表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ゲームクリエイター  作者: 佐藤謙羊
ゴブリンストーン編
7/47

07 弔いのあとで

 コリンのゴブリンストーンに与えられた、白金褒章。


 これは、ありとあらゆる芸術品の品評会において、歴史を変えるほどの作品に贈られる、最高の栄誉らしい。

 国王の任期において、一度だけ贈ることができるそうだ。


 そんな大層なものを、あの王様はずいぶんアッサリ決めたなぁ……なんて思ったが、いい加減なのは決めた時だけじゃなかった。


 品評会はウヤムヤのうちに終了となり、王様はステージ上のゴブリンストーンに釘付けになったまま、ながらでコリンに白金褒章を与えやがった。


 その後は別の場所で祝賀会が行われる予定だったんだが、王様も王女も評議会のヤツらも、誰もゴブリンストーンの前を離れようとしなかったので、その場で祝賀会へと突入する。


 正直、俺はちょっと引いていた。


 夢中になってくれるのは嬉しいんだが……そこまでかなぁ……。

 ただ、色がついてるだけだぞ……。


 コリンはコリンで、白金褒章を与えられた貴族として、チヤホヤされていた。

 ひと目お近づきになりたいと、さんざんバカにしてきたババアまでもが、揉み手をしながらヘコヘコしてやがる。


 その中に丸焼きクンの姿もあるかと思ったんだが、どこを探してもいなかった。

 もう帰っちまったのかな……まぁ、いいけどよ。


 コリンのゴブリンストーンを見て、目を醒ましてくれたんだったらいいんだが……。


 ゲームデザイナー同士というのはともに戦う仲間ではあるが、憎むべき敵じゃねぇ。

 お互いハッパをかけあい、競い合うのはいいんだが、足を引っ張り合うのは最悪だ。


 ブッ潰すべきものは同業者じゃなくて、ユーザーの無関心なんだからな。


 祝賀会もそこそこに、俺たちは王城をあとにする。

 ずっと待っていたシャリテに、包んでもらった料理を渡すとすごく喜んでくれた。


 さらにコリンが中を開けるように言って、シャリテは不思議そうな顔で包みを開けたんだが……そこには白金褒章が入っていた。

 ちょっとしたイタズラだったんだが、シャリテは引きつけを起こすくらいビックリしてしまい、医者を呼ぶハメになっちまった。


 城下町に出ると、辺りはもう暗くなっていた。

 このまま屋敷に戻ろうかと思ったんだが、コリンの願いでハイザーさんの墓に寄り道することになった。


 真っ暗な墓地。

 コリンはひとりでランタンと白金褒章を手に、ハイザーさんの墓にしばらく佇んでいた。


  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 次の日。

 葬式も品評会も終わったので、ようやくひと息つけるかと思ったんだが……とんでもなかった。


 白金褒章を与えられた貴族は無条件で王城貴族になれるらしく、王城に引っ越しをしなくちゃならなかった。

 その上、王様からの命令でゴブリンストーンを100台納品しなくちゃならねぇ。


 目の回るような忙しさだったんだが、いいこともあった。

 給料未払いで逃げ出していた使用人たちが戻ってきたのと、貴族たちも大挙として客として押し寄せるようになった。


 ネステルセル家は、まさに全盛期……いや、それ以上の賑やかさを取り戻したんだ。

 それに、得られたのは賑やかさだけじゃねぇ。


 白金褒章の貴族ともなれば、王様からたっぷりの金がもらえる。

 ネステルセル家には、始まって以来のかつてない富と名誉であふれかえっていた。


 『ゴブリンストーン』100台のほうは、仕様書を作って他の家の貴族たちにも手伝ってもらった。


 この世界ではゲーム作りは各貴族の家ごとの秘伝があるらしく、それを外部に漏らさないように必死なのだそうだ。

 だが俺は、同じようなゲームを隠してもしょうがねぇと思い、外注に出すことにしたんだ。


 コリンは反対するかと思ったんだが、「生前の父も同じようなことを申しておりました。きっと父でも同じようにすると思います」とあっさり承諾してくれた。


 逆に仕事を受ける貴族たちのほうに、下らないプライドがあるんじゃないかと心配したんだが……「白金褒章を得たゲームを手がけられるのは大変名誉なことだ、是非やらせてください」と引く手数多になるほどだった。


