42 女騎士のはじめて
ビリジアンの初『ゴブリンストーン』は、この木組みの筐体が実は長年探し求めていた親の仇であったと気付いたかのように、激しさを増していった。
お前はキーボードクラッシャーかってくらいにレバーをガチャガチャ、ボタンをバンバン叩いている。
あまりの騒々しさに、スタッフたちも作業の手を止めて集まってきた。
コリンは俺の隣に寄り添い、俺の上着の袖をきゅっと掴んでいた。
ヒステリック教師のスパルタ教育に晒される筐体を、我が子のように見守りハラハラしている。
「……ビリジアンさんにテストプレイをしていただいているんですか? でも……すごく激しいというか、ちょっと乱暴なような……」
「ああ、でもよく見とけ。あれが初めて『ゴブリンストーン』をプレイするヤツのリアクションだ。ヤツらは貴族みたいに遊び慣れてねぇから、上品なプレイじゃねぇ。ビリジアンは女だからコントローラーは耐えられてるが、こりゃなんとかしないとヤベぇかもしれねぇな」
ゲームの入力デバイス……コントローラーやボタンというものは、家庭用のゲーム機よりも、業務用……いわばアーケードゲームと呼ばれるもののほうが、頑丈にできている。
なんたって1日に大勢の人間が遊ぶものだからな。
しかも遊んでいるヤツらは自分のものじゃないからって、手荒に扱うんだ。
この世界におけるゲーム、『ゴブリンストーン』の標準コントローラーの耐久性は、家庭用ゲームに近いといえる。
いや……それよりずっと低いな。
鉄道レールの分岐器みたいなレバーはまだしも、秤みたいなシーソー状のボタンは、女騎士サマの乱暴なプレイの前に、たった1回のプレイで歪みつつある。
……知ってのとおり、今回の客は貴族じゃなく、この村にやって来る、ゲームをプレイしたことはもちろん、見たこともないようなヤツらだ。
細身のエルフたちならまだしも、腕っぷしの強いドワーフなんかが来た日には……ワンプレイでスクラップにされちまうかもしれねぇな。
「筐体に注意書きでも貼ったらどうだ? 『強く叩くな! 叩いたら同じ強さでブン殴るぞ!』って!」
「それよりも、一定の強さで操作すると電流が流れるというのはどうか」
コリンの横に並んでいたグランとイーナスが、自分なりの解決策を提案してくれる。
グランの案は、注意書きこそ乱暴だが、対応としては一般的だ。
イーナスの案はいつもながらエキセントリック。
しかし、俺はそのどちらも採用しなかった。
「いや、コントローラーの強度を見直す。わざと壊すようなヤツらはもちろん論外だが、夢中になってプレイしているうちに乱暴になっちまうのであれば、それに水を差さないのがプロってもんだ」
我を忘れて力んじまうくらい楽しんでるところを、トントン肩を叩かれて「お客様、ゲームのコントローラーはデリケートですので、丁寧に扱ってください」なんて注意されるのって、最悪じゃねぇか。
ゲームだってなんだって、心が思うままに、身体が動くままにやれたほうが楽しいに決まってるんだ。
ビリジアンはいつの間にか、2プレイ目を始めていた。
俺たちの会話も聞こえていないほどに熱中しているようだったので、気の済むまでプレイさせることにする。
そして、俺たちはお堅い女騎士サマの、意外な一面を知ることとなった。
「こっ……このっこのっこのっ……! もう二度と、あなたたちなんかに……!」
「あっ、あああっ! しまった! やられたぁーっ!」
「くっ……! つ、捕まるくらいなら、こ、殺しなさいっ! あなたたちに何かされるくらいなら、死んだほうがマシよっ!」
「あっ、な、なにをするのっ!? やめなさい、やめてーっ!」
「あっ! ダメっ! そこダメッ! ああっ、ダメェーっ!」
……プレイ中にあげる声がどんどん色っぽくなっていくものだから、俺は変な居心地の悪さを感じてしまった。
「び、ビリジアンさんって、こんな声も出せるんですね……」と呆気に取られるコリン。
「なかなかいい声で鳴くじゃねぇか! おい、もっと鳴けーっ!」と囃し立てるグラン。
「敵キャラにオークを入れておいたのが功を奏した」と満足そうなイーナス。
