07 弔いのあとで
コリンのゴブリンストーンに与えられた、白金褒章。
これは、ありとあらゆる芸術品の品評会において、歴史を変えるほどの作品に贈られる、最高の栄誉らしい。
国王の任期において、一度だけ贈ることができるそうだ。
そんな大層なものを、あの王様はずいぶんアッサリ決めたなぁ……なんて思ったが、いい加減なのは決めた時だけじゃなかった。
品評会はウヤムヤのうちに終了となり、王様はステージ上のゴブリンストーンに釘付けになったまま、ながらでコリンに白金褒章を与えやがった。
その後は別の場所で祝賀会が行われる予定だったんだが、王様も王女も評議会のヤツらも、誰もゴブリンストーンの前を離れようとしなかったので、その場で祝賀会へと突入する。
正直、俺はちょっと引いていた。
夢中になってくれるのは嬉しいんだが……そこまでかなぁ……。
ただ、色がついてるだけだぞ……。
コリンはコリンで、白金褒章を与えられた貴族として、チヤホヤされていた。
ひと目お近づきになりたいと、さんざんバカにしてきたババアまでもが、揉み手をしながらヘコヘコしてやがる。
その中に丸焼きクンの姿もあるかと思ったんだが、どこを探してもいなかった。
もう帰っちまったのかな……まぁ、いいけどよ。
コリンのゴブリンストーンを見て、目を醒ましてくれたんだったらいいんだが……。
ゲームデザイナー同士というのはともに戦う仲間ではあるが、憎むべき敵じゃねぇ。
お互いハッパをかけあい、競い合うのはいいんだが、足を引っ張り合うのは最悪だ。
ブッ潰すべきものは同業者じゃなくて、ユーザーの無関心なんだからな。
祝賀会もそこそこに、俺たちは王城をあとにする。
ずっと待っていたシャリテに、包んでもらった料理を渡すとすごく喜んでくれた。
さらにコリンが中を開けるように言って、シャリテは不思議そうな顔で包みを開けたんだが……そこには白金褒章が入っていた。
ちょっとしたイタズラだったんだが、シャリテは引きつけを起こすくらいビックリしてしまい、医者を呼ぶハメになっちまった。
城下町に出ると、辺りはもう暗くなっていた。
このまま屋敷に戻ろうかと思ったんだが、コリンの願いでハイザーさんの墓に寄り道することになった。
真っ暗な墓地。
コリンはひとりでランタンと白金褒章を手に、ハイザーさんの墓にしばらく佇んでいた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
次の日。
葬式も品評会も終わったので、ようやくひと息つけるかと思ったんだが……とんでもなかった。
白金褒章を与えられた貴族は無条件で王城貴族になれるらしく、王城に引っ越しをしなくちゃならなかった。
その上、王様からの命令でゴブリンストーンを100台納品しなくちゃならねぇ。
目の回るような忙しさだったんだが、いいこともあった。
給料未払いで逃げ出していた使用人たちが戻ってきたのと、貴族たちも大挙として客として押し寄せるようになった。
ネステルセル家は、まさに全盛期……いや、それ以上の賑やかさを取り戻したんだ。
それに、得られたのは賑やかさだけじゃねぇ。
白金褒章の貴族ともなれば、王様からたっぷりの金がもらえる。
ネステルセル家には、始まって以来のかつてない富と名誉であふれかえっていた。
『ゴブリンストーン』100台のほうは、仕様書を作って他の家の貴族たちにも手伝ってもらった。
この世界ではゲーム作りは各貴族の家ごとの秘伝があるらしく、それを外部に漏らさないように必死なのだそうだ。
だが俺は、同じようなゲームを隠してもしょうがねぇと思い、外注に出すことにしたんだ。
コリンは反対するかと思ったんだが、「生前の父も同じようなことを申しておりました。きっと父でも同じようにすると思います」とあっさり承諾してくれた。
逆に仕事を受ける貴族たちのほうに、下らないプライドがあるんじゃないかと心配したんだが……「白金褒章を得たゲームを手がけられるのは大変名誉なことだ、是非やらせてください」と引く手数多になるほどだった。
いまごろ貴族たちはきっと、ネステルセル家のゴブリンストーンを血眼になって解析しているに違いない。
でも、それでいいんだ。それでこの世界のゲーム文化がより良いものになるなら、パブリックドメインにしたっていいくらいだと俺は思う。
そんなことが合間にありつつも、俺たちは引っ越しの準備を進めていた。
何十台もの馬車が行き来して、屋敷から王城へと荷物が運び出されていく。
俺の使用人としての仕事は庭の手入れくらいで、特にすることもなかったので工房の荷造りを手伝った。
ハイザーさんの形見も多いということで、忙しい合間をぬってコリンも手伝いに来てくれた。
俺はコリンとともに工房の2階で本を箱に詰めてたんだが、ふとコリンが手を止めて、俺に話しかけてきたんだ。
「……あの、レイジさん」
「なんだ?」
見ると、コリンはピッと背筋を伸ばし、深々と頭を下げてきた。
