31 成果物チェック
発注をすべて終えた俺は、村の店をひやかしながらノンビリと帰宅する。
途中で団子屋を見つけ、うまそうな大福が売っていたのでお土産としていくつか包んでもらった。
店員の少女は、昨晩俺の寝室に夜這いに来た美少女のひとりだった。
村で大福を売る、エルフの美少女精鋭……。
寿司職人の姿を借りる、ブロンド美女スパイみたいな妙な取り合わせだなと思った。
大福の詰まった紙袋を抱えてゲーム制作の工房に戻ると、つかみ男ならぬ、つかみ女と化した三人娘から取りつかれる。
「どこ行ってたんだよレイジ! ウッハウハでガッポガポのネタができたから、とっとと見やがれ!」
丸めた羊皮紙で右頬をツンツンしてくるグラン。
「ズッポズポでグッチュグチュ」
水気の多そうな擬音を連呼しながら、左側の頬をつつくイーナス。
「えっと……ぽんぽこりんで……えーっと、えーっと……」
ふたりの真似をしようとして、ひとつしか言えてないコリン。
俺は三人から紙をひったくり、その場でチェックをはじめる。
まずはコリンのアイデア。
「なになに……遊び終わったあと、好きな額を入れてもらう……?」
するとアイデアの主は澄んだ瞳で胸に手を当て、こう答えた。
「はい。1プレイしていただいたあと、お好きな額を入れていただくのです」
「なんか募金みてぇだな」
「はい。教会の寄付金をヒントにいたしました」
「ってことは満足いかないと思ったら、1¥すら払わなくていいってことか?」
「はい。でもレイジさんのゲームはとても素晴らしいので、みなさん喜んで払ってくださると思います」
夢見るようにうっとりと、頬に手を当てるコリン。
……うーん。
どうもコイツは、世の中の人間みんなが善人だと思ってるようなところがあるよなぁ……。
でも、まぁ……新しい試みではあるかもしれねぇな。
つぎにグランのアイデアに目を通す。
「えーっと、コインシューターの入り口を大きくして、コインを遠くから投げさせて、うまいこと入ったらゲームが始まる……?」
アイデアの主は、得意気に胸をドンと叩いた。
「おうっ! お祭りの輪投げをヒントにしてみたんだ!」
「そうか、『ゲームが遊べる』のが景品になってるってことか」
「おうよ! 一発で入りゃたったの100¥で遊べちまうんだ!」
……うーん。
遊べちまうんだ、って言われても……なんか反感を買いそうな気がするんだよなぁ。
それに、ゲームの楽しさを知ってる相手になら通用すると思うんだが、新しい客はやってくれるだろうか……。
まぁ、これもコリンのアイデアと同じで、試してみる価値はあるかもしれねぇなぁ。
最後はイーナスのアイデアだ。
「なになに……1プレイ100¥に加え、プラス1000¥でチアガールの応援つき……?」
その文章の横には、筐体の横で足を高くあげているコリンの姿が描かれていた。
アイデアの主は「イヒヒ」と嫌らしく笑う。
「さらに1000¥ごとに、スカートの裾が1センチずつ短くなっていくよ」
……俺は頭を抱えた。
そして心を鬼にして、羊皮紙を丸めてゴミ箱に放りこんだ。
「ああっ!?」と驚く三人娘。
「全部ボツだ。考え直せ」
「なんでだよ!? なにがいけなかったんだよ!?」
予想どおり、グランが食ってかかってくる。
「少しはマシになったかと思ったが、俺の勘違いだったようだな。お前たちの頭の中は、王国の貴族たちとなんら変わりねぇ……! ゲームの外にばかり気を取られやがって……! 俺が言いたかったのはそうじゃねぇんだ!」
「あの……レイジさんは、ゲーム自体に変更を加えろとおっしゃっているのですか?」
コリンがそっと手を挙げながら尋ねてくる。
俺の語気が荒かったので、少し怯えているようだ。
「そうだ。上っ面をいじるのが悪いとは言わねぇが、そのアイデアしか出てこないことは大いに恥じるべきだ。中と外、どっちもブッ壊すようなのを考えてこそ、クリエイターってもんだろうが……!」
「そんな、レイジさんのお考えになったゲームは完璧です! 変えるところなど、どこにも……!」
