33 三人娘の宿題
小一時間後。
休憩所のテーブルには食い散らかした果物と、すっかり空っぽになった大福の紙袋。
そしてソファにはアザラシのようにぐでんとなった三人娘が。
「ああ……もう食えねぇ……こんなに大福食ったのははじめてだ……」
ぽっこりとなった腹を、へそ丸出しになるのもおかまいなしにさするグラン。
「つい夢中になって、たくさんの果物を剥いてしまいました……お行儀の悪いことを……それに、お腹がこんなになるまで頂いてしまうだなんて……」
顔と腹、どちらを隠そうか迷っているコリン。
「うう……でもまだ全種類試せていない……それまでは、死んでも死にきれない……」
名残惜しそうなイーナス。細身だから腹が出っ張ると一番目立つ。
俺はすっかりノックアウトされているぽんぽこりん少女たちを、見回しながら言った。
「どうだ? シンプルな大福でも、改良によってはまだまだ旨くなるのがわかったか?」
「ふぁい……」と力ない返事をしたのはコリンだった。
他のふたりは声をだすのもダルそうに、頷くのみ。
「大福に果物が合うだなんて、思いもしませんでした……! イチゴ以外ですと、特にキウイ……! 甘さと酸っぱさのハーモニーが、もう……!」
「俺は、バナナが良かったぜ……! 歯ごたえと食べごたえが増して、やべえんだ……!」
「メロンが至高」
「そうだ。イチゴと大福の組み合わせを食べたとき、お前らはそれが最高だと思っていたようだが、そうじゃなかっただろう? 思考停止せずに、いろいろ試してみることが重要なんだ」
「これは……お菓子界の発明……! ショートケーキ以来の大発明です……! そもそもレイジさんは、どうしてこんなことを思いついたのですか……!?」
不思議でしょうがないといった様子のコリン。
まぁ、これは俺が考えたというより、俺の前の世界にあったヤツなんだけどな。
でも、考え方を教えるにあたってちょうどいいと思ったので、例として使ったんだ。
「……この世のすべてのもの……楽しいもの、おいしいもの、便利なもの……そう感じたものは、そのまま享受するんじゃなくて、自分だったらこうする……こうすれば、もっと良くなるんじゃないか、というのを考えるクセをつけているだけだ」
「自分だったら、こうする……」
噛みしめるように繰り返すコリン。
「そうだ。そして心を打たれ、動かされたものほど挑戦してやるんだ。俺の手で、もっと良くしてやるんだ、って……! そうすれば、もっともっと楽しくなって、おいしくなって、便利になる……! そうなれば最高じゃねぇか、って……!」
話に興味が出てきたのか、イーナスとグランが口を挟んできた。
「でも、それは理想にすぎない」
「そーだよ、挑戦してみたとしても、そう上手くいくもんじゃねーだろ」
「当たり前だ。元から完成されてるモノなんだぞ。簡単に改善できるんだったらそれは元から未完成なモノだったってことだろうが」
「では……どうすれば、レイジさんみたいに上手に改善できるようになるんですか……?」
「……コリン、お前は俺のことを勘違いしてるんじゃねぇか? 俺もお前も、同じゲームクリエイターだぞ? 神様なんかじゃねぇ。もしそう思ってるんだったら、自分で勝手にそう思いこんで、壁を作ってるだけだ。大福が完璧だと思いこんでいたのと、同じようにな」
俺は矢継ぎ早に続ける。
「それに『上手に改善しよう』なんて考えるんじゃねぇ。相手は『完璧』だという幻想を抱かせるほどの強敵なんだぞ。一度や二度失敗したくらいであきらめず、何度でも立ち上がってぶつかっていけ。醜くもがいて、足掻きまくれ。ハタから見てるヤツは笑うだろうが、かまうもんか。立ちはだかる壁のどてっ腹に穴を開けたときの、ヤツらの驚く顔を想像しながら、何度だってぶつかっていくんだ」
ハッ……! と目が覚めたような表情を向ける三人娘。
どうやら、やる気に火がついたようだ。
いつもならここで、本来の仕事……『ゴブリンストーン』の改善案に結びつけるところなんだが……今回はちょっと矛先を変えた。
