22 ハルムの村
ハルムの入り口は、村というよりも砦を思わせる石門によって塞がれていた。
こんな山奥にあるから、てっきり森の熊さんと一緒に暮らしているような長閑なところだと思ったんだが……想像と全然違う。
門は固く閉ざされていたが、村長のヒューリが合図をするとズズズズと重苦しい音とともに横にスライドする。
「さあ、どうぞ、中へとお進みください」
ヒューリに招き入れられるように門をくぐると、いきなりバリケードが出迎えてくれた。
先を尖らせた丸太を組み合わせて作ったガチのやつだ。
しかもそのまわりには武装したエルフたちがいて、よそ者を見るような鋭い視線を投げかけてくる。
しかしヒューリの存在に気づくと、あっさりと道を開けてくれた。
エルフたちの前を通り過ぎる時に、申し訳程度に頭を下げられる。
ふたつの関門を突破してようやく入村。
しかし村の中は村の中で生活感はあるものの、どこか疲れたような、退廃的な雰囲気が漂っていた。
そして冷たい感じがする。
来るまでにはあれほどあった木々が一切なく、どこも石でできているせいだろうか。
それに通りすがりの村人たちの反応も、歓迎しているとは言い難かった。
シャリテに鈍い鈍いと言われている俺でも、さすがにわかるほどに。
俺の連れである女性陣は、捕虜になったかのように不安そうだ。
いつも眠そうな目をしているイーナスと、鷹の目のようなビリジアンを除いて。
我が家の女騎士サマは、城でもないのに自分と同じ格好をしているヤツらが大勢いるのが気になったようだ。
「あの、ヒューリさん。村人たちはかなり武装しているようですが……何か起こっているのですか?」
するとヒューリは、ビリジアンのほうを向いて膝を曲げ、身体全体で頷いた。
「はい、ビリジアン様。おっしゃるとおり、戦の最中でございます。でもお気になさらず、この光景は村の日常でございますから」
「それは変です。この平和なパンダンティフで戦が起こっているなど、聞いたことがない ……」
言葉の途中で、ハッと息を飲むビリジアン。
「あっ、もしや、レントローレンと……!?」
レントローレンというのはパンダンティフ王国の北側にある隣国だ。
ハルム山脈を堺にしているので、もしかしてそことモメてんのか?
しかしヒューリは、腰を捻って上半身ごと左右に振った。
「いいえ、ビリジアン様。相手は人間ではございません。ゴブリンでございます」
「ゴブリン……この山には、ゴブリンがいるのですか?」
「はい、ビリジアン様」というヒューリの言葉は、見張り台の怒声によって遮られた。
「……出たぞーっ!!」
カンカンと村に響き渡る打鐘。
瞬間、村人たちが一斉に動き出す。
子供たちはつむじ風のような速さで近くの家へと駆け込み、大人たちは鐘の鳴っている方角に疾風のように向かっていく。
誰もが丘を吹き上げる風のような勢いで、軽やかに石垣をよじ登っていた。
エルフは非力だが、聡明で身軽といわれている種族だ。
ルックスとプロポーションも良いので、石垣を登るという動作も異様にサマになっている。
てっぺんでサーカスのように横一列になると、背中に携えた弓を取り出し矢をつがえ、ビュンビュンと射ちまくっていた。
その様子を仰ぎ見ていたビリジアンは、「まさか、そんな……!」と信じられない様子だ。
もっと近くで確かめようと、最前線に向かって飛び出していった。
イーナスも同じく興味をそそられたのか、後に続く。
ふたりともヒューリが止めるのも聞かず、あっという間に走り去ってしまった。
「おい、レイジ! アタイたちも行ってみようぜ!」
背中のグランがたまらない様子で身体を揺さぶっていたので、俺もしょうがなく石垣のほうへと向かった。
背後からコリンとシャリテの制止する声が聞こえたが、大丈夫だ、と手を振り返しておく。
石垣を登ろうとして何度もずり落ちているビリジアンを横目に、石の隙間から覗いているイーナス。
俺に気づくと「イッヒッヒッヒ」と嫌らしい笑い声で手招きしてきた。
