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異世界ゲームクリエイター  作者: 佐藤謙羊
ゲームで村おこし編
21/47

21 温泉旅行

 このところ、めっきり朝の日差しがまぶしくなってきた。

 流れゆく景色も、目に痛いほどのに緑色に輝いている。


 列車は街を出てかなりの距離を走ったようで、のどかな山あいに入った。

 俺は窓越しに、匂いたつような森を眺めていたのだが……それも飽きてきて、車内に視線を移す。


 向かい合わせの座席には、メイドと女騎士。

 メイドは多忙な日々から解放されているせいか、穏やかな表情。女騎士にいたってはムッツリしている。



「シャリテ、ビリジアン……お前ら、なんでいつもと同じ格好なんだよ。せっかくの休みなんだから、もっとオシャレしてくりゃよかったのに」



 すると、いつものメイド服に身を包んでいるシャリテは、ふっと微笑んだ。



「私はコリン様の付き添いだから……いまもいちおう仕事中よ? それにレイジくんも、いつもの執事服のままじゃない」



「ああ、俺はどこに行くにもコレだからいいんだよ。それにオシャレしたところで、喜ぶヤツもいねぇしな」



 するとシャリテは、チラと横目で隣を見たあと……「そんなことないと思うけど」と言った。

 シャリテの隣にいる、鎧をまとう女騎士……ビリジアンは、ムッと眉間にシワを寄せる。



「レイジくん、いま休みって言った!? だったらなんで私まで連れてきたのよ!? 休みならセンティラス様のおそばにいたかったのに! リハビリが順調だから、『ブリーズボード』も『ノーマル』で遊べるようになったのよ!? それにお付き合いしようと思ってたのに……!」



「お前はネステルセル家のお茶くみ係だろ? 旅行先でもお前の入れたお茶が飲みたかったから、連れてきたんだよ」



 するとビリジアンは、豆鉄砲をくらったみたいに何度も瞬きしたあと、



「え、ええっ……!? そ、そんなに私のお茶、気に入ってくれたの……?」



 まんざらでもなさそうな顔をした。



「ああ、もちろんだ。話してたら飲みたくなったから、さっそく一杯入れてくれないか? そろそろ三人娘も戻ってくるだろうし」



「う……うんっ」



 ビリジアンは急に素直になって、いそいそと水筒を取り出す。

 座席の間にあるテーブルに、紙コップをいくつも並べ……人数分のお茶の準備を始めた。


 最初は杓子定規で融通のきかない女だと思っていたのだが、シャリテのアドバイスに従うようになってからは、コイツとの衝突もだいぶ少なくなってきた。


 ちなみに今回のこの旅行も、シャリテのアドバイスに従って計画したものだ。



「でもレイジくん、なんでハルムの村に行きたいだなんて言い出したの? 領主としての対応だったら、まず村長を呼びつけるのが普通なのよ?」



「いや……お前が教えてくれたじゃねぇか、コリンと一緒に出かけてやれって」



 俺が『ブリーズボード』の制作をしていたころ、シャリテに「コリンが喜ぶこと」を尋ねたことがあったんだ。


 シャリテは「コリン様が行きたがるところに、一緒に行ってあげる。それだけでお喜びになるわ」と教えてくれた。


 その後、『ブリーズボード』の献上も終わったので……俺はスタッフの労をねぎらう意味も込めて、コリンに行きたいところを尋ねてみたんだ。

 そしたらコリンは「いちど温泉というものに入ってみたいです」と答えた。


 それで俺は気づく。そういえばコリンって、風呂好きだったんだよな……と。


 コリンは朝昼晩と、三回は風呂に入るほどの無類の風呂好き。

 没落貴族だった頃とは違い、いまは24時間風呂が沸いているので、多い時には五回も入ることがあるそうだ。しずかちゃんかよ。


 まぁなんにしても、温泉をご希望だというなら連れて行ってやるとするか……。

 なんて思っているところに、例の領土の話が舞い込んできた。


 ハルムの村には温泉があるって聞いたから、視察ついでに行ってみることにしたんだ。


 ……事のいきさつを聞き終えたシャリテは、ようやく合点がいったように溜息をつく。



「はぁ……そういうことだったのね……。レイジくんにはオブラートに包まずちゃんと言ったほうが良かったのかしら。アレはそういう意味じゃなくて、コリン様とデートなさいって意味だったのに……。これじゃ、ただの領土視察じゃない」



