43 お前が欲しい
「「「「『モンスター』の感想っ……!?!?」」」」
四重奏を奏でる、工房スタッフと女騎士サマ。
俺はウム、と頷き返す。
「そうだ。ビリジアンはこの村の見張り台に立って、ゴブリンたちを監視してたんだろう? ってことは、すでにゴブリンのことには誰よりも詳しいはずだ……!」
「ど……どういうことなの?」
丸くした目を瞬かせるビリジアン。
コイツは戸惑うと、吊り上がっていた柳眉が下がってなんだか愛嬌が出てくる。
イーナスがビリジアンのことを「見てたらいじめたくなる」なんて言ってたが、その気持ちが少しだけわったような気がした。
ビリジアンの隣にいたコリンは、同じようなまん丸お目々で言う。
「もしかして、レイジさんがビリジアンさんに見張り台につくようにお願いしたのは、ゴブリンさんの動きのパターンを調べてもらうためだったのですか……?」
「その通りだ、コリン」という俺の声にかぶさるような勢いで、ヒステリックな声が割り込んでくる。
「ということは、レイジくんは最初からゲームづくりのために、この私に見張りをやらせたってこと!?」
「その通りだ、ビリジアン」という俺の声が終わるより早く、ガッとループタイを掴まれてしまった。
「ふ……ふざけるんじゃないわよぉぉぉっ! 私がどういう気持でいたと思っているの!? 私は……私は……こんなゲームのためじゃなくて、本当に……! 本当にこの村を平和にしたいと思っているのに……!」
「それは俺も同じだ」
「ウソおっしゃいっ! だいいち、どうやってゲームで村を平和にするのよっ!?」
俺は今にも食い殺してきそうなほどに、ウーウー唸っている女騎士サマからいったん視線を外す。
「……どうやって平和にするか、わかるか?」
問題がわりに3人娘に問ってみると、
「ゴブリンさんにゲームで遊んでもらって、仲良しになるとかですか?」とコリン。
「わかった! 外に置いてゴブリンに遊ばせて、夢中になってるところを撃ち殺すとかだろ!」とグラン。
「村人全員に、ゲームで現実逃避をさせる」とイーナス。
各人の性格がよくわかるような答えが返ってきた。
「……どれもハズレだ」
俺は改めてビリジアンに向き直る。
首根っこを掴んでいるヤツの手に、俺の手を添えた。
「……なあ、ビリジアン。お前が俺のことを良く思ってないのは知ってる。だが今の俺にはお前が必要なんだ。この村にいる間だけでいいから、この俺に協力しちゃくれねぇか?」
一応俺なりに、気持ちを込めて言ったつもりだった。
村がヤベぇって時に、内輪でモメてる場合じゃねぇからな。
それに……今回の『ゴブリンストーン』の改修には、ビリジアンの知識が必要不可欠なんだ。
しかし俺の思いはヤツには通じなかったのか、逃げるように手を払いのけられてしまった。
「いいいいいいいっ、いきなりなんてこと言い出すのよっ……!?」
ひどいセクハラでも受けたみたいに胸を抱いて、真っ赤な顔で後ずさるビリジアン。
どんぐりみたいに丸くなった瞳が、困惑を隠しきれない様子で震えている。
強気なヤツにしては珍しいリアクションだなと思ったが、ここで引くわけにはいかなかったのでさらに強く迫る。
一歩前に出て距離を詰め、肩をガッと掴んだ。
「ひいっ!?」というシャックリのような悲鳴とともに、身体がこわばる。
ヤツは軍人なので、いつも背筋を伸ばして胸を張っている印象が強くて気づかなかったが……肩は驚くほど細かった。
力を込めると潰れそうなほどに華奢だったので、すこし手の力を抜く。
すると肩の震えが伝わってきて、なんだか村娘を襲っている山賊のような気分になってしまった。
で、でも……気後れしてる場合じゃねぇ……!
なんとしてもコイツに協力してもらわねぇと……!
俺は、嘘偽りない気持ちをぶつけた。
「な、頼む、ビリジアン! 俺は、お前(の持つ知識)が欲しくてたまらねぇんだ! 絶対に(村のヤツらを)幸せにするから、この俺の一生(懸命なゲームづくり)に付いてきちゃくれねぇか……!?」
焦ってちょっと言葉足らずになっちまったけど、たぶん意味は伝わっただろう。
ビリジアンは俺のゲーム作りにかける情熱にショックを受けたのか、射抜かれたように固まっている。
満開の花のように瞼を見開き、水面のような瞳にまっすぐ俺を映していた。
そして頬を桜色に染めながら、
「はっ……はい……!」
ついにオーケーの返事をしてくれたんだ……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「よぉし! そうと決まったら、今すぐにやるわよっ! 『ゴブリンストーン』をたくさんプレイして、モンスターについての感想を言えばいいのねっ!?」
それからビリジアンは、人が変わったように協力的になってくれた。
興奮のあまり、『ブリーズボード』を初めてプレイした時のように顔を紅潮させている。
しかし、それと反比例するかのように……コリンの顔色が青白くなっていることに気付いた。
「す、すみません、レイジさん……ちょっと、お休みしてもよいですか……」
死人のような足どりで応接に向かい、ソファにもたれかかるお嬢様。
寝ればいいのに……と俺は思ったが、さすがに育ちがいいだけあって、ベッド以外の場所では横にはならないようだ。
それにしても、いつになく体調が悪そうだが……医者を呼んだほうがいいのか?
などと心配していると、鋭い視線を感じた。
イーナスだ。
イーナスがパーカーのフードごしに、刃物のような上目遣いを向けてきていたんだ。
「……どうしたんだ? イーナス?」
「膝枕」
「えっ?」
「いますぐコリンに膝枕して」
「えっ……それはどういうことだよ?」
「そうすれば、コリンは治る」
「そうなのか? でもお前、俺の膝枕のことを石抱きの拷問レベルだと言ってなかったか?」
「……自分にとってはそう。だが、コリンにとっては違う」
「なんか、よくわかんねぇな」
「いいから」
俺はイーナスに背中を押され、応接に向かわされた。
長いソファの端で、ぐったりしているお嬢様の隣に座る。
「コリン、少し横になれ」
俺は言うが早いが彼女の肩を抱く。
「えっ?」と驚いている合間に引き寄せ、膝上に押し倒した。
花のような芳香を振りまきながら、パタンと倒れるコリン。
「あっ、あの……レイジさん?」
「いいから、少しの間こうしてろ」
「はっ……はひ……!」
引きつった返事をするお嬢様の顔は、さっきまでの青さがウソみたいに変わり、茹でられたような赤さになっている。
青くなったり赤くなったり、信号みたいなヤツだな……と思いつつ顔をあげると、俺を運んできたイーナスはすでにいなかった。
もう興味なさそうに、自分の席で作業を再開している。
グランはゲームプレイを再開したビリジアンの隣に立ち、なにかいろいろ口を挟んでいた。
「……ビリジアンさんだったのですね」
ふと声がたちのぼってきたので再び視線を落とすと、湯あたりしたようなコリンがいた。
「ん? なにがだ?」
「レイジさんが、求められていたお方は……」
「ああ、そうだな。いまの俺には、ヤツが必要だ」
「やはり、そうでしたか……」
コリンは寂しそうにつぶやいたあと、なぜか急に思いつめたような表情をした。
そして、桜色の唇をこう動かしたんだ。
「わたしでは、ダメなのですか……?」
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