41 テストプレイ
俺は手をひさしのようにして天を仰ぎ、村の見張り台に目をやる。
すると手すりから身を乗り出すようにして、周囲を哨戒していた鎧の人物と、バッチリ視線がぶつかった。
「お……」と声をかけようとした瞬間、長い髪の毛が渦を巻くほどの勢いで、顔をそむけられてしまった。
原因はいまだにわかんねぇけど、まだヘソを曲げてんのかよ、アイツは……。
ちょうどいいタイミングで防衛隊の隊長が通りがかったので、俺はソッチを捕まえることにした。
こっちのほうが捕まえるのがだいぶ簡単だった。
上空にいる、空飛ぶツチノコのようなヤツに比べたらなんだってそうかもしれねぇが。
隊長に、見張りとして預けていたビリジアンをそろそろ戻してくれないかと頼むと、彼は俺になにか考えがあるんだろうと察し、快く承諾してくれた。
「ビリジアンさん! 降りてきてください!」
隊長に呼びかけられ、梯子を伝って降りてくるビリジアン。
俺が呼びかけてたときはガン無視だったくせに、えらい違いだ。
しかも俺がいることに気づくなり、苦手な親戚と鉢合わせしたような表情を全開にしやがった。
「レイジさんがあなたの力を必要としているそうなので、村の見張り役は交代することにしました。これから先は、レイジさんの指示に従ってください」
続けて下された命令に、ひそめていた細い眉がキッと吊り上がる。
「ええっ!? せっかく慣れてきたのに……! 隊長! 私の哨戒に不手際があったんですか!? ならなにが悪かったのか教えてください! いきなり外すだなんて酷すぎます!」
「……いいえ。ビリジアンさんは最初、見張り役を拒んでいましたが、仕事自体はいつも素早く的確なものでした。村の防衛がさらに強化されたので、とても助かっていました。むしろ評価しているくらいですよ」
「私はどんな仕事でも、与えられた以上は全力でこなします! それに私を評価するのであれば、防衛隊を解任するのではなく、別の仕事を与えてください! たとえばゴブリンの撃退とか……! 弓は苦手ですけど、がんばって練習します!」
「そう言っていただけるのはありがたいのですが、レイジさんからの命令です。レイジさんの命令は村長の命令と同じ……私は村長の命に従い、ビリジアンさんを引き渡す必要があるのです。ビリジアンさんもレイジさんの命令に従ってください」
「レイジくんの命令に従うだなんて、そんなの絶対にイヤです!」
駄々っ子みたいなビリジアンと、それをなだめる隊長とのやりとり。
俺が頼んだ以上、ほおっておくわけにもいかず……ふたりの間に割って入った。
「落ち着けビリジアン。お前の力が必要になったんだ。ちょっと助けてくれねぇか?」
すると女騎士サマは、俺の顔を一瞥もせずに「い・や!」と叫んだ。
「私を哨戒役という末席に追いやったのはあなたでしょう!? それなのに、都合のいい時だけ力を貸してくれだなんて……そんなの絶対にイヤよっ!」
頑なに俺と目を合わせようとしないビリジアン。
まるで隊長に向かって怒鳴りつけてるみたいだ。
俺は隊長の後ろに回り込んで、視界に入ろうとしたが……首をひねって逃げられてしまった。
まったく、なんなんだよ一体……俺のことをメデューサかなにかと勘違いしてるんじゃねぇのか?
