39 お嬢様の完璧
グランの次はコリン。最後の発表だ。
間になんかあったような気がするが、詳細は割愛する。
ただ、台本はぜんぶコリンの手によって没収されてしまったことだけは伝えておく。
さて、そのお嬢様なんだが……彼女は注射を待つ子供のように身を硬くして、なぜかじーっと俺を見つめている。
俺は発表を待っていたんだが……いつまで待っても何もしようとしない。
隣のシャリテが見かねた様子で、脇にあった袋から何かを取り出し、コリンの膝にぽすんと置いていた。
「はい、どうぞ、コリン様」
それは、きっちりと正方形に折り畳まれた紳士服一式だった。
コリンは受け取るなり、プルプルと震えながら、しかしシャッキリと、機械のような動きで差し出してくる。
「はいっ! どうぞ! コリン様っ!」
緊張してるのか、シャリテのセリフをそのまんま叫びやがった。
しかし、間違いに気づく様子もない。
両手でしっかりと服を持ち上げながら、射抜くような瞳で、祈るように俺を見上げている。
俺はよくわからなかったが、服を受け取った。
「……この服が、お前の答えなのか?」
「は……はひっ!」
肩をビクッ! と跳ねさせ、しゃっくりと勘違いしそうな引きつり声をあげるコリン。
よくわからんが、お嬢様はかつてないほどのプレッシャーを感じているようだ。
いつもの白い肌はさらに透き通り、カッと見開いた瞳は瞬きも忘れ、瞳孔が開きまくっている。
横にいるメイドのほうをチラと見やると、なにやら俺に目配せしていた。
合図を送ってるつもりなんだろうが……俺はなにをどうしてやればいいのか、さっぱりわからねぇ。
とりあえず、本人に聞いてみることにした。なるべくやさしく。
「コリンが紳士服を完璧だと思っているとは知らなかったな。で、どういう改良をしたんだ?」
「はっ、はひっ! わ、わたしはなることができます! かかっ、完璧というものに! そっ、その服を身につけることによって!」
機械翻訳みたいな内容を、オーバーヒートしたロボットみたいに叫ぶコリン。
……なんだ?
コイツはいつも、童貞を即死させそうな服を好んで着ていると思ってたんだが……。
あ……でもやっとわかったぞ。そういうことか。
その『完璧に似合っていた』自分の服装を見直したというわけか。
しかも、普段の清楚なお嬢様ファッションとは180度違う、紳士服とは……!
意外にもほどがあるチョイスだぜ……! これはもう、1800度は違うな……!
……待てよ。俺に手渡してきたこの服じゃ、コリンが着るには大きすぎねぇか?
でもイーナスとかだったら「そのダボダボ感がいい」とか言いそうな気もするな。
なんて、アレコレ考えててもしょうがねぇか……まずは、実際に着たところを見せてもらうことにするか。
「わかった。じゃあさっそく着てみてくれないか?」
俺は渡された服を返そうとしたんだが、なぜかコリンは受け取らない。
「はいっ! ぜひそうしていただきたいです!」
それどころか、もみじのような両手でサッ! と自らの目を覆いはじめる始末。
……俺は、言葉の通じない異国の地でコミュニケーションをしているかのような、奇妙な感覚にとらわれた。
「……じゃあレイジくん、こっちに」
おもむろにシャリテが立ち上がり、俺の腕をとる。
何がなんだかわからないまま、応接スペースの外に引っ張り出されてしまった。
「シャリテ、いったい何なんだよ?」
混乱するばかりの俺に、シャリテは責めるような視線と溜息を向けてくる。
「……ハァ……。もう、察しなさいよ」
その声がやけに潜んでいたので、俺もつられて小声になっちまった。
「察するって、なにを?」
「コリン様は、その服をレイジくんに着てもらいたいのよ」
「俺に? なんで?」
するとシャリテは、ことさら盛大に息を吐く。
「コリン様はね、レイジくんが『完璧』だと思っているの」
ようやく俺はピンとくる。
「ああ、そういうことか。俺の考えるゲームは完璧だって、コリンは思ってるようだからな。でもそれだったら、俺の着せ替えじゃなくて、ゲームのアイデアで勝負すりゃ……」
俺の言葉は遮られなかったが、強制中断させられた。
目の前にいるメイドが、伝説の魔女のような恐ろしい眼光で睨んでいたからだ……!
