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異世界ゲームクリエイター  作者: 佐藤謙羊
ゲームで村おこし編
23/47

23 そして温泉へ

 ゴブリンが撃退され、主だった被害がないことが村長のヒューリに報告されると、村はピリついた日常を取り戻した。


 きっと一時の平穏なのだろう。

 見張り台の打鐘が、カーンカーンと時報のような間隔を持って響き渡る。


 矢を撃っていたエルフたちは、雑技団のような揃った動きでひらりと石垣から降りると、何事もなかったように仕事に戻っていった。


 ヒューリは改まった様子で俺たちのほうに向き直ると、



「皆様、村にお越しいただいた早々、驚かせてしまって申し訳ございませんでした」



 深々と頭を下げてきた。

 頭の動きにあわせて、艷やかな光沢が髪を移動する。


 美女ってのは頭頂部までキレイなんだなぁ、なんて思っちまった。

 俺は髪の分け目に向かって話しかける。



「いや、お前のせいじゃないだろ。それよりも、この村はいつもこんな調子なのか?」



「はい。このハルム山脈は、以前は動植物の豊かな山々でした。ですが、ゴブリンが棲みついてからというもの、森は焼かれ、動物たちは無益に殺され……山の半分ほどが焼け野原となってしまいました」



 ヒューリは頭を下げたまま答えた。


 村の入り口はたしか南側にあって、ゴブリンが攻めてきたのは北側……。

 ってことは、北から南に少しずつ侵攻してきているのか……。


 駅のまわりは緑が豊かだったのに、石垣から覗いた先は荒れ地だった理由が理解できた。



「いまではこのあたりの山々は『ゴブリンの楽園』などと揶揄されるほどに、ゴブリンたちが繁殖してしまいました。彼らはこの山を支配したいのでしょう。唯一の人間が住む我々の村を、毎日のように脅かしているのです」



「なんだ、だったら別のトコに引っ越せばいいじゃねーか」



 背後から無粋なツッコミが入る。

 いくら俺でも、さすがにそれはねぇだろ、と思っちまった。



「おいグラン、理屈ではそうだが、故郷はそう簡単に捨てられるもんじゃねぇだろ」



「そうかー? アタイは故郷なんてなくたって、どーでもいーけどなー?」



 いつの間にか(おもて)をあげていたヒューリは、俺とグランの顔を同時に見つめながら言う。



「……この村で生まれた若いエルフたちもそのようですね。皆、成人したら村を出ていきます。山と温泉しかない村に、未練などないのでしょう。これも……時代というものかもしれませんね」



 その目は、ここではないどこか遠くへと向けられているようだった。



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 それからヒューリは、ひととおり村の中を案内してくれた。

 俺はシャリテ以外の女性陣を身体にまとわせていたので、登山よりもついていくのが大変だった。


 ハルムの村の主な産業はふたつ。


 ひとつめは精霊素材の産出。

 ハルム山脈には地・炎・風・水の四つの霊峰があり、それぞれの精霊をふんだんに含んだ素材が取れるという。


 それらを加工して輸出しているのだが、素材に含まれる精霊が多すぎるのがネックとなって、調子はあまり良くないそうだ。


 精霊素材というのは、含有する精霊が多いほうが高い性能を発揮するんだが、それに見合う仕事を与えないと中の精霊たちが飽きてしまい、ストライキを起こして機能不全に陥ってしまうらしい。


