38 完璧の向こう側
テーブルに新たに追加された、ふたつの小皿。
それぞれには茶色と、黄色のクリームソースが盛られている。
いままで配られた小皿は人数分あった。
しかしこれはひと皿ずつしかない。
プレゼンターであるグランは自信たっぷりなのに、ひと皿だけだなんて……と皆はほんの少しだけ疑問に思っているようだ。
だが俺は、すでにヤツの意図を理解していた。
「これはちょっとクセのあるソースだから、まずはポテトをちょびっとだけ付けて食ってみてくれ!」
言われるままに、俺は手前にある茶色いソースを、ポテトの先端で少量だけすくってみた。
対面にいるシャリテは同じように、近くにある黄色いソースをすくっている。
コリンは惹かれるように茶色いソースに手を伸ばし、イーナスは当たり前のように黄色いソースに向かって手を伸ばしていた。
コリンの手前には黄色、イーナスの手前には茶色いソースがあるので、お互いの手がクロスする形となる。
ふたりとも、わざわざ遠くにあるほうのソースを選ぶということは……明らかに色に対して期待を持っているようだな。
めいめいポテトを口に運ぶ。
俺は舌に乗せるなり、目が白黒したのが自分でもわかった。
一瞬、なんだこの味!? と混乱しちまった。
すごくマズイもののように感じて顔をしかめたところで、ようやく正体がわかる。
ものすごい甘さと、ほんのりとした苦味……これ、チョコレートソースだ……!
ポテトには最初から塩が振ってあるせいか、余計に甘さが引き立っている……!
ふと見ると、シャリテは見たこともない顔になっていた。
口を*のようにして、顔全体をぎゅっとすぼめている。
どうやら、黄色いソースはかなり酸っぱかったようだ。
「ご、ごめんなさい……! わ、私、これ、ダメ……!」
痺れたような声を漏らすシャリテ。顔が少し老け込んでいる。
……まあ、そうだろうな、と俺は思った。
ソースの小皿がひとつずつしかない時点で、グランもこうなることは予想済みだったんだろう。
4人いる客のうち、ふたりは拒絶反応を起こすことを。
そして狙ったふたりの客は、確実に虜にできることを……!
さきほどからコリンとイーナスの規則的な動きが止まらない。
ポテトに手を伸ばし、べっとりとソースをまとわせたあと、はぐっと一口、そして炭酸で追いかけ、くぅ~っ! と歓喜に身体を震わせる。
余韻さめやらぬうちに、次のポテトに手を伸ばす。
時折クロスする手がぶつかりあい、とうとうじれったくなって、自分のところに小皿を引き寄せる。
普段はお行儀のいいコリンが、片手にポテト、片手にグラスを離さない。
普段はなにを食っても眠そうなイーナスが、瞼をクッと見開いている。
ふたりとも、もはやすっかりイーティングマシーンと化していた。
シャリテは「信じられない」といった表情で眺めている。
誰も聞こうとはしなかったので、俺がかわりに尋ねた。
「おいグラン、このソースは何なんだ?」
すると待ってましたとばかりに、グランは胸を張って応えた。
「コイツはなぁ、チョコレートソースとレモンソースさ! 『カレーマシマシソース』を作ってから思ったんだ! コイツはアタイにとっては完璧だけど、他のヤツにとってはどうなんだろう……? って! そんで、みんなの前で発表しなきゃならない以上、自己満足に終わるのはシャクだよな、って思ってさ!」
グランはやんちゃな瞳で、俺のほうをまっすぐ見据えながら続ける。
「その時ちょうど、レイジが言ってた『ゲームの向こう側』の話を思い出したんだ! 食べてくれるヤツ……コリンとイーナスのことを思い浮かべながら、残った時間を使って……ふたりが好きそうな激甘ソースと激酸っぱソースを作ってみたんだ!」
新たに示されたふたつの『完璧』。
それは自分のためではなく、『誰か』のためのものだった。
しかも、それが想定していたターゲットユーザーにモロ刺さりしていることは、なおも食べ続ける少女たちの表情で明らかだ。
……俺は最初、発表者の中だけで『完璧』が打ち破れれば良いと思っていた。
目的としては「自分の中に限界を作らない」ことだったからだ。
しかし……グランは予想以上の答えを返してくれた。
自分の壁を打ち破るだけでなく、他人の壁まで打ち破ってみせたのだ……!
しかも……俺の教えを思い出して……!
俺は思わず胸が熱くなって、知らず知らずのうちに立ち上がっていた。
「……合格だ、グラン……! 100点だ……!」
するとグランは照れたように、しかしちょっと悔しそうに目を伏せた。
「いや……実をいうと、アタイはまだ納得いってねぇんだよな……。アタイとコリンとイーナスは好みがわかってたから、個別に作れたけど……。これを、ゲーム……この村に大勢やってくる客が遊ぶゲームに当てはめてみると……ダメなんだよな。客の好みなんてわからねぇから、どれを出していいのかわからねぇし……だから、最後にもうひとつソースを作るつもりだったんだ」
俺はもう、胸がいっぱいになりそうだった。
そんな思いにも気づかず、俯いたまま続けるグラン。
「アタイ、コリン、グラン……好みの違う3人が食べても、完璧だ! と思えるようなひとつのソース……! それこそが本当の『完璧』……! 村に来る客たちの誰もが満足してくれるようなソース……じゃなかったゲームに必要なモノなんじゃないかって……!」
言いながら、勇ましく上を向く。
少年のような、少女のようなあどけない顔。
しかし丸メガネの向こうでは、ひとつ大人になったかのようなたくましい瞳が輝いていた。
「でも……そればっかりは難しくて、いくらやってもできなかったんだ……! タイムアップになっちまったけど……でもでも、アタイはまだまだ続けるぜ! ここにいるみんなが夢中になって食ってくれるようなソースを、研究し続ける……! だから出来たときはまたこうやって食ってみてくれよな! いいよな、レイジっ!?」
お……おおっ! と応えてやりたかったが、感激のあまり声にならなかった。
この男勝りの少女を、これほどまでに愛おしいと思ったことはない……!
100点の完璧な答えだと思っていたが、訂正だ……!
まさか俺の想像までもを打ち破ってくるとは思わなかった……!
これはもう、120点……!
俺の出した宿題は、完全にオーバーキルされちまった……!
俺は、自分にできる精いっぱいの評価の表現として両手を広げ、その小さな身体を包み込もうとしたが、
「わっ、バカ! やめろレイジっ! 抱きつくな!」
グランには思いが伝わらなかったようで、抱っこを嫌がるネコみたいに手を突っ張られ、押し返されてしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
実に内容の濃かった、最初の発表が終わりを告げる。
残されたのは、想いの残滓のような熱気と、揚げ物のいい香り。
そして食らいすぎて腹がポンポコリンになってしまった少女たち。
「ああっ、また頂きすぎてしまいました……はしたないことだと、反省したはずなのに……でも、幸せです……」
「腹部がこんなになっているというのに、まだあのすっぱいものを欲している……もしや赤ちゃん……?」
ふたりとも、目がハートになっている。
しばらく休んでから発表会を再開しようかと思ったが、その間にイーナスが台本のようなものを手渡してきた。
イーナスが課題にしていた、『まるだし探偵フランベール』という演劇を改稿したもののようだ。
特に説明はしないから、読んでみてくれということらしい。
タイトルは『まるだしお嬢様コリン』。
まぁ、まったく……。
イーナスは本当に、我が家のお嬢様のことが好きだよな……。
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