 いまごろ貴族たちはきっと、ネステルセル家のゴブリンストーンを血眼になって解析しているに違いない。


 でも、それでいいんだ。それでこの世界のゲーム文化がより良いものになるなら、パブリックドメインにしたっていいくらいだと俺は思う。


 そんなことが合間にありつつも、俺たちは引っ越しの準備を進めていた。

 何十台もの馬車が行き来して、屋敷から王城へと荷物が運び出されていく。


 俺の使用人としての仕事は庭の手入れくらいで、特にすることもなかったので工房の荷造りを手伝った。

 ハイザーさんの形見も多いということで、忙しい合間をぬってコリンも手伝いに来てくれた。


 俺はコリンとともに工房の2階で本を箱に詰めてたんだが、ふとコリンが手を止めて、俺に話しかけてきたんだ。


「……あの、レイジさん」


「なんだ?」


 見ると、コリンはピッと背筋を伸ばし、深々と頭を下げてきた。


「品評会では、本当にありがとうございました」


「なんだ、藪から棒に」


「ちゃんとお礼をさせていただこうと思っていたのですが、機会がなくて……遅くなってしまって、すみませんでした」


 もう一度ペコリと腰を折るお嬢様。

 なんかよくわからねぇが、緊張してるみたいだ。


「そんなこと気にしてたのか……別に礼なんていらねぇよ、俺が好きでやったことだ」


 俺はそこで話を打ち切って、作業を続けようとしたんだが……コリンはじっと俺を見つめたままだ。


「……レイジさんって、実はとてもすごいお方だったんですね……」


「な、なんだよ……さっきから、気持ち悪ぃな」


 俺は対話に引き戻されてしまう。


「白金褒章は……お父様が長いあいだ目指してきたものでした。それこそ、何十年もかけて……それをレイジさんは、一日もかけずに取ってみせた……」


「俺が取ったわけじゃねぇだろ、ハイザーさんとコリン、ふたりで取ったんだ」


「いいえ……お父様とわたしのゴブリンストーンでは……白金褒章どころか、銅褒章も怪しかったと思います」


「俺はちょっとアドバイスしてやっただけだ。ゴブリンのドット絵も、イラストもコリンが描いたじゃねぇか」


「でも……そのアイデアを出したのは、レイジさんです……!」


 俺が何を言っても、キラキラした瞳でひたすら持ち上げようとしてくるコリン。

 そうやって褒められるのに慣れてない俺は、なんだか居心地が悪くなって……後ろ頭をボリボリ掻いてしまう。


「なぁ、コリン」


「……なんですか?」


「ゲームってのは、ひとりで作るもんじゃねぇんだ。まぁ、今くらいの規模のゲームなら、ひとりで作ることはできるが……すぐにひとりで作るよりも、大勢で作る時代がやってくる」


 まぁ、スマホとかインディーズのゲームとかなら、ひとりで作ってるようなのもあったりするが……やはり規模は限定されてくる。


「そこには、アイデアを出す天才がいて、プログラムをする天才がいて、デザインする天才がいる……そうやって、みんなで力を集めて、ひとつの作品が作りあげられるんだ。そうしてできあがったものは……誰かひとりの手柄になるわけじゃない」