 なので村にある作業場で、精霊の量を適正に減らしてから出荷するらしいのだが、それがかなりの手間なのだそうだ。


 精霊にそんな面倒くさい特性があるとは知らなかった。

 しかし……これは興味深い話でもあったので、あとで詳しく調べてみることにする。


 ふたつめは温泉を利用した観光産業。

 村の近くには水精の霊峰があり、そこは掘れば出るという豊かな湧水を擁しているそうだ。


 温泉のほうは薬効もあるので、昔はそれなりに観光客が訪れていたらしい。

 しかし駅から遠いうえに、ゴブリンの襲撃被害が重なって……今では閑古鳥。


 それにともない駅の利用者も激減し、『ハルム山脈駅』の廃駅も検討されているという。



「こちらが、温泉への入り口です」



 そうヒューリから案内されたのは、村のはずれにある洞窟だった。


 入り口には、革鎧に身を包んだ八名の美少女エルフたちが待っていて、俺たちが近づくなり一斉に跪いた。



「それでは皆様、次は温泉へとご案内いたします。村の外に出ますが、彼女たちがしっかりとお守りいたしますのでご安心ください」



 ヒューリがそう言うなり、見目麗しい少女たちは要人警護のように俺を取り囲んだ。


 俺の前面にはグズるコリン、背面には温泉と聞いてはしゃぐグラン、右側には抜け殻のようになっているビリジアン、左側には人なつこい幽霊のようなイーナス。


 そのうえにさらに美少女エルフたちに囲まれるなんて、前代未聞の状況だった。

 四方八方から漂うフェロモンが、一層濃くなったような気がする。


 シューティングゲームのフル装備でもこんなにはならんだろ、なんて思いながら、先頭を歩くヒューリとシャリテについていくだけで精一杯だった。



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 洞窟の中はひんやりと冷たい。

 天井や壁からは水が染み出し、緩やかな下り坂になっている地面をつたい流れている。


 でも床にはスノコみたいなのが敷かれていたので足元が濡れることもなく、歩きにくさもそれほどではなかった。

 このへんは観光客用に配慮されているらしい。


 しばらく進んでいくと視界が開け、薄霧たちこめる広い場所へと出た。


 周囲を高い崖に囲まれていて、見上げるとてっぺんには縁取るように木々が生えている。

 どうやらここは、谷間にある温泉のようだ。


 谷の中はパーテーションのような一枚岩で区切られていて、『男』『女』と彫り込まれている。

 その壁の向こうからは、できたてのラーメンみたいな白い湯気がたちのぼっていた。


 急に温度と湿度があがり、硫黄の匂いが鼻をつく。

 女体ギプスに加えての坂道トレーニングで、ただでさえ息苦しかった俺は窒息死しそうだったが……どうやらここがゴールのようだな。



「どうぞ、性別が書かれているほうへとお進みください。私はここでお待ちしておりますので、ごゆるりと旅の疲れをお癒やしになってください」



 パーテーションの間にある、暖簾(のれん)のかかった入り口を手で示すヒューリ。


 やれやれ、これでようやく女どもから解放されるか……。


 ここでようやくビリジアンはショックから立ち直り、「いっ、いつまでくっついてんのよっ!? ふしだらだわっ!?」とここまで運んでやった恩人である俺を、突き飛ばしてきやがった。


 なんだよと思っていたら急にしおらしくなって、



「でっ、でも、ありがと……」



 とだけ言って顔を伏せ、首筋まで真っ赤にしながら逃げていく。


 なんだありゃ、と思っていたら、思いっきり『女』の壁に激突していた。

 まさになんだありゃ、だ。


 「こんな外でお風呂に入るの!?」とシャリテは抵抗を感じているようだったが、コリンが入ることを決意していたので、渋々ながらも一緒に入る覚悟を決め、『女』の入り口へと消えていく。


 俺はひとりで『男』の暖簾をくぐった。

 中は岩壁の脱衣所になっている。


 女性陣のキャアキャアとはしゃぐ声を壁越しに服を脱ぎ、備え付けの脱衣カゴに入れる。

 岩をくり抜いて作ったロッカーにカゴを放りこんだあと靴を脱ぎ、ヒタヒタと足を鳴らしながら温泉へと向かった。


 温泉マークの暖簾をくぐると、むわっとした蒸気が素肌にまとわりついてくる。


 煙でよく見えなかったんだが、先客がいるようだ。

 湯船の前の洗い場で、五人ほどのヤツらがたむろしている。


 そりゃそうか、貸し切りってわけじゃねぇもんな。


 しっかし……どいつもこいつも細っちい身体してやがんなぁ。

 顔は見えないけど、まるで女みてぇじゃねぇか。


 髪を編み上げてるから余計にそう見える。

 エルフの男ってのは、こんなにうなじが白いのかよ。


 それに肩も細くて、腰は花瓶みたいにくびれてやがる。

 ケツなんて、それこそ剥きたての卵みたいにぷりんとしてて……。


 心の中で実況していると変な趣味に目覚めちまいそうだったので、慌てて振り払った。

 相手は野郎なんだと言い聞かせ、人垣に近づく。



「ちょいとごめんよ。入らせてくれ」



 両手で押し開くようにして、男たちの間に割って入ろうとすると……誰もが振り向いた。

 その拍子に、手が近くにいた男の胸に当たる。



 ……もにょん。



 俺の手のひらは、世界一受けたい授業……じゃなかった、世界一触りたい物体によく似た感触に包まれていた。

 片方は薄いタオルごしではあるが、間違いない。


 この手に吸い付いてくるような感触と、マシュマロのような甘い弾力……。

 あれ? なんか気色悪いはずなのに気色いい。


 俺はとうとう、ソッチに目覚めちまったのか……?


 「ひ……!」と息を飲む声が聞こえたので、顔をあげてみると……。


 そこには、唖然とした表情のシャリテと、この世の終わりのような表情のビリジアンがいた。

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