40 ゲーム制作再開
こうして俺の出した『完璧を破れ』の宿題発表会は終わった。
みっつの発表があったが、俺がマトモに評価できたのはグランだけだった。
イーナスのやつはちょっとアナーキー過ぎてどう評していいのかわからなかったし、コリンに至っては俺にハイザーさんの服を着せて感涙にむせぶという、これまた理解不能のシロモノだったからだ。
まあ、俺が評価できないことについちゃ別にいいんだ。
今回の宿題は『完璧なものに出会って、心の中に壁を作っても、怯まずに立ち向かっていく』ことを教えたかったんだからな。
当人たちが『完璧を破れた』と思えているのであれば、外野はどうこう言う問題じゃない。
この宿題の役目は立派に果たされたことになる。
そしてなぜこんな宿題を出したかというと、『ゴブリンストーン』と『ブリーズボード』をさらにより良くするためだ。
三人娘は俺が作った『ゴブリンストーン』を完璧なものだと思っていて、ロクな改善案を出さなかったが……完璧を打ち破る方法がわかった今、新しいアイデアが出てくるはず。
であるならば、ゲーム制作を本格的に再開しても問題ないだろう。
生まれ変わったスタッフの改善案を取り入れつつ、ふたつのゲームをより良くしていくんだ。
と、いうわけで……俺はまず、以前に自分が示した改善案から着手するよう三人娘に指示した。
これをこなしていくうちに、ゆくゆくはヤツらからもいいアイデアが出てくることだろう。
俺が示した『ゴブリンストーン』の改善案はこんなだ。
内部の変更点
・ゲームをカラー画面に
・エフェクトを入れる
・敵の種類を増やす
・ステージ制にする
・得点制にする
・ゴブリンの反撃を入れる
・残機制にする
外部の変更点
・コントローラーの改善
この村の精霊素材の工房に頼んでいた、ハイスペック石版がちょうどあがってきたので、それを制作機材としてあてがい、ひとつひとつ片付けていくことにした。
まずは『ゲームをカラー画面に』。
これは『グラカード(この世界のグラフィックカード)』の石版がスペックアップしたおかげで、1色しかなかった色が、16色まで使えるようになった。
輝度情報もないし、ましてやRGBでもないが、いっきに16倍だ。
これでかなりゲームの表現力があがるだろう。
その恩恵を最も受けられるのは、『敵の種類を増やす』だ。
色が使えれば、動きだけでなく見た目の個性を表現できるようになるからな。
三人娘もさっそく黒板を占拠して、新たな敵のデザインをああでもないこうでもないと言い合っていた。
「ゴブリンって緑色だろ? ってことは緑だけでいいんじゃねぇのか?」
「いきなり色彩の否定」
「グランちゃん、せっかく16色もあるんだから、いろいろ考えてみようよ。イーナスちゃんは何を書いてるの?」
「新しい敵のデザイン」
イーナスは白いチョークを使って逆三角形を描いたあと、ピンクのチョークで蝶のようなワンポイント模様を付け加えた。
「さっそく白とピンクを使ってみたんだね。これはどんな敵なの?」
「コリンのパンツ」
「わっ、わたしのパンッ……!?」
破裂音とともに、チラッと俺に視線を向けるコリン。
俺が見ていることに気づくと、カッと瞬間的に赤熱し、あたふたと黒板消しを動かしてイラストを消し去っていた。
イーナスはボソリと補足する。
「コリンはいつもロングスカートなので、激レアな存在。偶然が重ならないと見ることができないが、土下座すれば拝ませてもらえる」
「ど、土下座されても、拝ませるだなんて、そんな……!」
「では、実際にやってみよう」
真っ赤な顔で反論するコリンの前に、なぜか俺が引っ張り出された。
「レイジ、土下座して拝んで」と言うイーナスの頭を、俺はポコンとチョップする。
「パンツなんて敵は論外だ。表現力があがるにつれ、ゲームというのは世界を持つようになるから、敵は真面目に考えるんだ」
「す、すみません……」となぜかコリンが謝っている。もじもじしながら。
「……だが、発想は悪くないな。基本のゴブリンは緑だから、それとは違う白を使っているのは印象が大きく変わる。しかも偶然が重ならないと現れないというのは、動きのパターン以外の個性になっていて、ゲームをより刺激的にしている。設定はそのままで、モチーフを変えてみたらどうだ?」
「モチーフを変えるってどーすんだよ? パンツを別の何かにするってのか?」
グランの問いにイーナスが「ではブラに」と口を挟んだが、俺は黙殺する。
「そうだグラン。たとえば寒い所に棲むゴブリンという設定にしちまうとか、ゴブリンは鎧の色によって階級分けしてしてるとかだな」