 まぁ、ひとりの手柄にしちまうヤツも、いることはいるが……少なくとも俺はそうじゃねぇと思っている。


「……白金褒章は、レイジさんだけでなく……お父様とわたしがいたから獲れた……。レイジさんはそうおっしゃりたいんですね?」


「そうだ。その中の誰かが欠けても、白金褒章はなかっただろう。だから……礼を言うなら俺もだな、コリン、ありがとうな」


 俺は、さんざんコリンがやってきた持ち上げをやり返してやった。


「えっ……!? いっ……いえ……!」


 するとコリンは、謙遜するように手のひらをブンブン振っている。

 このお嬢様も、感謝されることには慣れてないようだ。


「まぁ、おあいこってわけだな。ほら、おしゃべりはこのくらいにして、荷造りしようぜ」


 俺はおしゃべりはおしまい、とばかりに、今度こそ作業に戻ろうとしたんだが、


「……あの……すみません……レイジさん……」


 お嬢様は頬を紅潮させながらも、なおも食い下がってきた。


「なんだよ? まだなにかあるのか?」


「……実は……お願いがありまして……」


「お願い……? ああ、もしかしてこっちが本命か?」


 さっきまでの話は、実は前フリだったのかと俺は気づく。


「はい……実を申しますと……そうです……よろしいですか?」


 胸の前で、モジモジと指を絡めあわせているコリン。


 前フリがあるということは、きっと言い出しにくいことなんだろう。

 よろしいもなにも、聞かなきゃ判断できねぇ。


「聞くだけは聞いてやるよ。で、なんだよ、そのお願いって?」


 コリンはゆるく絡め合わせていた指を、祈るようにきつく握りしめたかと思うと、


「わ……わらし……わたしに……!! ゲームの作り方を、ごしろう……ご指導していただきたいんれす……!!」


 音量調整を間違えてるうえに、裏返った声。そのうえ何回も噛みながら叫んだ。


「……なに?」


「おっ、お父様がいない今、わたしにゲーム作りを教えくれる方は、レイジさんしかいないんです……! お願いしますっ!」


 コリンは謝罪会見ばりの勢いで、がばっと屈んで頭頂部を俺に向ける。

 さっきからコイツ、なんか変だ。


「王城貴族になったんだったら、他の貴族に頼んで教えてもらえばいいじゃねぇか。俺はここのゲーム作りは素人同然なんだぞ?」


「ゲーム作りのノウハウは、その家だけが持つ秘伝となっているんです……ですから、教えてくれるような方はいないと思います……!」


 頭を下げたまま、訴え続けるコリン。


「それに王城貴族になった以上、ゲーム作りで成果を残し続けないと、降格されてしまうんです……!」


 なんだ、そんなことを気にしてたのか……でもそんな名誉なんて、俺にとってはどうでもいい。


「成果が残せないんだったら降格しちまえばいいじゃねぇか、それが身の丈ってもんだ」


 もしかしてこのお嬢様は、一度得た名声を手放したくないのか?

 出世欲とかそういうのは、ぜんぜん強くなさそうな印象なんだが……意外だな。


 突き放されてもコリンはあきらめず、なおもすがってくるのかと思ったんだが……返ってきた答えは予想外のものだった。


「はい……それについては、わたしもそう思います……」


 顔を伏せたまま、あっさりと俺の考えに同意するコリン。

 なんだ、降格するのは別にかまわねぇのか……。


 でも、俺はますます混乱する。

 このお嬢様の考えていることが、ますますわからなくなってきたからだ。


「……なぁ、さっきからなんなんだ? 言いたいことがあるならハッキリ言えよ?」


 俺はつい、語気を強めちまう。

 「あの……その……」としどろもどろになるコリンに、意外なところから助け舟が来た。


「コリン様はね、レイジくんといっしょにゲーム作りがしたいのよ」


 背後から、しっとりした声がする。

 振り向くと、階段の途中にシャリテが立っていた。


「お昼だから呼びにきたんだけど……ごめんなさい、立ち聞きするつもりはなかったの」


 そう言いつつ、俺たちの元に近づいてくる。


「俺といっしょに、ゲーム作りがしたいって……? そりゃ別にいいけど、なんで?」


 お嬢様はもう話にならなかったので、かわりにシャリテに尋ねてみた。

 するとシャリテは頭痛のように額に手を当てたまま、大きな溜息をつく。


「ハァ……レイジくんのことが、だいぶわかってきた気がするわ」


「な……なんだよ、それ……」


「レイジくんって、ゲーム作り以外には何の取柄もなくて、そのうえニブいのね。コリン様をゲーム作りの仲間としては労ることはできても……女の子としては労ることができないなんて……」


「?????」


 俺の頭の中は、ハテナマークでいっぱいになる。

 話にならないのは、お嬢様じゃなくて……どうやら俺のほうだったようだ。


 するとさっきまでおっとりしてたのがウソのように、キッパリした声でシャリテは言う。


「理由はなんでもかんでもいいの。とにかくレイジくんは、コリン様といっしょにゲーム作りをすること。いい? これはメイド長からの命令です。嫌ならクビにします……いいわねっ?」


「うぅっ……わ……わかったよ」


 クビとまで言われちゃしょうがねぇ……俺は従うしなかった。


 そして、コリンはというと……シャリテに抱きしめられ、豊かな胸に顔を埋めている。

 これじゃ……まるで俺がコリンをイジメてたみてぇじゃねぇか……。


「あ……ありがとうございます……シャリテさん……」


 顔をあげたコリンはうっすらと涙ぐんでいたので、さすがに俺もたじろいだ。

 お……俺……そんなに酷いこと言ってた……?


 シャリテはコリンの頭を、よしよしと撫でながら慰めている。


「どういたしまして。あの、コリン様。レイジくんはあんなだから、お願いするよりも命令にしちゃったほうがいいですよ。レイジくんは他に行くところがないから、命令は拒否できませんし」


「……うぐっ!」


 俺はそれ以上、言い返せなかった。

 適性のない俺は、ここを追い出されたら行く所がなくなっちまうからだ。


 俺はなにひとつわからないまま、よくわからねぇうちに悪者にされちまった。

 そして、結局のところ……引き続きコリンとゲーム作りをすることになっちまった。


 まぁ、ゲーム作りのほうは、別にやぶさかじゃねぇ。

 一緒に作りたいんだったらそう言ってくれれば、普通に引き受けてやったのに……一体、何だったんだ?

『ゴブリンストーン編』はこれにて終了です。

次回からは新章になります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
★クリックして、この小説を応援していただけると助かります!
小説家になろう 勝手にランキング
ツギクルバナー cont_access.php?citi_cont_id=900173672&s script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