32 完璧を破れ
三人娘の頭の空気を入れ替えるため、俺は休憩を提案した。
「……ちょっと休憩しよう。そういえば、大福を買ってきたんだった。ビリジアン、お茶を……って、ヤツはいないんだったな」
「では、わたしがお淹れしますね」
コリンは申し出るやいなや、工房の隅にあるお茶セットのワゴンで準備をはじめる。
その近くには休憩スペースがあるんだが、テーブルの上には果物の入ったカゴが置かれていた。
「コリン、その果物どうしたんだ?」
「レイジさんがお出かけされているときに、シャリテさんが持ってきてくださったんです」
「そうか、さすがシャリテだな」
俺が長いソファに腰掛けると、両隣をすかさずグランとイーナスが占領する。
紅茶を持ってきてくれたコリンは、対面の一人がけのソファにお行儀よく座った。
さっそくおやつタイムと相成る。
「んんっ!? この大福うめー!」
両手で大福を持って、パクパク頬張るグラン。
口が粉で真っ白だ。食べ盛りのわんぱく坊主かよ。
「この村にはのぅ、100年以上も団子や大福を作っているババァがおってのぉ、この村の子供たちに親しまれているそうじゃ……ウッ、餅が喉に……!」
イーナスは年寄りみたいなモノマネとともにひと息で大福を飲み込み、一人芝居をしている。
「大丈夫、おばあちゃん? 落ち着いて、お紅茶を飲んで……でも100年って、すごいね……ゲームと同じくらい歴史があるんじゃ……」
モフモフと大福を食べながら、小芝居に付き合ってあげているコリン。
「そうじゃのう、かつては国王に献上したこともあるそうじゃ……ところでコリンさんや、今日のパンツは何色かのう?」
「もう、おばあちゃんったらすっかり物忘れがひどくなって……今日はお気に入りの……って、何を言わせるの! イーナスちゃん!」
「いつもの純白かい……ヒッヒッヒッヒッヒッ……!」
「も、もう! 言わないで、イーナスちゃんっ!」
コリンはイーナスの口を押さえながら、なぜかしきりに俺のほうを気にしていた。
目が合うと、瞬間湯沸かし器のようなスピードでカァーッと赤くなる。
俺はそれよりも、イーナスの別の言葉のほうが引っかかっていた。
「……この大福……100年の歴史があんのか……」
でも、それが納得いくほどのうまさだ。
甘い粒あんに、もっちりとした餅が絡むとほどよい甘さになって……甘いのが苦手なヤツでもグランみたいにパクパクいっちまう。
かといって控えめすぎるということもなく、コリンのような甘い物好きも満足できるように絶妙なバランスを保っている……!
「こりゃ、完璧だな……!」
思わず口に出すと、三人娘も次々と賛同する。
「はい、わたしもそう思います。まるで、レイジさんの『ゴブリンストーン』のようです」
「でもこの大福と同じと考えると、もう手の入れようがないんじゃねぇか、と思っちゃうよなー」
「手を入れるのはヤボ。入れるにしても、まずはマッサージするようにやさしく……」
「悪いな、イーナス……俺はこーいう完璧なものを見ると、なにが何でも手を入れたくなっちまうんだ……」
「あの、よくわかりませんけど、やさしくマッサージをしてからのほうがよいのではないですか?」
「コリン、お前もそっちに乗ってくな。……お前ら、この大福は本当にこれ以上、手を入れるところがないと思っているのか?」
揃って頷き返してくる三人娘。
「俺はそうは思わねぇな。この一分の隙もないように見える大福にも、まだまだパワーアップの余地がある……! 俺の『ゴブリンストーン』と同じで……!」
「そーかぁ? じゃ、パアーアップさせてみろよ、うりうり」
隣にいたグランが、粉まみれの指先で俺の頬をつんつんしてくる。
「お茶も満足に入れられないレイジがやったところで、青汁ドーナツクラスのものができるだけ、ゴリゴリ」
フルーツのカゴからバナナを取っていたイーナスは、ヘタの先っちょで俺の頬をつんつんしてくる。
「あ、あの……わたしは、レイジさんができないというより、どなたもできないと思います」
「なんでそう思うんだ?」
「だって、あのエルフのおばさんは100年間ずっと大福を作り続けていらしたんですよね? ひとつの大福は時間もかからずできると思うのですが、その大福には100年もの時間がかけられているのだと、わたしは思います」
赤みの残る顔で、まっすぐ俺を見つめるコリン。
