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異世界ゲームクリエイター  作者: 佐藤謙羊
ゲームで村おこし編
35/47

35 幕間:捕われた騎士

 ゴブリンひしめく観客席の立て看板には、こう書かれていた。



 シゴ かいボウ



 少女はかつてないほどの嫌な予感とともに、目の前のテーブルを見やる。

 恐怖を煽るかのように、カチャカチャと音を立てて並べられていく、錆びた手術道具。


 そのおぞましいモノたちが、身体を抉るのを想像してしまう。

 腹の底から突き上げてくる恐怖に耐えられなくなり、思わず叫びだしてしまった。



「いっ……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」




 それが極上の生演奏であったかのように、どぎゃっ、と沸き立つ観客席。

 下卑た視線が白い肢体に集中し、ガヤガヤとざわめく。


 始まる前からいい声を聞かせてくれたので、始まればどんな声で鳴くのか、期待しているかのようだった。



「……や、やめなさいっ! こ、こんなことしてただですむと思っているの!? いますぐ離しなさい! でないと、承知しないわよっ!?」



 少女はなおも気丈に声を奮い立たせ、身体をわななかせる。

 しかしそれすらも緑の小男たちを楽しませているようで、観客席はギャーッギャッギャッギャと大いに盛り上がっていた。



「は、離して! 離して! 離して! 離して! ……離してぇぇぇぇっ! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



 少女はもうなりふり構わなくなり、声をかぎりに叫び、狂ったように磔台をガタガタと揺らし続ける。

 するとテーブルで準備をしていた1匹のゴブリンが近づいてきて、磔台から伸びるロープをグイと引っ張った。



「……うぐぅ!?」



 少女の喉と、額に巻かれていたロープが緊箍児(きんこじ)のようにきつく締め上げられる。

 振り回していた頭は動かなくなり、声は潰されてしまった。



「ぐっ……! ぐぐぐっ、ぐるじ……!」



 絞め殺される直前のニワトリのような、しゃがれた声をもらす少女。



「ぎっ!? い、いぎゃ……! い、いぎゃあっ……!」



 少女は肺の空気を絞り出すようにして、魂の叫びをあげた。



「いぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!」



 輝く鈴のようだった声音はサビつき、ガラガラと醜い音をたてる。

 それがまた観客席の爆笑を誘う。


 少女は怖くて、苦しくて、悔しくて……視界が滲んでいくのを止めることができなかった。


 水面(みなも)のようになった世界に、浮かび上がったのは……少女にとっての母親ともいえる存在、センティラス。


 自分だけに見せてくれる慈しみの笑顔を、少女は思い出していた。



 ……センティラス様……!

 このビリジアン……御親(ごしん)騎士として、一生を捧げる覚悟でいたのですが……それももう、かなわなくなりました……!


 最後のご無礼、お許しください……!

 いつまでも、いつまでもお元気で……!


 ……。


 …………。


 ………………。


 ……い、イヤっ!


 もうセンティラス様にお仕えできないだなんて……イヤだぁっ!


 私を我が子のように育ててくださったセンティラス様に、御親(ごしん)騎士になってようやくご恩返しができるようになったのに……!


 それなのに……それなのに死ぬだなんて……!

 イヤッ! イヤッ! イヤッ! 絶対にいやぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!!



 血のような涙が頬を伝う。

 もはや自分の身体の一部だと思っていた騎士の矜持を全てかなぐり捨て、少女はひとりの人間として願った。


 生きるために……そして母なる人物に、もう一度相まみえるために……!



「ゆ……ゆるじてぇ……! あやまる、あやまりまずがらぁぁぁぁぁっ……! なんでも、なんでもじまずがらぁ……! おねがい……ゆるじて……! ゆるじてぇぇぇぇぇ……!!」



 しばしの沈黙のあと、少女に返ってきたのは、



「ギャァァァーッ!! ギャーッギャッギャッギャッギャッギャッギャッ!!」



 客席を転げ落ち、地面を転げ回って腹をよじる、大いなる馬鹿笑いだった。



「お、おねがい……! おおおねがいでずぅぅぅ……! はだがおどりでも、なんでも……なんでもじまずぅ……! どれいにだって、なんだってなりまずがらぁぁぁ……! おねがい、おねがいぃぃぃ……! わだしがら、ぜんでぃらずざまを、うばわないでぇぇぇぇ……!!」



 子供のようにわぁわぁと泣きわめき、嗚咽を絞り出す少女。

 駄々をこねるように身体をよじらせ、限られた動きのなかでのたうち回る。


 その様は、生きたまま千枚通しを打たれたウナギのようであった。


 ウナギがまな板の上で、いくら滑稽にのたうってみせても、助かることはありえない。

 イキがいいなと客の目を楽しませるだけ。


 今のゴブリンたちにとって、少女はそのウナギとなんら変わりがなかった。

 すべてを捧げてみせたところで、さらなる責苦への期待を煽っているだけだったのだ……!


 少女は諦観に満ちた視界のなかで、なにかが蠢いているのに気づいた。

 ゴブリンの観客席の向こう側で、三角の帽子をかぶった人影がゆらりと立っているのを。


 影はゆっくりと手をかざす。


 すると、少女は支配されていた痛みから解放される。

 首に食い込んでいたベルトが、緩んでいく。



「……!?」



 目を瞬かせると、締め上げていたゴブリンは胸痛のように胸を抑えて膝から崩れ落ちているところだった。

 ぐらりと揺れ、踏み台から地面にどさりと倒れ、そのまま動かなくなる。


 その心臓発作のような症状に、少女は見覚えがあった。



「こ、これは……即死魔法(インスタント・デス)っ!?」



 ……ドッ! ガァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!



 少女が叫んだのと、観客席が爆ぜたのは、ほぼ同じタイミングだった。

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