44 お前も欲しい
「わたしでは、ダメなのですか……?」
俺の膝の上で仰向けになったコリンは、切羽詰まった表情で問う。
祈るような、すがるような、それでいてまっすぐな瞳を俺に向けていた。
俺はすぐに察した。
コリンはいまプランナーをやっている。
プランナーというのはゲームの詳細な仕様を作成する他に、レベルデザインやゲームバランスの調整も担っている。
その真っ最中に、俺がビリジアンを連れてきてプレイさせたから、自分の仕事にダメ出しをされたと思っているんだろう。
……別に、そういうつもりじゃなかったんだがな……。
でも、ここで何と答えるかによって、コリンのこれからの制作モチベーションは大きく左右されるだろう。
俺は慎重に言葉を選んだ。
「ダメじゃねぇさ。いま必要なのはビリジアンってだけのことだ」
「……あの、先程レイジさんはビリジアンさんに『一生』とおっしゃってましたけど……」
「ああ、そりゃ一生付き合ってくれりゃそれでいいが、それでも、ずっと同じヤツばっかり作り続けるわけにはいかねぇだろ? だいいち、俺が飽きちまうよ」
続編を作り続けられるってのは、ユーザーからの支持があるってことだから、クリエイターとしては有り難いことなんだが……やっぱりずっと作ってると、他のゲームを作りたくなっちまうんだよな。
今は『ゴブリンストーン』だからビリジアンに付き合ってもらう必要があるし、今後もモンスターが出るゲームになったら協力を仰ぐかもしれんが、付きっきりってわけじゃねぇ。
「……! れ、レイジさんが、そのようなお考えだったなんて……! ひとりを愛し、そのお方とだけ新たな命を育むのでは、ダメなのですかっ!?」
ゲーム作りを命の育みに例えるのは、呼ぶのは実にコリンらしい。
コイツはぬいぐるみとか植物とかにも話しかけるタイプだからな。
「うーん、そういうのが良いってヤツもいるけど、俺は違うな。いろんなヤツと、いろんなのを産んでいきたいぜ」
「そ、そんな……! ……あっ、でも……イーナスちゃんが言ってました。多くの女性と新たなる命を育むのは、殿方の憧れでもあると……!」
「女? そりゃ誤解だコリン。ここにはたまたま女が集まってきてるだけで、俺は男でも全然かまわんぞ?」
するとコリンは晴天の霹靂のような表情になる。
俺が男とゲーム作りをするのが、そんなに意外だったんだろうか。
「そんなにビックリすることか? そりゃ、この領地を押し付けた豚親子みたいなのとやるのは願い下げだけどな、それ以外のヤツだったらいつでもウエルカムだ」
「で、では、例えば、この村の、エルフの殿方などは……?」
頬を染めつつ、興味津々に尋ねてくるコリン。
なにか話の本筋がズレているような気もするが……まぁいいか。
「ああ、いいんじゃねぇか? っていうか、ヤツらとはもうすでにやってる最中なんだ。木工職人のジイさんなんてさすがに経験豊富なだけあって、いい具合なんだ」
するとコリンは、ボンッ! と爆発するみたいに顔を真っ赤っ赤にする。
村のヤツらに筐体を発注してるのはコリンも知ってるはずだろうに……何をそんなに興奮してるんだろうか。
「お、おじい様とまで……!?」
「また誤解してるようだなコリン。優秀であれば、俺は性別や年齢で区別したりはしねぇ。それを証拠に、精霊素材の工房にはコリンより小さな男の子がいるが、俺の言うとおりにやってくれるんだぞ」
「わっ、わたしより、小さな男の子と……!?!?」
コリンは仰天するあまりに、カッ! と大きく目を見開いていた。
我が目を疑い、より光を取り込もうとするかのように、瞳孔がブワァァ……と開いていく。
「まさか……レイジさんが……そん……な……!」
夜のネコのような、まん丸お目々になったあと……しばらく固まっていたが、やがて、すべてを悟ったかのような表情が和らいでいく。
パァァァ……と後光が差したかのように、神々しい笑みを浮かべた。
「……わたしが、間違っていました……! 常識というのものに、とらわれすぎていたようです……! 愛し、愛し合うのは、自由……! 姿形にこだわらず、愛こそがすべて……! レイジさんは、そうおっしゃりたいのですね……!」
祈るように両手の指を絡み合わせ、感涙に瞳をうるませている。
そ、そんなに感激するようなこと、言ったか……?
「う? うん……?」
「レイジさんはビリジアンさんを選んだのではない……ビリジアンさんがレイジさんを選んだ……! そしてレイジさんは、全てを受け入れてくださるお方だった……!」
「あ、ああ……」
「……わたくしも……わたくしのことも、受け入れてくださいますか……?」
多少の不安があるのか、瞳が水面のように揺らぐ。
心配することなんざ、なにもねぇだろうに……。
「……お前も、グランも、イーナスも……俺はもう受け入れているつもりだったんだが。だからそんな顔すんな。みんな一緒にやって、『新たな命』をたくさん生み出させてやっから……!」
「れ、レイジさんっ……!」
両手を伸ばして俺の首の後に回し、ぎゅーっと抱きついてくるコリン。いつになく情熱的だ。
俺はその後ろ頭を、よしよしと撫でてやった。
「それにコリン、お前らだけじゃねぇぞ。俺ぁ誰だって受け入れてやるから、見どころのあるヤツがいたら連れてこい……! 友達や、屋敷にいるメイドだってかまわん……! それどころか、フランシャリルやセンティラスとだって……!」
「お、王族の方々とっ!? そ、それは、神をもおそれぬ大胆なお考えですっ! す、すごすぎますっ、レイジさんっ!」
「当たり前だろう、俺はより良い命が生み出せるのなら、王族とだって……いや、たとえ神とだってやってやる……!」
はわわわ……と口をプルプルさせて、震え上がるコリン。
いい機会だったので、俺のこれからの考えを教えてやることにした。
「よく聞けコリン、いまは数人規模だが、これからは十人……さらには百人……そして千人規模で、新たな命を生み出すようになるんだ……!」
「せせっ、千人っ!? そ、そんな多くの方々と!?」
ショックのあまり、息を詰まらせるコリン。
そりゃ今のゲーム作りからすれば、想像もつかないことだろう。
「ああ、それもバラバラじゃないぞ、一度にだ! いっぺんに千人とだ!」
最初期のゲームというのは、プログラマーひとりの手だけで作られてきた。
それがデザイナー、サウンドと、サブプログラマー、そしてプランナーと加わっていき……ゲームの規模はどんどん大きくなっていった。
そして今では、AAAタイトルともなると、莫大な予算と人員、そして期間を費やして、ひとつのゲームが作られるようになったんだ。
こっちの世界ではまだまだ先の話だろうが、同じような未来を辿るのは間違いないだろう。
実をいうと俺は、AAAタイトルだけは作ったことがなかった。
だからこっちの世界でやってやるつもりなんだ……!
「……俺は、いつか千人とやるっ! その中にはコリン、もちろんお前もいるんだ! 俺といっしょに……最高の命を生み出すんだっ!」
「……はっ……はいっ! レイジさんっ!」
「だからその時までに、お前もしっかり勉強しておくんだ! 千人のなかで活躍できるように!」
「はっ……はいっ! わたし、一生懸命がんばりますっ! お屋敷に戻ったらさっそく、キャベツ畑を作ります……! 千人分ですから、おっきな畑を……!」
感極まって涙をぽろぽろこぼしながら、誓いをたてるコリン。
さっそくスタッフの食事の心配をするなんて、コイツらしいなぁ……と俺は思った。
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