俺が睨みつけてやると、コリンは途中で黙りこんでしまう。
それをいじめたと勘違いしたのか、イーナスが鋭い声で割り込んできた。
「では、レイジのアイデアを聞かせてほしい。そこまで言うなら、きっと素晴らしいアイデアがあるはず」
やれやれ……やっぱこうなるのか……。
俺は、後頭部をボリボリ掻く。
そして、大きなため息をついた。
「はぁ……俺のネタは最初には出したくなかったんだが……しょうがねぇなぁ……」
俺は黒板の前まで歩いていき、チョークを走らせた。
『ゴブリンストーン』改正案
内部の変更点
・ゲームをカラー画面に
・エフェクトを入れる
・敵の種類を増やす
・ステージ制にする
・得点制にする
・ゴブリンの反撃を入れる
・残機制にする
外部の変更点
・コントローラーの改善
「……全部ではないが、俺は『ゴブリンストーン』をこう改良すれば、より面白く、そしてより1プレイの価値が高まると考えている」
しかし、三人娘はキョトーンとしていた。
『ゲームをカラー画面に』と『エフェクトを入れる』という改善点だけは理解してくれたようだが、他はさっぱりのようだ。
ひとつひとつ説明を説明するたび、工房から絶叫があがった。
「ええっ!? 敵の種類を増やすって、ゴブリンさん以外にも敵を出すということなのですかっ!? やっつけたくなるような敵が、いま以上に増える……!? まったく考えも及びませんでした……!」
「ステージ制って、敵を全滅させるたびに敵が強くなって、ゲームが難しくなってくってことか!? それすっげえじゃん! どこまでやれるか、すっげえ挑戦したくなる!」
「ゴブリン1匹倒すたびに、得点が入る……? そして、その合計得点でランキングがされる……? 芸術作品に競技性を持ち込むなんて……レイジ……恐ろしい子……!」
そして三人が腰を抜かすくらいビックリしていたのは、『ゴブリンの反撃を入れる』ということと、『残機制にする』ということだった。
「ゴブリンさんが反撃してくるということは、自機と同じように、弾を撃ってくるということですかっ!?」
「そうだ」
「受けたらどうなるんだよ!? ゴブリンと同じように消えちまうのか!?」
「そうだ」
「それは、あまりにも早く終わりすぎる。100¥払っていきなり攻撃を受けてしまったら、制作者を末代まで祟りたくなるレベル」
「だから残機制にするんだ。3回までなら攻撃を受けてもオーケーとする」
「さ……3回まで……!? そんなのアリかよっ!?」
「で、でも……それなら、遊んでいる方も納得がいくと思います……!」
「ちゃんと考えられているだなんて……悔しい……でも、感じちゃう……!」
三人はひととおり理解してくれたようだ。
コリンはしばらく逡巡したのち、意を決したように手を高く挙げた。
「……はい! レイジさんっ!」
「どうした? コリン?」
「レイジさんのアイデアは本当に素晴らしいと思います……! でも、ここまで手を入れるとなると、レイジさんが完成させた『ゴブリンストーン』とは全然違うものになってしまいます……!」
「それになんの問題があるんだ?」
「わたしはレイジさんの『ゴブリンストーン』を、すでに完成された、この世でいちばんの芸術品だと思っています。それに手を入れるのは、必要ないというか、その……」
「……なんで必要ないと思うんだよ?」
「だって……! レイジさんの『ゴブリンストーン』は多くの貴族、そして王族の方々を今もなお愛されています……! もう、十分すぎるくらいに……! きっと、この村に訪れた多くの観光客を魅了するのも間違いないと思います。そのままでも十分なものを、どうして……? わたしには、理解できません……!」
「実をいうと、アタイもそう思ってた」「自分も」
……俺は、三人のアイデアが外部をいじるものばかりだった理由を理解した。
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