「品評会では、本当にありがとうございました」
「なんだ、藪から棒に」
「ちゃんとお礼をさせていただこうと思っていたのですが、機会がなくて……遅くなってしまって、すみませんでした」
もう一度ペコリと腰を折るお嬢様。
なんかよくわからねぇが、緊張してるみたいだ。
「そんなこと気にしてたのか……別に礼なんていらねぇよ、俺が好きでやったことだ」
俺はそこで話を打ち切って、作業を続けようとしたんだが……コリンはじっと俺を見つめたままだ。
「……レイジさんって、実はとてもすごいお方だったんですね……」
「な、なんだよ……さっきから、気持ち悪ぃな」
俺は対話に引き戻されてしまう。
「白金褒章は……お父様が長いあいだ目指してきたものでした。それこそ、何十年もかけて……それをレイジさんは、一日もかけずに取ってみせた……」
「俺が取ったわけじゃねぇだろ、ハイザーさんとコリン、ふたりで取ったんだ」
「いいえ……お父様とわたしのゴブリンストーンでは……白金褒章どころか、銅褒章も怪しかったと思います」
「俺はちょっとアドバイスしてやっただけだ。ゴブリンのドット絵も、イラストもコリンが描いたじゃねぇか」
「でも……そのアイデアを出したのは、レイジさんです……!」
俺が何を言っても、キラキラした瞳でひたすら持ち上げようとしてくるコリン。
そうやって褒められるのに慣れてない俺は、なんだか居心地が悪くなって……後ろ頭をボリボリ掻いてしまう。
「なぁ、コリン」
「……なんですか?」
「ゲームってのは、ひとりで作るもんじゃねぇんだ。まぁ、今くらいの規模のゲームなら、ひとりで作ることはできるが……すぐにひとりで作るよりも、大勢で作る時代がやってくる」
まぁ、スマホとかインディーズのゲームとかなら、ひとりで作ってるようなのもあったりするが……やはり規模は限定されてくる。
「そこには、アイデアを出す天才がいて、プログラムをする天才がいて、デザインする天才がいる……そうやって、みんなで力を集めて、ひとつの作品が作りあげられるんだ。そうしてできあがったものは……誰かひとりの手柄になるわけじゃない」
まぁ、ひとりの手柄にしちまうヤツも、いることはいるが……少なくとも俺はそうじゃねぇと思っている。
「……白金褒章は、レイジさんだけでなく……お父様とわたしがいたから獲れた……。レイジさんはそうおっしゃりたいんですね?」
「そうだ。その中の誰かが欠けても、白金褒章はなかっただろう。だから……礼を言うなら俺もだな、コリン、ありがとうな」
俺は、さんざんコリンがやってきた持ち上げをやり返してやった。
「えっ……!? いっ……いえ……!」
するとコリンは、謙遜するように手のひらをブンブン振っている。
このお嬢様も、感謝されることには慣れてないようだ。
「まぁ、おあいこってわけだな。ほら、おしゃべりはこのくらいにして、荷造りしようぜ」
俺はおしゃべりはおしまい、とばかりに、今度こそ作業に戻ろうとしたんだが、
「……あの……すみません……レイジさん……」
お嬢様は頬を紅潮させながらも、なおも食い下がってきた。
「なんだよ? まだなにかあるのか?」
「……実は……お願いがありまして……」
「お願い……? ああ、もしかしてこっちが本命か?」
さっきまでの話は、実は前フリだったのかと俺は気づく。
「はい……実を申しますと……そうです……よろしいですか?」
胸の前で、モジモジと指を絡めあわせているコリン。
前フリがあるということは、きっと言い出しにくいことなんだろう。
よろしいもなにも、聞かなきゃ判断できねぇ。
「聞くだけは聞いてやるよ。で、なんだよ、そのお願いって?」
コリンはゆるく絡め合わせていた指を、祈るようにきつく握りしめたかと思うと、
「わ……わらし……わたしに……!! ゲームの作り方を、ごしろう……ご指導していただきたいんれす……!!」
音量調整を間違えてるうえに、裏返った声。そのうえ何回も噛みながら叫んだ。
「……なに?」
「おっ、お父様がいない今、わたしにゲーム作りを教えくれる方は、レイジさんしかいないんです……! お願いしますっ!」
コリンは謝罪会見ばりの勢いで、がばっと屈んで頭頂部を俺に向ける。
さっきからコイツ、なんか変だ。
「王城貴族になったんだったら、他の貴族に頼んで教えてもらえばいいじゃねぇか。俺はここのゲーム作りは素人同然なんだぞ?」
「ゲーム作りのノウハウは、その家だけが持つ秘伝となっているんです……ですから、教えてくれるような方はいないと思います……!」
頭を下げたまま、訴え続けるコリン。
「それに王城貴族になった以上、ゲーム作りで成果を残し続けないと、降格されてしまうんです……!」
なんだ、そんなことを気にしてたのか……でもそんな名誉なんて、俺にとってはどうでもいい。
「成果が残せないんだったら降格しちまえばいいじゃねぇか、それが身の丈ってもんだ」
もしかしてこのお嬢様は、一度得た名声を手放したくないのか?
