34 幕間:無垢なる騎士
星明りをも閉ざされた深い森の中を、遠目にはホタルのような小さな光が移動していた。
フクロウたちは音もなく枝を伝ってその光を追いかけ、真っ黒な瞳にその珍しい客人を興味深げに映している。
虫すらも寝静まった空間には、かちゃり、かちゃりという金属のブーツがささやいていた。
ふと、音の主が足を止める。
手にしたランタンが揺れ、艶のある黒髪と白銀の鎧が鈍く光った。
前方を照らし出すように光源がさらに高く掲げられると、まだ乙女といっていいうら若き顔がオレンジ色に染まる。
この暗闇においても凛とした瞳は輝きを失っておらず、むしろ鋭さを増していた。
自然と眉根が寄り、少女は「いけないいけない」と眉間を揉んだ。
センティラス様から、もっと穏やかな顔をなさい、と事あるごとに注意されているのに……。
こうやって眉を下げていれば愛嬌が出て、殿方から人気を得られると……。
そう心の中で言い聞かせながらも、少女の目尻は自然と吊り上がっていった。
センティラス様はそうおっしゃるけど、私は殿方……男性になんて興味ない……!
むしろ、センティラス様のおそばにいられる時間が少なくなるだけの邪魔な存在……!
そう、あの人のように……!
グッ、と奥歯を噛み締めながら一歩前に出る。
ランタンの明かりが、道端の木に引っかかっている不自然な白さの物体を照らし、少女は目を奪われた。
……!?
これは、人の頭蓋骨……!?
ゴブリンは目印として、人の頭蓋骨を使うというのは本当だったのね……!
そしてこれは、ゴブリンの縄張りに入ったことを意味する……!
この先にすすめば、きっと洞窟があるはず……!
少女の足は轍から向きを変え、頭蓋骨の掛けてあった獣道を踏みしめた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
やっぱり……! ここが、ゴブリンの棲家……!
目の前に現れた、木々に埋もれるような洞窟。
つきあたりで足を止めた少女は、心の中でグッと拳を握りしめた。
ゴブリンの洞窟は小さいものもあるっていうけど、これは屈まなくても入れるくらい大きい……!
剣も振り回せるくらい道幅もある……!
ならば、遅れを取ることはない……!
やっぱり、こうやって退治に来たほうが良かったんじゃない……!
見てらっしゃい……!
この洞窟からゴブリンを追い払って、私のほうが正しかったって証明してみせるわ……!
ここ数日の間ずっと、少女の頭の中に巣食っていた人物。
ずっと憎たらしい顔をしていたのだが、今は「俺が間違っていた!」と情けない顔で土下座をしていた。
それが現実になるのはもうすぐだと思うと、否が応でも気持ちが高揚してくる。
少女は勇ましくブーツを鳴らしながら、洞窟内へと進路をとった。
そこだけ暗黒を切り取ったように闇が深くなっているが、まるで恐れない。
硬い床を踏むと、カツーン! と音が反響したが、気にする様子もない。
勇ましい軍歌のように、高らかに鳴り響かせながら、ずんずんと奥へと進んでいく。
ふと岩肌に、字が彫り込まれているのを見つけた。
汚い字のそれは『上に注意しながら歩け!』と書かれていた。
「上に、注意……?」
少女はひとりごちながら足を踏み出す。
その先は下り坂だった。ずるりとした感触とともに、世界が空転する。
「キャアッ!?」
……ガラガラガッシャァァァァァァーーーンッ!!
シンバルを床に叩きつけたような、けたたましい音とともに坂道を転がる。
手放してしまったランタンは、鎖を解かれた犬のように離れていく。
ついには何も見えなくなってしまった。
それでも少女は地面に爪立て、なんとか止まろうとするが、苔のような感触を捉えるばかりで勢いは殺せない。
……これは、罠……!?
そう気づいたと同時に、身体は前後不覚に陥る。
どちらが上か下かもわからない闇の中に放りだされてしまった。
あるのは「落ちている」という感覚のみ。
その終わりは、何の前触れもなくやってきた。
……ドガァンッ……!