「レイジさんはお父様の『ゴブリンストーン』を1日もかけずにパワーアップさせてくださいました。でもそれは1日ではなく、レイジさんがゲームクリエイターをされていた年数分の蓄積があってこそだと思うのです」
「……なるほど、一理あるな。だがな、俺はゲームクリエイターとして過ごしてきた年月に、あぐらをかくつもりはねぇ。なぜならば、ゲームってのは……たったひとつのアイデア、たったひとつの技術革新で、すべてが過去になるものだからだ……!」
俺は三人に言い聞かせながら、フルーツのカゴからイチゴをひとつ取った。
「お前らはこれからゲームクリエイターとして生きていくなかで、多くの完璧なゲームに出会い、またお前ら自身も完璧なゲームを作ることだろう。だが、完璧という名の高い壁に怯むな……! どんな高くて頑丈な壁でも、絶対に穴は開けられる……! そして壁の上で、あぐらをかくな……! むしろより高い壁をめざして突き進め……!」
俺は真ん中から割った大福の中に、イチゴをねじ込み、そしてふたたび閉じた。
それを三つ作り上げると、三人娘にぞれぞれ手渡す。
「これが、俺の答えだ……! さぁっ、食ってみろ……!」
しかし、三人は苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
「うえぇ……なんで甘い大福とすっぱいイチゴを組み合わせるんだよ……こんなの絶対にまずいに決まってるじゃねーか!」
「それ以前に、レイジが素手でベタベタ触った大福を食べるなんて、罰ゲームクラス」
「くっ……! いーから食ってみろって! 絶対うまいから!」
しかし、グランとイーナスはコリンみたいにイヤイヤと首を振る。
この野郎……! と思っていると、見かねたコリンがようやく口に運んでくれた。
最初は困りはてたような顔のコリンだったが、ひと口食べた瞬間、
「ん……! んんっ……!? こ、これ、おいひいれす……!」
驚きに目を見開いた。
気を遣って言っているのではないことは、誰の目から見ても明らかだった。
コリンは食べながらしゃべるようなことはしない。必ず飲み込んでから口を開くんだ。
そんな上品なお嬢様が、口に大福を入れたまま感想を述べたんだ……!
「大福の餡の甘さと、イチゴのすっぱさが一体になって……でもお互い邪魔をせずに、引き立て合っています……! 甘いのにすっぱい、すっぱいのに甘い……! 食べているときはこってりしているのに、後味はさわやか……! こ、これは……間違いなくパワーアップしています……!」
評論家のようにまくしたて、夢中になって味わい、咀嚼したあと……すぐに大福とイチゴを手に取り、自分でもこさえはじめた。
その姿を見て、半信半疑な様子だったグランとイーナスも大福にかぶりつく。
ふたりして、ソファの上で飛び上がった。
「う、うんめぇーーーーーっ!?!? な、なんだこりゃ!? コリンの言うとおり、甘いのにすっぱい……! でもうめぇ!? なんでだ、なんでだぁーっ!?」
「あ、ありえない……! 餡とフルーツなんて、同じ食べ物でもやおいと八百屋くらい違うものなのに…、こんなに合うなんて……! むしろ逆にエロく、いや、美味しくなっている……!?」
「……どうだ、これでわかっただろう? 完璧って言葉が、いかにアテにならないか、ってことが」
三人とも、もう聞いちゃいねぇ。
誰もが新たなイチゴと大福を掴み、もう一個作ろうとしている。
俺はそれを手で遮った。
「……ちょっと待て、まさかお前ら、このイチゴと大福を組み合わせたヤツが、完璧だと思ってるんじゃねぇだろうな?」
「こ、これでもまだ、完璧ではないのですか……!?」
「そ、そんなバカなことがあるかよ……!? これ以上、パワーアップの余地があるってのかよ……!?」
「人間は貪欲というが、レイジはその比ではない……! 名付けるならドドン欲……! 本当に恐ろしい子……!」
テレフォンショッピングの観客のように、大げさな驚きを見せる三人娘。
「……イチゴと組み合わせてうまいんだったら、他の果物と組み合わせたら、もっとうまいんじゃないか……そうは思わねぇか?」
俺の一言に、ハッとなる三人娘。
イチゴをいったん置いて、思い思いの果物に手を伸ばした。
そうだ、それでいいんだ……!
うまいかどうかわからねぇけど、手当たり次第に試してみる……!
それこそが完璧を打ち破るための、第一歩なんだ……!
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