ははぁ……と感嘆の息がみっつ漏れた。
「な、なるほど……! 棲んでいる所と階級だなんて、思いつきもしませんでした……!」
「それならばたしかに『世界』を持っていることになる」
「あっ、そうだ! それだったら、階級によって倒した時の得点が変わるようにしたら、もっと面白ぇんじゃねぇか!?」
「それは良いアイデアです! そうしましょう、グランちゃん!」
「さらに反撃の強さも変えれば、強さも表現できるようになる」
「おおっ! それいいな、イーナス! よぉーし、じゃそんな感じで、いろんなゴブリンを考えてみようぜ!」
そして口々に新たなるアイデアを交わし合う少女たち。
俺は、よし……これなら任せておいても大丈夫かな……と思い、邪魔しないようにそっとその場を離れ、工房を出た。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから俺は、ゲームづくりの工房と、村の木工房、そして鉄工場を行き来する日々を送った。
俺の服装は執事服から、発表会の時にコリンから着せられたハイザーさんの服に変わっていた。
服はいつもメイドたちが用意してくれるんだが、メイドたちいわく、シャリテから指示されたとのこと。
コイツを着るのは一度きりのことかと思ってたんだが……まぁコリンは喜んでいるようだから、別にいいけどな。
肝心の『ゴブリンストーン』内部の改修については順調で、スタッフにちょっと助言するだけでいろいろ考えてくれるようになった。
でも、大きな問題がひとつ残っていて……それは、外部の変更点である『コントローラーの改善』。
……『ゴブリンストーン』のコントローラーは、そりゃ酷いものなんだ。
初めてプレイしたときの苦い思い出が、ありありと浮かび上がってくるほどに。
自機を操作するスティックは2方向なんだが、必ず右か左に倒しておかなければならず、ニュートラルが存在しない。
さらに攻撃ボタンはシーソー式で、押し込んだときに戻ってこないことがある。
そんな欠陥コントローラーを、この世界は百年もほったらかしにしてるなんて……マジで信じられねぇ。
俺なんて、遊んだ初日に発狂しそうになったってのに。
だからなんとしても改善してぇんだが、これは他とは違ってちょっとばかし大変だった。
だってゲームをやったことのない村の職人に、ゲームを遊ぶためのコントローラーを作らせなきゃならないんだからな。
職人が自分も使ったことのある道具、とりわけ日常でよく使う道具などであるならば、俺の発注の意図もすぐに理解してもらえたことだろう。
たとえば、エンピツの後ろに消しゴムを付ければ便利ってのはすぐに伝わる。
ヤツらは図面を引くし帳簿も付ける。手紙だって書いてるだろうからな。
だがゲームをやったことのないヤツに、レバーとボタンの概念すら知らないヤツに、その不便さを訴えたところで……それの何が悪いのか、わかってもらえねぇんだ。
考えてもみてくれ、レバーにニュートラルがないってことは、自機が止まれないってことだぞ。
反対側にレバーを倒しても止まらない。逆に動き続けるだけだ。
止まりたきゃ左右の端にある壁にぶつかるしかないなんて、それがどんだけガマンならないことか……ゲームを少しでもやったことのあるヤツならわかるだろう!?
なんてことを声を大にして訴えても、「はぁ……」みたいな反応しか返ってこないんだ。
そのカルチャーギャップが、わかってもらえるだろうか。
……実にもどかしいが、イライラしてもしょうがねぇ。
いずれは職人たちも、うちの三人娘が作ったゲームを遊ぶことになるんだ。
それまでの辛抱……それさえ乗り切れば、ヤツらにゲームをプレイさせることさえできれば……職人たちのコントローラーに対しての意識も、大きく変わるはず……!
それはひいては、この世界のコントローラー事情を、この村を中心として大きく変えることにも繋がるんだ……!
……でも、問題なのはコントローラーだけじゃねぇんだよな。
俺には、もうひとつ変えたいと思っていた問題があるんだ。
そっちはすぐにというわけにはいかなかったから、ちょっとだけ熟成期間を設けたんだよな……。
……そろそろ、ソッチも手をつけるとするか……。
俺は鉄工場からの何度目かの打ち合わせの帰り道、ふと思い立って空を見上げた。
するとそこにはプレイリードッグのように、あちこちを用心深く見回す『ヤツ』がいたんだ。
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