全身の骨が軋むような衝撃が、少女を襲う。
「ぐはあっ!?」肺から息が強制的に絞り出された。
朦朧とする意識の中で、少女は我が身に何が起こったのかを知る。
上に気をそらせておいての、滑る坂道……!
そして高所落下という、すごく原始的な罠……!
……ううん、罠なんて高等なものじゃない……!
大人をおちょくるような、子供のいたずら……!
そ、そんなのに引っかかっちゃうだなんて……!
しかし、ショックを受けている場合ではなかった。
オレンジ色の輪が、少女を取り囲んだのだ。
ハッ!? と身体を起こす。
周囲に浮かび上がっていたのは、不気味な子供たちの顔……!
村の監視台で、嫌というほど見てきた者たちの顔だった……!
「ご……ゴブリンッ……!?」
どこが痛いのかもわからないほどの激痛をおして、少女は立ち上がる。
足をくじいていて立っていられなかったので、剣を杖がわりにして。
「村を襲うお前たちを、退治しにきてやったわ! 奇襲された気分はどうっ!?」
そう叫んだ唇の端から、何かが垂れ落ちる。
「こうやって普段の生活を脅かされるのは、嫌なものでしょう!? わかったら村を襲うのは二度とやめなさいっ! そうすれば、命だけは助けてあげるわ!」
もはや少女は、ひと太刀も交わさずに満身創痍であった。
そのうえ、多勢に無勢……いくら凄んでみたところで、悪ガキに囲まれた女教師でしかない。
じりじりと輪を狭めてくるゴブリン。松明の片手には、赤茶けたナイフや石斧が握られている。
「くっ……! 愚かな……! 御親騎士のこの私に、立ち向かおうだなんて……!」
少女はいよいよ覚悟を決め、剣を引き抜いた。
「いまさら反省しても遅いわよ……! 騎士は一度抜いた剣を、戻すことはできない……! お前たちを全員、切り捨て………!」
少女にとって最終警告のつもりだったそれは、鈍い音と悲鳴によって遮られた。
……ガツンッ!
「きゃあっ!? ……うっ……!? くううっ……!?」
後頭部に新たに加えられた衝撃に、視界と脳が激しく揺れる。
脚がガクガクと震え、立っていられなくなり、ぺたん、と座り込んでしまった。
こめかみから幾重にも、熱いものが伝う。
「ふ、不意打ちとは、卑怯な……!」
少女は最後まで噛み合わない言葉を残し、ばったりと身体を地に投げ出した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ん……ううっ……?」
次に気がついたときには、まばゆい光に溢れていた。
ぼんやりとした薄絹に覆われたそれは、宝石のようにキラキラと輝いていた。
しかし、やがて意識とともに……世界はおぞましい姿を取り戻す。
鼻の曲がるような匂いに、少女はウウッ!? と顔をしかめた。
自分が不自然な体勢でいることにも気づき、動かそうとするがびくともしない。
そして認識する。
首と名のつくものすべてが、自由を奪われていることに……!
それだけではない。
武器や鎧まで全て奪われ、少女を守るものどころか、人間としての尊厳である衣服までもを奪われていたのだ。
目の前には、汚い木のテーブルの上で何やらやっているゴブリンたち。
遠くには観客席のようなものがあって、同じ顔をした緑色の子供たちが着席していた。
少女はようやく自分の置かれた状況を悟った。
無数のかがり火のある部屋のど真ん中に、自分はいる。
一糸まとわぬ姿をさらけ出すように大の字に、隠すことも許されずに磔にされて……!
目の前にいるゴブリンたちは、忙しそうに何かの準備をしている。
ペンチや針玉やらをテーブルに並べ、火鉢で何かを熱している。
そして、少女はついに見つけてしまった。
そして、少女はついに知ってしまった。
自分がこれから、何をされるのかを。
観客席の横に立てられた、大きな看板。
岩に掘られていたのと同じ筆跡を目にした途端、少女は絶叫した。
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