 すると、水筒の紅茶を紙コップに注いでいたビリジアンが「デートですってぇ!?」といきなり立ちあがった。

 委員長と化したヤツが立ちあがった瞬間、こぼれた紅茶がかかってきて、俺は話どころじゃなくなっちまう。



「あちぃーっ!?」



「結婚もしてない男女がデートだなんて、ふしだらよっ!? まさかレイジくん、シャリテさんとデートするつもりなのっ!? そんなの絶対ダメよっ! ダメダメ!」



 テンションを間違えた未亡人朱美ちゃんみたいに、グイグイと迫ってくるビリジアン。

 蓋が開けっ放しのポットを、傾けたままにしているせいで……俺の下半身に熱い紅茶が容赦なく降り注ぐ。



「あちちちちちちちっ!? おい、熱い熱い! 熱いって!?」



「お、落ち着いて、ビリジアンさん!」



 家族用の個室席で、他のどの家族よりも大騒ぎしていたら……駅弁を抱えた子供たちが戻ってきた。

 子供たちは最初、何が起こったのかわからず固まっていたのだが、



「レイジの股間、びっしょびしょ。黄色と白、どっちのおしっこ?」



 とイーナスがつぶやいた途端、大騒ぎしだす。



「漏らしたー! レイジがションベン漏らしたぞぉーっ! くっせぇーっ! ションベン以下、おしっこ以上のニオイがプンプンするぜぇーっ!? おもらしっ子だぁーっ!!」



「大丈夫ですか、レイジさん!? すぐお拭きしないと……! あっ、じっとしててください……!」



 廊下に向かって喧伝しだすグランと、ハンカチを取り出して迫ってくるコリン。


 周りの客が何事かと覗き込んでくるほど、俺たちの席は大騒ぎになった。



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 俺たちは山の中にある無人駅で、列車を降りた。

 多くの乗客は山を越えた先にある隣国を目指しているようで、その駅で降りたのは俺たちだけだった。


 駅前には店どころか、人っ子ひとりいない。

 それどころか最初に出会ったのが野生のキツネという、筋金入りの山奥だった。


 まわりはうっそうと茂る森。

 唯一文明を感じさせるのは、足元にある申し訳程度の(わだち)のみ。


 少々のことでは動じないシャリテも、「レイジくん、本当にこの駅で合ってるの?」と不安そうだ。



「ああ。この『ハルム山脈駅』で間違いないはずだ。村長には、迎えに来るように手紙を出しといたんだが……」



 俺はおのぼりさんのようにキョロキョロと見回し、あたりを探してみる。

 すると……森の中に、両手を翼のように広げて立っているひとりの女性を発見した。


 銀髪の長髪と、ほっそりとした耳を風に揺らしている。

 しなやかな腕や肩、そしてアンバランスな大きさの胸には小鳥たちが止まっており、ちょっとそこ代われなんてナチュラルに思っちまった。


 整った顔立ちをほころばせ、乗せた小鳥たちと会話しているその姿。

 もし男だったら役立たずのカカシのように映っていただろうが、美女ともなると一枚の絵画みたいにキマってる。


 声をかけるのも忘れ、見とれてしまうほどの美しさ。

 同性である他のメンバーも「ほぉ……」とうっとりした溜息をつくほどだった。


 美女は俺たちに気づくと軽く会釈し、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。

 よく見ると彼女は、こんな山奥だというのに裾の長いドレスを着ていた。


 どこにもスリットが開いていない、せっかくのナイスバディがもったないドレスだ。

 それにあんなんじゃ、歩きずらくてしょうがねぇだろうに……。


 なんて思っていたんだが、足運びには淀みがない。

 まるで木々にエスコートされているかのようだった。


 レッドカーペットならぬグリーンカーペットを進んできた美女は、俺たちの目の前までやってくると深々と頭を下げた。



「お待ちしておりました。私がハルムの村の村長、ヒューリでございます」



 顔をあげたヒューリは、全てを魅了するような美女スマイルを浮かべている。

 すかさず我が家のかしまし娘たちが、挨拶代わりの初絡みを返した。



「べっぴんさん、お迎えご苦労! アタイはグランだ! 『タヌキグラタン』で覚えてくれよな!」