どうやら、例の占い師モードに入っているようだ。
「見てごらんよ、この水晶玉を……! 事案発生だよ……! 小さな子たちがよってたかってズッポリやられて、大切なところが血まみれになっているよ……!」
この状況からいって、壁の向こうの光景はだいたい想像つくのだが、つい期待してしまうのが男の悲しい性だ。
グランとともに奪い合うようにして覗き込んでみると……。
そこには、樹木どころか草も生えていない荒れ地が広がっていた。
松明や木の板を手に手に、わらわらと向かってくるゴブリンども。
緑色の肌に、コウモリのように尖った耳と牙。
血走った目にデカ鼻と、どいつもこいつも凶悪なツラをしてやがる。おまけにハゲ頭。
俺は本物のゴブリンを見るのは初めてだったが、ゲームの敵になるのも頷けるほどの憎たらしいビジュアルだと思った。
それに、噂どおり背が低い。まるで小さいオッサンのようだ。
次々と矢の餌食になり倒れていくが、後続が屍を乗り越え村へと迫ってくる。
とうとう近くまで来たゴブリンが、額を撃ち抜かれながらも松明を投げ放った。
それは石垣のエルフたちの頭上を越え、村に飛び込んでくる。
俺たちのすぐ後ろにボトリと落ちたが、まわりに燃えるものがなかったのと、すぐに駆けつけたエルフによって踏み消されたので、石畳を焦がす以上の被害はなかった。
他にも数本の松明が投げ込まれたようだが、大きな問題はなかったようだ。
俺はこの村の厳戒態勢と石だらけの景観、さらにはまわりが荒れ地である理由を理解した。
そして、どこか疲れているような人々の空気も……。
この村は日常として、こうやってゴブリンの襲撃を受けているんだろう。
村の中が石造りなのは、外の荒れ地みたいに燃やされないようにするためなんだろうな。
結局、ビリジアンは石垣を登れなかったようだ。
燃え尽きたボクサーのように壁際にへたりこんでいたので、助け起こす。
登山に加えて壁登りで足に来ているのか、もうフラフラだ。
やれやれ、しょうがねぇな……と歩くのに肩を貸してやる。
いつものコイツだったら真っ赤な顔をしながら跳ね除けてくるんだが、今日はめずらしく何も言わずに寄りかかってきた。
「まさか……平和なパンダンティフ王国に、こんな村があっただなんて……」
としきりにつぶやいている。
どうやら、ゴブリンたちの襲来がかなりショックだったようだ。
ビリジアンと二人三脚のようにして歩き、皆のいる場所にヨタヨタと戻ると、真っ先にコリンから叱られてしまった。
このお嬢様は俺を追って飛び出そうとしていたが、シャリテに腰を抱かれて止められてしまったようだ。
「レイジさん……! 危ないことはしないでください……! 松明がレイジさんに当たるのではないかと、気が気ではありませんでした……! もしレイジさんにもしものことがあったら、わたし……わたし……! うっ……うううっ……うぇぇぇぇ……!」
溺れんばかりに瞳をウルウルさせているコリン。
最初は泣くのをなんとか堪えていたようだが、とうとう嗚咽を漏らしてしまった。
途中でシャリテの拘束が外れ、ぼふっ! と俺の胸に飛び込んでくる。
これで俺の背中にはグラン、右肩にはビリジアン、そして胸にコリン。
唯一フリーだった左腕にもイーナスがしがみついてきた。
「せっかくだから」とのこと。何がせっかくなんだよ。
こうしてくっつかれるのはもう慣れてきたからいいんだが、しかし泣かれるのだけは慣れねぇ……!
胸の中でエンエンいってるコリンの頭を撫でて落ち着かせようにも、両手が使えねぇし……!
俺はどうしていいかわからず、シャリテに助けを求めたんだが「コリン様を心配させた罰です。そのまましばらく立ってなさい」とにべもない。
って、宿題を忘れたガキかよ……!
俺は四人の少女にまとわりつかれたまま、コリンが泣き止むまでの間、道の真ん中で立ち尽くしていた。
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