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異世界ゲームクリエイター  作者: 佐藤謙羊
ゲームで村おこし編
45/47

45 リアルの境界

 画面上部から、バラバラと緑色のモンスター、ゴブリンたちが配置につく。


 ……従来のゴブリンストーンは、規則的にならんで左右に移動を繰り返しているだけだった。

 それをこうやって、編隊を組んでいるような動きに変えてやるだけで、ぐっとリアリティが増す。


 的当ての標的のような、ギャングの絵が描かれただけの無機質なマンターゲットから……命が吹き込まれた、本物のギャングのように見えてくるんだ。


 ゴブリンたちは岩陰に隠れ、時折身を乗り出しては石を投げてくる。

 それは一瞬なので、狙うのがかなり難しい。


 自機の武器である弓矢は1発1発の発射間隔が長く、1発射ったらだいぶ待たされる。

 そのうえ、焦れてボタンを連打しているとまともに飛ばないときている。


 ……そうこうしているうちに、すべてのゴブリンが岩のうしろに隠れたまま、出てこなくなってしまった。



「……なんだこりゃ?」



 俺は画面から視線を外すと、俺のプレイをワクワクと見守っていた四人娘に苦情を申し立てた。



「攻撃を当てるどころか、マトモに攻撃するのも大変じゃねぇか。そのうえゴブリンは出てこねぇし……」



 すると、四人娘の長女のようなビリジアンが一歩前に出る。



「それが、ゴブリンとの戦いというものだからだ! やつらは非常に狡猾な生き物……しばらく戦ったあと、全員で一斉に隠れ、小一時間ほどそうしているのだ! そして、逃げ帰ったと思わせておいて……攻撃を再開するのだ!」



 軍人口調がなんかイラッときたが、まあ、今はそんなことはどうでもいい。



「……なるほど、それを表現しているのか。で、この岩陰に隠れて一切の攻撃を受け付けない、無敵モードのゴブリンたちはいつになったら出てくるんだ?」



 そこで、プログラマーのグランが一歩前に出る。

 丸っこいメガネを、クイッとあげながら。



「えーっと、ビリジアンにプレイしてもらって間隔調整して、30分から1時間のあいだは出てこねぇかな」



 俺は度肝が口から飛び出しそうだったが、ぐっとこらえた。

 指摘をするのは、最後にまとめてやったほうがいいからだ。



「……そうか。それと、連打するとぜんぜん矢が前に飛ばないんだが?」



 今度はコリンが楚々と前に出た。



「はい、レイジさん。ビリジアンさんが、矢を遠くまで射るのは時間がかかるということで、実演していただきました。引き絞るのにかかる時間の要素をゲームに加えて、それよりも早くボタンが押されると、飛ばないようにしました」



「攻撃隊に就任したばかりのエルフたちがよくミスしていたのだ! ゴブリンたちを前にすると、引き絞らずに矢を放ってしまう……そうすると全然飛ばないものなのだ!」



 どうだ! と言わんばかりに胸を張るビリジアン。



「……そうか。あとは、高得点のオークが出なくなったようだが、これは……?」



 音もなくイーナスが歩み出る。



「このあたりの山にはオークがいないということで、ボツにした。かわりに、画面の左上にいるのが隊長のゴブリンという設定になっていて、倒せばオークと同じ得点が得られるようにしてある」