「イーナス。『良い茄子』で覚えて」



「あの、はじめまして、ネステルセル家の当主、コリン・デルデ・ネステルセルです。覚え方は、えっと……えーっと……」



 独特のノリにさっそく困惑している村長を尻目に、俺はシャリテを肘でつつく。



「なぁ、シャリテ、エルフが村長ってことは……もしかしてハルムの村ってエルフの村なのか?」



「いまさら何を言っているの。村の資料にそう書いてあったでしょ」



「そうだったのか……」



「もう、ぜんぜん資料を読んでないのね……立場的にはレイジくんのほうが上かもしれないけど、村の人に失礼なことしちゃだめよ」



「なんだよそれ、俺が普段から失礼なことしてるみたいじゃねぇか……」



「しっ、村長がこっちに来るわよ。くれぐれも変なことは言わないでね」



 困り笑顔で寄ってきた村長と、俺たちは挨拶を交わした。


 世間話もそこそこに、彼女の引率で村へと出発する。



「まず森に入って、そのあと山道を登ります。村はかなり奥のほうにございますので、注意してついてきてくださいね」



 ツアーコンダクターのようなヒューリを先頭に、森の中へと入っていく。


 もちろん、彼女ほどスイスイとは歩けない。

 一歩進むだけでもかなりの苦戦を強いられた。


 さっきまで晴天だった空は、織り重なる樹冠であっという間に見えなくなる。

 さらに進んでいくと(わだち)も途切れ、獣道へと変わった。


 だんだん傾斜もキツくなっていき、こりゃマジで登山じゃねぇか……というレベルの険しい道になっていく。



「こ……こんなことならズボンを履いてくるんだったわ……! コリン様、大丈夫ですかっ!?」



「は……はい、シャリテさん……!」



 手を取り合って山道を登る、スカート組のシャリテとコリン。



「山登りは初めてだけど、こんなにキツいだなんて……! でも、負けるもんですか……!」



 鎧での強行軍となったビリジアンは、長い刀を杖代わりにしてなんとか登っている。


 そして、俺はというと……イーナスのお尻を押し上げながら登っていた。

 しかも背中には、途中で足を痛めたグランを背負って。


 最初はヒューリが背負うのを申し出たのだが、グランが「レイジのがいい!」と子泣きじじいみたいにしがみついてきたので、やむなく俺が背負った。


 余計な荷物がふたつも増え、ヒーヒー言いながら山道を登ってたんだが……背中にいるグランは手持ち無沙汰なのか、絶え間なく話しかけてきやがる。

 相手にしてやらないと耳元でうるさいので、俺はしょうがなく相手をしてやった。



「村までまだなのかなー? 村には温泉があるんだろ? なぁレイジ、どんな温泉なのか楽しみだよな!?」



「ああ……そうだな」



「それに温泉といえば酒だよな! 湯船に浸かりながら、キュッ! って!」



「お前……13歳だろ、酒のんじゃダメだろ」



「わかってるって! だからとっておきの、辛口の炭酸ジュースを持ってきたんだ! もー今から楽しみだぜー!」



「コリンだけじゃなくて、お前も温泉好きだったのか」



「いや、アタイは酒を飲む妄想ができりゃ何でもいいんだよ! 本当はヤキトリ屋とかに行ってみたいんだけどな!」



「変わった趣味だな……」



「いやー、トリオのなかじゃいちばんマトモだぜ? イーナスは言うまでもねーけど、コリンなんか温泉でレイジの背中を流すんだって、張り切ってんだから!」



「……そうなのか? なんでコリンが俺の背中を流したがってるんだよ?」



「さあ? でもやりたいって言ってたから、やらせてやれよな!」



「ああ……まぁ、そのくらいなら別にかまわねーけど……」



「そうだ! だったらアタイの一杯にもつきあえよ! 女と()っても飲み応えがなくてさー!」



「お前……本当に13歳かよ……」



 ふと、足元の傾斜が緩やかになり、急に視界が開ける。



「さぁ、こちらが山の頂にある村……ハルムでございます!」



 ヒューリの声とともにたどり着いたのは……高い石垣に囲まれた、要塞みたいな外見の村だった。

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