限界まで顔を反らしていたビリジアンは、その先で何かを見つけたのか、不意にハッと息を飲んだ。
視線の先を目で追うと……ちょうど通りがかったシャリテが、立ち止まってこちらをじーっと見つめているところだった。
シャリテがなにか目配せした瞬間、ビリジアンはパッと俺に向き直る。
しばらくうつむいたまま、ウーウー唸っていたが、
「しょ……しょうがないわね……! 全くぜんぜん気がすすまないけど、力を貸してあげるわ……! でも、変なお願いだったら承知しないから……!」
絞り出すような声で、協力を承諾してくれた。
……なんだかよくわからんが、シャリテがなにかやってくれたらしい。
わずかなアイコンタクトだけで、この跳ねっ返りの女騎士サマをおとなしくさせちまうだなんて……さすがだな。
俺は感謝の意味もこめて、シャリテにサムズアップを返す。
有能すぎるメイドさんは奢ることも誇ることもせず、ただ上品に頷いて静かに去っていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
俺はビリジアンを引き連れ、ゲーム制作の工房へと戻った。
静かなる呪文の詠唱と、石版を彫り込む音、そして羊皮紙にインクを刻む音が出迎えてくれる。
いつもは「おかえりなさい」「どこほっつき歩いてたんだよ!」「きっと下着ドロ」と三色の声が投げかけられるのだが、それもない。
スタッフ全員、一心不乱に作業している証拠だ。
邪魔することもないと思い、俺は作業場のいちばん奥、自席のほうへとゲストを案内する。
俺の席の隣には、改良中の『ゴブリンストーン』の筐体が置いてあるんだ。
外見のデザインやコントローラーは古いままだが、中身は日々バージョンアップしている。
「……なるほど。ゲーム作りをしていて、私の淹れるお茶が恋しくなったのね」
ビリジアンは何を勘違いしたのか給湯スペースに向かおうとしたので、その背中を呼び止めた。
「違う。今回のお前の仕事はお茶くみじゃない。……コイツだ」
長い髪に光沢を走らせながら振り返った女騎士に、筐体を示す。
「この『ゴブリンストーン』をプレイするんだ」
「……え? 私、ゲームはほとんどやったことないわよ? 『ブリーズボード』はセンティラス様のお供でずっとやってたけど、『ゴブリンストーン』は……」
「いいからやってみろ。そして感想を聞かせてくれ」
「プレイして、感想を言うの? でも、それだったら私じゃなくても……」
「お前じゃなきゃダメなんだよ。とにかくやってみてくれないか」
そこまで言ってようやく、ビリジアンは不承不承といった感じで筐体の前に立った。
……まったく、いちいち疲れるヤツだな……。
スティックを握るのは初めてなのか、ぎこちない手つきのビリジアン。
簡単に操作方法とルールを説明してやったあと、ゲームスタート。
以前のゴブリンストーンの自機は▲だったが、今はクロスボウのデザインになっている。
ショットボタンを押すたび、レーザーのような矢が撃ち出され、ゴブリンめがけて飛んでいく。
従来であれば、その先には灰を被ったような辛気臭いゴブリンがいるのだが、改良後の今はカラフルなヤツらが踊っている。
矢が命中するたび苦悶の表情を浮かべ、血煙のようなエフェクトとともに消え去っていく。
もちろんヤツらもやられっぱなしというわけじゃない。
手にした石を投げつけ反撃してくる。
撃つのに夢中になっていたビリジアンは自機のいる手元を見ておらず、一機消滅。
次からは敵の攻撃に注意するようになり、石の射線から逃れるようになった。
しばらくして画面上部に白い鎧のゴブリンが横切る。
いかにも大物といった佇まいに、またしても注意を奪われてしまうビリジアン。
「こ……このっ! えいっ、えいっ!」
知らず知らずのうちに自機の動きにあわせて身体を傾け、撃ち出す矢に魂を込めるように、えいえいと声をあげはじめた。
しかし白い鎧のゴブリンは倒せず、画面外に逃げていってしまう。
「ああ……!」とあからさまに肩を落としているうちに攻撃を受けてしまい、二機消滅。
「くっ……! この私が、ゴブリンなんかに負けるだなんて……! もう絶対に、遅れを取ることは……! えいっ! えいっ! このっこのっ! ええーいっ!」
とうとうビリジアンは取り憑かれたように前のめりになり、レバーとボタンを力いっぱいガチャガチャやり出す。
その様はゲームプレイというよりも、心の底に潜めていた恨みをぶつけているかのようだった。
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