー1ともなると王国では摂政クラスの扱いらしく、結果さえ出せば威張り放題ってわけだ。
まぁ……俺にとってはどうでもいいことだがな。
あ、それと引っ越しに伴い、俺は使用人からネステルセル家に所属するゲームデザイナーになったんだ。
役割的にはプロデューサー兼ディレクター。
工房にいるスタッフをまとめ、ゲーム作りの方針決定を行う立場だ。
コリンはというと、アシスタントディレクターになった。
俺の雇い主なのでスポンサーでもあるんだが、工房の中では俺の部下ということになる。
ちなみに工房はコリンが頼み込んで、ネステルセル家にあったものを頼んで丸ごと移動させてもらったもの。
俺は、家一軒を移すなんて無理だろ……と思ってたんだが、頼みを聞いてくれた王様はあっさりやってくれた。
どうやったかはわからねぇが、この世界じゃ金と権力がありゃ、不可能なことはないらしい。
まぁそれは、俺が前にいた世界も同じなんだがな。
あと、どうでもいいことだが……残った屋敷、旧ネステルセル家のほうには今、コリンの親戚筋とかいうヤツが住み着いちまってる。
それはさておき……工房にもスタッフが2名ほど増えた。
プログラマーのグランと、デザイナーのイーナスだ。
ふたりともコリンの友達らしく、本格的にゲーム作りがしたいとコリンに頼み込んできたそうだ。
いままで趣味でゲーム作りをしていたらしく、コリンと同じ13歳の女の子。
技術力は俺が判定するに……専門学校生クラスだ。
いないよりはマシ……くらいでしかない。
でもまぁ、コイツらもコリンと同じく、ゲーム作りを通して成長していってくれることだろう。
……おい。
…………おいっ!
………………おいってば!
「聞いてんのかよ、レイジっ!! なにボーッとしてんだよ!!」
トゲトゲしい言葉をぶつけられ、ふと我に返る。
俺は工房内の書斎机について、ウトウトしてたんだが……叩き起こされちまった。
目の前では、三人の少女が立ち尽くしている。
俺を呼び捨てにしてきたのは、プログラマーのグランだ。
文学少女っぽい赤毛の三つ編みで、牛乳瓶の底みたいな分厚い眼鏡をかけてるんだが……言葉づかいは乱暴。
でも服装は蝶ネクタイブラウスに、サスペンダー半ズボンという、発明少年みたいな格好だ。
「つぎの品評会まであと三ヶ月」
ボソリとした声で期限を伝えてきたのは、デザイナーのイーナス。
魔法使いのローブみたいなダブダブのパーカーに身を包み、いつも眠そうな寝ぼけ眼……言葉づかいは冷静というか、ちょっと人を小馬鹿にしたようなところがある。
正直なところ、ふたりとも……素直なコリンの友達とはとても思えないほどアクが強い。
「あの……レイジさん、次の品評会のゴブリンストーンは、どうしましょうか?」
そして我らがお嬢様、コリンだ。
すでに父親を失った悲しみを受け止められたようで、もはや表情に影は見られない。
でも……次の品評会について、俺が何の指示も出さないので、それが新たな心配事になっているようだ。
俺は、大きなアクビをひとつして立ち上がる。
「まぁ、そんなに慌てんなって。散歩でもしながら話をしようや」
俺はヤキモキしているような三人組を連れ、工房の外に出た。
手入れされた芝生の上を歩く。
まるでゴルフ上みてぇにだだっ広い庭では、数人の庭師たちが行き交っている。
前の家じゃ庭師は俺ひとりだったのに、えらい違いだ。
ちなみにこの庭は、好きに使っていいらしい。
貴族によっては運動場にしたり、迷路みたいなバラ園にするヤツもいるそうだ。
我がネステルセル家の庭は、どうなっているかというと……いまはコリンが雨の日に拾ってきた、雑種犬のドッグランになっている。
さっそくワンワン吠えながらやって来て、コリンたちのまわりをグルグルまわるバカ犬。
コリンたちには懐いてるっていうのに、俺には唸りかかってきやがるんだ。
「なぁレイジ、本当に何も考えてないのか?」
俺の隣を歩きつつ、犬をあやしていたグランが、また尋ねてくる。
「ひとつだけ、決めてることはあるな」
するとグランだけでなく、コリンもイーナスもハッと俺を見上げた。
「なんだよ?」「なんですか?」「なに?」
こぞって聞き返してくる三人娘。
「それは……ゴブリンストーンは作らねぇってことだ」
「「「え……ええーーーっ!?!?」」」
犬が飛び退き、庭師が振り向くほどの大声で、仰天する三人娘。
「ゲームは作らねぇって、どういうつもりだよっ!?」
「尻尾を巻いて逃げ出すつもり……」
「そんな、レイジさんがゲームを作らないだなんて……!」
「お前ら落ち着け、誰もゲームを作らないだなんて言ってねぇだろ」