本格的な作業に入る前に、ちょっとした宿題を出すことにしたんだ。
「……お前たちが、他に完璧だと思ったものはあるか? 食い物じゃなくてもいい。物語でも絵画でも、音楽でも演劇でも……それこそ人間や動物でも、なんでもいい」
真っ先に手を挙げたのは、予想通りグランだった。
「アタイ、塩をふりかけたフライドポテト! あれほど辛口の炭酸ジュースに合うつまみはないぜ! まさに完璧の組み合わせ……! くぅーっ、アレをビールで飲んでみてぇーっ!」
フライドポテトか……いいじゃねぇか。
食べ物は試行錯誤しやすいし、判断もしやすいからな。
次に名乗りをあげたのはイーナス。
「フランベールの演劇『まるだし探偵フランベール』こそ完璧な物語。自己の解放というテーマを役者でなく自身が演じ、逮捕投獄されたというエピソードも加えてなにもかもが芸術的」
その説明だけでアナーキーさが伝わってくるが、まあいいだろう。
物語に手を入れるのは難易度が高いが、今回は結果がすべてじゃない。
最後にコリン。
赤くなった顔を両手で押さえながら、「わたしは、レイ……い、いえ、なんでもありません……」と途中で打ち切り、ひとりイヤイヤをはじめる。
コリンの完璧だと思うものはなんなのか、そしてなぜ恥ずかしがっているのか……。
正直よくわからなかったが、まぁ、本人のなかで確固たるモノがあるんだったらいいか。聞き出すのは別に目的じゃないからな。
「よし、じゃあソイツを自分なりに手を加えて、より完璧なものにしてみるんだ。今やってる作業は後回しでいい」
これには三人とも虚を突かれたようだ。
「えっ、よろしいのですか……?」
「ああ、といってもそんなに長くは掛けられねぇから、かけても三日ってとこかな。それまでに俺に見せにくるんだ。いいな?」
「よぉーし! やってやるぜっ! って、俺のは食い物だから、まずはハラを空かせてこなきゃな!」
言うが早いが立ち上がり、カートゥーンのような勢いのつけ方で工房から走り出ていくグラン。
「わ、わたしも、がんばります……! 待っていてくださいね、レイジさんっ……!」
赤ら顔でフンスと鼻息を漏らしながら、開けっ放しの扉から出ていくコリン。
グランと違ってきちんと扉を締めていた。
そして、イーナスはというと……。
なぜか俺のヒザを枕にして、ソファで横になっていた。
「おい、お前は作業しなくていいのか?」
「こうすると、アイデアの出が良い。協力して」
なんだと……じゃあしょうがねぇなぁ……と思っていると、やおらむっくりと起き上がるイーナス。
そして非難するようなジト目を向けてきた。
「……レイジのヒザ枕、ぜんぜん気持ち良くない。コリンのと比べると、石抱きの拷問レベル」
「悪かったな」
イーナスは自分の作業机に歩いていくと、今回の旅行の荷物であるリュックから、妙な物体を取り出していた。
それは人型のぬいぐるみのようなのだが下半身しかなくて、プリーツの入った膝下丈のスカートを穿いている。
「なんだそりゃ?」
「美少女ヒザ枕クッション」
『美少女』と銘打たれているが、モデルは明らかにコリンのようだ。
だってスカートが、コリンがいつも穿いてるのと同じヤツだったから。
戻ってきたイーナスはしっしっと俺をソファから追い払うと、そのクッションを頭に敷いて再び横になる。
下半身だけのコリンは本物と見紛うようなキチンとした正座をして、見るからに柔らかそうなヒザを提供していた。
俺のなかで、呆れと感心が入り混じる。
「お前……そういうのが思いつくんだったら、『ゴブリンストーン』の改善案も、もっといいのが出せるだろうに……」
「完璧なものと、足りないものは違う」
「なるほど、お前は『必要は発明の母』タイプなわけか」
しかし、それ以上の返事はなかった。
アイデア出しといいつつ、イーナスはそのまま眠っちまったからだ。
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