「……やっ、やんっ! どうしてそんなとこ……! やだっ、やめてっ……あっあっあっあっぁっ……あぁぁぁぁぁーーーんっ!」
嬌声とともにビリジアンの背筋がピーンと反った。
艶のある長い黒髪を振り乱すと、真珠のような汗が舞い散る。
のけぞったまましばらくビクンビクンと痙攣していたが、やがて前のめりになり、オークの胸板に身体を預けるように画面にしなだれかかってしまった。
顔を紅潮させたまま、激しく上下する肩とともに荒い息を吐き出している。
「はぁ、はぁ、はぁ……く……悔しい……悔しいのに……どうして……?」
頬に貼り付いた髪を直そうともせず、またスタートボタンに手をかけようとしていたので、俺は言葉で制した。
「おい、ちょっと待てビリジアン。その前にプレイした感想を聞かせろ」
すると、初めて沸き起こった感情に困惑するような困り眉が……少女から女へと変わりつつあった色っぽい柳眉が、元の自分を取り戻すかのようにキッと吊り上がった。
急に身体を起こし、ごまかすように髪を撫でつけて服装の乱れを直す。
「ま、まあ……いいんじゃない? ふ、普通だと思うわ」
ヤツは赤みの残る顔で、そうぬかしやがった。
明らかにごまかすような返答に、即座にグランが異を唱える。
「なにが普通だよ! あんなにアンアン言っといて!」
「あ……アンアンなんて言ってないわよっ!?」
「いや、メチャクチャ言ってたじゃねぇーか!」
「い……言ってませんっ!」
「言った!」
「言ってませんっ!」
「言・っ・た!」
「言・っ・て・ま・せ・ん! なら、何時何分何秒に言ったか教えてくださぁーい!」
売り言葉に買い言葉。お互いムキになって、唾をとばしあうふたり。
小学生のような言い争いは、イーナスが「15時09分17秒」と参戦してさらに激化する。
「……まあまあ、3人とも落ち着け。言ったか言ってないかなんてのはどうでもいいんだ。おいビリジアン、『普通』ってのはどのへんが『普通』なんだ?」
俺が仲裁しつつ尋ねると、女騎士サマは往年の三角定規の目で睨みつけてきた。
「『普通』っていったら、『普通』に決まってるでしょ!? 可もなく不可もなく、ってことよ!」
「……それはわかってる。もうちょっと、具体的に教えてくれねぇか?」
「そんなの知らないわよ! だって私、『ゴブリンストーン』をプレイするのは今日初めてなのよ!? ゲームを知らない人間に、良し悪しなんてわかるわけないじゃない! だから『普通』って言ったのよ!」
「……そうだな。俺はゲームの良し悪しを、客の口から聞くのは好きじゃねぇんだ。特に自分から言ってくるようなヤツと、初めてのヤツには、尚更にな」
「はぁっ!? だったらなんで私にプレイさせたのよ!? それに、感想を聞かせてくれって言ったじゃない!?」
「言ってませぇ~ん! なら、何時何分何秒に言ったか教えてくださ……むぐぐっ!?」
からかうように割り込んできたグランの口を塞ぎ、俺は続ける。
「ああ、感想を聞かせてくれって確かに言ったさ。だが俺が欲しいのは、『ゲーム』の感想じゃねぇ……!」
すると、四方向から集中砲火が飛んできた。
「えっ? それは、どういう意味なのですか!? レイジさん!?」
「それ、おかしいだろ、レイジ! ゲームをプレイさせといて、ゲームの感想を求めてないだなんて……!」
「そうよそうよ! レイジくん、やっぱりあなた変よ! このあたしを見張り台に立たせたかと思ったら、急にやめさせて、やったことのないゲームをプレイさせたりして……! そのうえ、ゲームの感想は求めてないだなんて……!」
「……きっとレイジは、ビリジアンがオークを前にどんな反応をするか、見てみたかっただけ……! あんたも好きだねぇ……!」
俺はある方角を向いて、パチンと指を鳴らす。
そこに立っていたのは、ヒッヒッヒと嫌らしく笑う、老婆モードのイーナスだった。
「……そうだ! 俺がビリジアンに求めていたのは、『ゲーム』の感想じゃねぇ……! 『モンスター』の感想なんだ……!」
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