「ここまでニブい男って、いったいどんな脳をしてるのか……本気で解剖したくなってきたわ……!」
「あ、あの……シャリテさん?」
「レイジくんの作るゲームだけじゃないの。コリン様はね、レイジくんの内面も外見も……すべてが完璧だと思っているのよ。でも、人の内面に手を入れるわけにはいかないから、こうやって、外見をより良くする服を用意したのよ。……ああもう、なんでこんなこと、私の口から説明しなきゃならないのかしら」
……俺の内面と外見が完璧? そんなことあるわけねえだろ……と思ったが、言わずにおく。
コリンがそう思うのは自由だとしても……だったら本人の口からそう説明させるべきじゃねぇのか……とも思ったが、これも言わずにおいた。
青筋を立てるほどに苛立っているメイドさんを、マジギレさせたくなかったからだ。
シャリテはイーナス以上に、あのお嬢様のことが大好きだ。
そんな想い人の想いを、俺が気づかないのが腹立たしくてしょうがないんだろう。
……でも、そう考えるとわかってきたような気がするぞ。
コリンはきっと、他にネタが思いつかなかったんだろうな。
だからとりあえず俺を完璧ってことにしておいて、課題達成を目論んだんだろう。
コリンがあんなに緊張しているのは、それがバレるのを気にしてのことだ。
普段はウソなんて絶対につかない素直なお嬢様の、初めてのウソ……。
子供はいつか、大人にウソをつく時がくる。
それが今ってわけか……かわいいもんじゃねぇか。
こんな時はむしろ、大人である俺のほうが空気を読んで振る舞ってやらなくちゃいけねぇのに……。
たしかにシャリテがキレるのも無理はねぇな。
俺は蛇の眼のようなメイドに向かって、ウンと大きく頷いた。
「よぉし……ちょっと待ってろ、バッチリ着替えてきてやるぜ……!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
工房にある衝立の向こうで、いつも着ている執事服を脱ぎ、渡された服に着替えた。
高級感のある、薄い黄土色のフロックコートに、お揃いの細いズボン。
シルクのように肌触り良く、陽光に照らされた新雪のような純白シャツ。
そして、ネステルセル家のエンブレムのついた、ループタイ。
……ってコレ、どっかで見たことあるような……?
なんだか見覚えのあるアイテムだったので、俺は首をひねった。
そういえば、エンブレムの入ったグッズなら他にもあったな。
コリンがいつも胸にしている、リボンのついたブローチとかだ。
……見た目がそれとかぶってるから、勘違いしちまったのかな。
いや、そんなことはどうでもいいんだ。
それよりも、俺はこんな堅苦しい格好は苦手なんだよなぁ。
執事服にもタイをしてないし、シャツのボタンもいつも外してるんだが……。
でも……せっかくコリンが用意してくれたんだ。
たまにはちゃんと着こなすのもいいだろう。
鏡がねぇから、ちゃんと着こなせてるかどうかわからねぇけどな……。
そんなことを考えながら応接に戻ると、華やかな歓声が迎えてくれた。
「おおっ!? 少しは見れるようになったじゃねーか、レイジ!」
少し意外そうな表情で、親戚のオヤジみたいなことを言うグラン。
「うん、とてもよく似合ってるわ、レイジくん!」
シャリテはすっかり機嫌をよくしている。
「ハイザーさんのよう」
ささやくようなイーナスの一言で、俺は気づいた。
そうか……このループタイ、ハイザーさんのものか……!
それだけじゃねぇ……この服ぜんぶ、ハイザーさんのじゃねぇか……!
まさか持ってきてたのか……!?
いや、違う……この宿題のために、わざわざパンダンティフにある屋敷のほうから取り寄せたんだ……!
仕掛け人であるコリンのほうを見ると、祈るように指を絡め合わせ、溺れんばかりの瞳で俺を見上げていた。
その様はまるで、神の奇跡を目の当たりにしている信徒のようだった。
「あああ、レイジさん……! なんという、立派なお姿……! 本当に、本当に素敵です……! あまりの尊さに、わたしはもう、胸がいっぱいです……!」
瞬きの拍子に溢れ、はらはらと頬を伝う涙。
明らかに芝居じゃない本気の涙に、俺はちょっと引いちまった。
俺はゲーム制作を通じて、お嬢様のことが少しはわかっていたつもりだったが……まだまだだったんだな、と思い知らされた。
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