俺はなだめたが、三人娘の追撃の手はやまない。
殴りかからんばかりのグラン、軽蔑の眼差しのイーナス。
コリンにいたっては今にも泣き出しそうだ。
「言っただろ、さっき! アタイはたしかに聞いたぞ!」
「卑怯者……二十秒前に言った……」
「どうか思い直してください、レイジさん……!」
「ああ……お前ら、まだゴブリンストーンだけがゲームだと思ってんだな?」
なおも三人娘は言い返そうとしていたが、俺は彼女らの頭を、ポンポンポンと叩いて黙らせた。
そして俺は、散歩を続けながら説明してやる。
……当初、俺のなかには『ゴブリンストーン』をパワーアップさせるプランがあった。
例えば、ゴブリン側も攻撃してくるようになるとか、そういうやつだ。
でも、それをするためにはプログラムへの手入れが必要になる。
グランが加わってくれたおかげでそれも可能になったんだが、別の問題にぶち当たった。
それは、『ロドドトス・オーダー・メモリー』……いわゆるROMの容量が足りなかったんだ。
ROMは石版みたいになっていて、彫り込まれた魔法文字がプログラムとなって実行される。
俺は筐体を開けて、いまのゴブリンストーンのROMを覗いてみたんだが……もう追加修正が不可能なほどにびっしり彫り込まれていたんだ。
いわゆる容量ギリギリってやつだな。
それで本を読み漁って調べてみたんだが、ここから何かするためには、高圧縮のプログラムを新たに彫り込むか、より大きな石版を用意するしかないらしい。
前者をするためには、より優秀なプログラマーを探す旅が必要であり……後者をするためには、より大きな石版を探す旅が必要となる。
どちらにしても時間がかかりそうだったので、ゴブリンストーンのパワーアップはあきらめることにした。
そして次に考えたのが、全く別のゲームを作るということだ。
これは呆れた話でもあるんだが、この世界のヤツらはゲームといえばゴブリンストーンしかないと思ってやがる。
ゴブリンストーンを作らないと言ったら、三人娘が世界の終焉みたいな情けない顔をしていたのも、そのせいだ。
俺は、三人娘に噛んで含めるように……ゴブリンストーンとは全く違う遊びを提供するのも、ゲームの可能性なんだよと言い聞かせた。
「べ、別のゲームって、まだよく意味がわかんねぇけど……まぁ、レイジが言いたいことはわかった」
渋々といった様子のグラン。
「す……すごいです……レイジさんがそんな途轍もないことをお考えだったなんて……!」
祈るように手を組んで、潤んだ瞳をキラキラさせるコリン。
「別のゲームはわかった。で、その内容は?」
なかなか痛いところを突いてくるイーナス。
俺は肩をすくめながら答えた。
「……さぁな、それはまだ考えてるところだ」
アイデアはいくらでもあるんだが、なにぶんROM容量の制約が大きい。
内容は極限までシェイプアップしなきゃならねぇから……ゴブリンストーンと同じく、ゲームの根源的な楽しさを表現するものじゃなきゃダメだ。
そうこうしているうちに、俺たちは見知らぬ場所に来ていた。
ムダに広いのはどこも変わりねぇんだが……そこは、側面を塀にかこまれたテニスコートみたいなのが何面もある場所だった。
これは何かと尋ねたら、三人娘は揃って「ブリーズボード」と答える。
「レイジさん、あちらをご覧になってください。ちょうどプレイされてますよ」
コリンが観光ガイドみたいに示す先には、ふたりの貴族が入っているコートがあった。
俺は近くまで行って覗いてみる。
『ブリーズボード』というのはコートの両端に分かれ、テニスボールみたいなのを木の板で打ち返しあうというスポーツだった。
相手の背中にあるゴールに入れたら得点という、シンプルなルールだ。
ボールには風の精霊の力が込められていて、常に宙に浮いている。
動力が内蔵されているようなものなので、いちど打ったら途中で止まることはなく、地面にバウンドすることもない。
テクニックとしては側面の壁にボールを当てて軌道を変え、相手を惑わすというものがある。
ポコンポコンと小気味よい音をたて、続くラリーを眺めていると、
「……こらああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」
まるで落雷が落ちたみたいな怒声が、俺たちの背後で轟いた。
驚きのあまり、ブリーズボードで遊んでいた貴族たちはひっくり返り、三人娘はペタンと尻もちをついてしまう。
俺も、耳の中がキンキンしちまった。
一体、なんなんだよ……とムカつきながら振り向くと……そこにはいかにもな女騎士が仁王立ちしていたんだ。