出世欲とかそういうのは、ぜんぜん強くなさそうな印象なんだが……意外だな。
突き放されてもコリンはあきらめず、なおもすがってくるのかと思ったんだが……返ってきた答えは予想外のものだった。
「はい……それについては、わたしもそう思います……」
顔を伏せたまま、あっさりと俺の考えに同意するコリン。
なんだ、降格するのは別にかまわねぇのか……。
でも、俺はますます混乱する。
このお嬢様の考えていることが、ますますわからなくなってきたからだ。
「……なぁ、さっきからなんなんだ? 言いたいことがあるならハッキリ言えよ?」
俺はつい、語気を強めちまう。
「あの……その……」としどろもどろになるコリンに、意外なところから助け舟が来た。
「コリン様はね、レイジくんといっしょにゲーム作りがしたいのよ」
背後から、しっとりした声がする。
振り向くと、階段の途中にシャリテが立っていた。
「お昼だから呼びにきたんだけど……ごめんなさい、立ち聞きするつもりはなかったの」
そう言いつつ、俺たちの元に近づいてくる。
「俺といっしょに、ゲーム作りがしたいって……? そりゃ別にいいけど、なんで?」
お嬢様はもう話にならなかったので、かわりにシャリテに尋ねてみた。
するとシャリテは頭痛のように額に手を当てたまま、大きな溜息をつく。
「ハァ……レイジくんのことが、だいぶわかってきた気がするわ」
「な……なんだよ、それ……」
「レイジくんって、ゲーム作り以外には何の取柄もなくて、そのうえニブいのね。コリン様をゲーム作りの仲間としては労ることはできても……女の子としては労ることができないなんて……」
「?????」
俺の頭の中は、ハテナマークでいっぱいになる。
話にならないのは、お嬢様じゃなくて……どうやら俺のほうだったようだ。
するとさっきまでおっとりしてたのがウソのように、キッパリした声でシャリテは言う。
「理由はなんでもかんでもいいの。とにかくレイジくんは、コリン様といっしょにゲーム作りをすること。いい? これはメイド長からの命令です。嫌ならクビにします……いいわねっ?」
「うぅっ……わ……わかったよ」
クビとまで言われちゃしょうがねぇ……俺は従うしなかった。
そして、コリンはというと……シャリテに抱きしめられ、豊かな胸に顔を埋めている。
これじゃ……まるで俺がコリンをイジメてたみてぇじゃねぇか……。
「あ……ありがとうございます……シャリテさん……」
顔をあげたコリンはうっすらと涙ぐんでいたので、さすがに俺もたじろいだ。
お……俺……そんなに酷いこと言ってた……?
シャリテはコリンの頭を、よしよしと撫でながら慰めている。
「どういたしまして。あの、コリン様。レイジくんはあんなだから、お願いするよりも命令にしちゃったほうがいいですよ。レイジくんは他に行くところがないから、命令は拒否できませんし」
「……うぐっ!」
俺はそれ以上、言い返せなかった。
適性のない俺は、ここを追い出されたら行く所がなくなっちまうからだ。
俺はなにひとつわからないまま、よくわからねぇうちに悪者にされちまった。
そして、結局のところ……引き続きコリンとゲーム作りをすることになっちまった。
まぁ、ゲーム作りのほうは、別にやぶさかじゃねぇ。
一緒に作りたいんだったらそう言ってくれれば、普通に引き受けてやったのに……一体、何だったんだ?
『ゴブリンストーン編』はこれにて終了です。
次回からは新章になります。