 画面を一瞥すると、たしかに左上の隅のほうにゴブリンが一匹、岩陰から頑として動かずにそこにいた。

 その行動どころか、見た目すら他のゴブリンと一切変わりがない。



「……もしかして、隊長ゴブリンの見た目がザコと変わらないのは、指揮官をわからなくするためか?」



「その通り! 戦場において指揮官の格好をするなど、敵から狙ってくれと言っているようなものだからな!」



 女騎士サマは胸を張りすぎるあまり、身体が三日月のようになっちまってる。

 その周囲で瞬く星のような少女たちは、月の美しさを称えるように口々に言った。



「ビリジアンさんがアドバイスをしてくださるようになって、とても良くなったと思います!」



「だよな! やっぱり、実戦を経験してたヤツのアドバイスは違うぜ!」



「リアリティを果汁100%まで追求してみたのが、今回のテーマ」



 俺はズキンとした痛みを頭部に覚え、思わずこめかみを揉んでいた。



「……そうか。じゃあ、まずはそのテーマからだな。リアリティをもっと減らせ。そう……50%くらいにまでな」



 すると案の定、隊長のような女がまっさきに食ってかかってきた。



「ちょっと!? それ、どういうことよレイジくんっ!?」



 俺はたまっていた鬱憤を晴らすように、怒鳴り返してやる。



「……どういうこともクソもあるかっ! 俺たちが作ってるモノが、何だかわかってんのか!?」



「何って……ゴブリンを倒すゲームでしょ!? そんなこと、わかってるわよっ!」



「いいや、わかってねぇな! こんなのは『ゲーム』じゃねぇ! ただの『シミュレーター』だ!」



「なによその趣味ナントカって!?」



 ……くそっ! 『シミュレーター』って言葉は、この世界にはねぇのか……!


 俺は頭をフル回転させて、わかりやすい例えを探す。



「……ゲームを小説に例えるなら、『ゴブリンストーン』ってのは、ゴブリンを倒す娯楽小説なんだよ! だが、コレは『娯楽』の要素が全くねぇ……!」



 バン! と画面に手を叩きつけて、吠える。



「これじゃ、ゴブリンとの戦い方を教える『教科書』じゃねぇかっ! 俺たちが目指すべきものは、娯楽小説……『ゲーム』なんだよっ……!」



 ……『シミュレーター』で有名なものといえば、自動車学校とかにある、運転シミュレーターだろうか。


 画面の中で繰り広げられるのは、実際の道路がリアルに再現された3D空間。

 見た目は一見ゲームっぽいが、ユーザーを楽しませる要素など皆無の、運転を教えるための世界。


 学校で使うものであれば、別にそれでもかまわない。

 そもそも勉強するつもりで、教科書をなぞるような感覚でユーザーもやっているんだからな。


 ……たしかに俺は今回、ビリジアンをアドバイザーに加えて、リアリティのある『ゴブリンストーン』を目指していた。


 題材にもよるが、ゲームというのは仮想現実なので、現実に近くなるほど感情移入できて、それだけ楽しくなる。

 ゲーム内のゴブリンが、生きているゴブリンと同じように行動してくれたら……『ゴブリンストーン』は数倍面白くなると思ったからだ。


 だが、それはチキンレースでもある。

 リアリティの匙加減を誤ると、ゲームではなくシミュレーターになってしまうんだ……!


 ちょうどいい塩梅だと思ったのが、とある戦闘機を題材にした3Dシューティングゲームだ。


 実際の戦闘機だと、本来は着陸の時などに車輪を出す必要があるが、そのゲームは自動でやってくれる。

 実際の戦闘機だと、ミサイルの搭載量がシビアなのだが、そのゲームは何十発と積め、撃ちまくれる。


 そのゲームは背景や機体のデザインなどはリアルに忠実なのだが、性能や実際の操作についてはゲーム的な嘘を交えてある。


 その絶妙な『リアル』と『アンリアル』の境目に落とし込むことが、いいゲームの条件なんだ。


 ユーザーは戦闘機を操りたいと思ってはいるが、面倒くさいことはやりたくない。


 あくまで『戦闘機で大空を飛びまわり、敵を撃墜する』楽しさが味わいたいんだ。

 車輪を出す操作はやりたくないが、ミサイル発射の操作は事細かにやりたいんだ。


 ようは、ドラマティックなところはリアルに再現。

 非ドラマ的なことはアンリアルにして省略、もしくは自動化するべきなんだ。


 ファンタジーロールプレイングゲームで、ヒットポイントが1になっても活動できたり、食事の要素はあってもトイレの要素がないのは、同じようにリアルとアンリアルの取捨選択を行っているからだ。


 ……ちょっと長くなっちまったが、四人娘への説得は、それ以上の時間と言葉を費やさねばならなかった。

 なにせこっちの世界には、ゲームの文化が『ゴブリンストーン』と『ブリーズボード』しかないんだからな。

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