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異世界ゲームクリエイター  作者: 佐藤謙羊
ブリーズボード編
19/47

19 献上のあとで

 謁見場で始まった『ブリーズボード』対戦会は、結局真夜中まで続いた。


 全員ヘトヘトになって、イーナスの予想どおり足腰立たなくなってまでプレイしようとしたので、とうとう見かねた従者のヤツらがルームランナーから引き剥がす事態にまで発展する。


 王族たちと女騎士は謁見場のレッドカーペットに這いつくばって、フルマラソンを走りきったかのようにぐったりしていた。


 だが、いつの間にか車座になって、お互いの健闘をたたたえる、なんてことをやり始めやがった。

 うーん、どいつもこいつも……まるで本物の『ブリーズボード』の大会に参加し終えたみたいに、やりきった表情をしている。


 でもまぁ、これならもう放っといても大丈夫だろう、あとは時間とゲームが解決してくれる……と思って帰ろうとしたんだが、王様から呼び止められた。


「おいおい、ネステルセル家の者たちよ、どこへ行くつもりだ?」


「……いや、ゲームは届けたし、もう帰ろうかと思って」


 すると王様と女王様は目を丸くして、フランシャリルはせきを切ったように笑いだした。


「あっはっはっはっはっ! ね? お父様、これがレイジくんだよ!? 彼ってば、面白いでしょ!?」


「ううむ……変わり者だとは聞いていたが……献上品だけ置いて帰る貴族など、いまだかつて初めてだ……。いったい、どういうつもりなのだ?」


「どういうつもりも何も……俺たちゃ、女王様が楽しくリハビリできるゲームを作ったから、それを届けただけだよ」


 どうやら王族たちは、俺をかなりの変人だと思っているようだ。

 ゲーム作って届けてやったのに、なんでそんな風に思われなきゃいけねぇんだ……?


 と首をひねっていたら、俺の隣にコリンがそっと寄り添ってきて、背伸びしながら耳打ちしてきた。


「あの、この国での献上品というのは一般的に、王族の方々にとりなしてもらったり、お願いがあるときにするものなのです。来月には品評会もあるのに、このタイミングで献上をするということは、何か要求があってのことだろう……と思われているんです」


 ああ……そういうことか。

 俺は王族のヤツらに言ってやった。


「アンタらの楽しそうな顔、それが俺たちの要求だよ。それはもうじゅうぶん貰ったから、おいとまさせてもらうぜ。あ……そうだ王様、ひとつだけ。来月の品評会はネステルセル家はパスするから、よろしく」


 まだ俺のそばにいたコリンが「ええっ!?」と仰天した。

 いきなり大声を出されたので、耳がキーンってなっちまう。


「品評会に出展しないだなんて……!? それでは、王族貴族としてのつとめを果たしていないことになります!」


 宿題をボイコットされた新米教師みたいにうろたえるコリン。

 こういう真面目なところはビリジアンにそっくりだか、こっちは杓子定規じゃなくて、お人好しの委員長みたいだ。


「いいじゃねぇか、今回の献上品が出展のかわりってことにすりゃ。どうせ次の品評会も勘違いした『ゴブリンストーン』が並ぶだけだろ? そんなのだったら競いあうまでもねぇよ」


 俺は次の品評会に出るゲーム……というか『ゴブリンストーン』をなんとなく予想していた。

 メインビジュアルのイラストを有名画家に頼むとか、無駄に芸術的にしたヤツとか……カラーセロハンをおかしな風に豪華にして、画面に金箔を張ったようなのばっかりだろう。


 貴族どものゲームに対しての意識が変われば、だいぶマシになるとは思うが……百年もおかしな方向にばっかり力を入れてたんだ。

 間違いに気づくまではもうしばらくかかるだろう……と俺は予想している。


 コリンは「品評会に出展しないなんて、国王陛下がお許しになるかどうか……」と、イタズラがバレた子供みたいな表情で、しきりに王様のほうを見ている。

 もしかして「けしからんっ! お家おとりつぶしだ!」なんて言われちまうんだろうか。


 しかしレッドカーペットの上であぐらをかいていた王様は、パンッ! とヒザを打って、


「名誉や褒章のためではなく、純粋に私の(きさき)のことを心配して、ゲームを作ってくれたというのか……! よもやこんな無欲な貴族が、まだ存在しておったとは……! 気に入った! ネステルセル家に昇進を申し渡す!」


 ハァッ? と呆気にとられる俺。

 ヒャッ!? としゃっくりみたいに息を飲むコリン。


「おい、コリン、昇進ってなんだ?」


「お……王城貴族としての(くらい)があがることです……! 王城貴族になりたてのネステルセル家はいちばん下の……『男爵・女爵』の三十位にいます。それが上がるということです……!」


 コリン女爵は、呼吸困難に陥ったみたいにハァハァ息を荒くしている。

 あたたかい吐息が耳にかかって、なんだかくすぐってぇ。


「それってそんなにすごいことなのか?」


「はい……! 本来、昇進や降格というのは品評会での成績を経て、評議会の間で論議されて決定されるものなのです。献上品での昇進なんて、異例中の異例です……!」


「そういうもんなのか……」


 俺はすごさがイマイチよくわからなかったが、コリンはとうとう熱にうなされてるみたいに顔を赤くしだした。


 王様はさっそく従者を呼びつけ、なにやら帳簿を手にしたヤツと話をしていたかと思うと、


「いまのネステルセル家は、『女爵』の三十位か……よしっ! ネステルセル家に十五階級の昇進を申し渡す!」


 決定の瞬間、周囲にいた従者たちがざわめきはじめた。


「じゅっ!? じゅじゅじゅじゅじゅ……十五かいきゅ~ぅぅぅ~!?」


 コリンが目を回しはじめたので、俺は慌てて抱きとめる。


「おい、しっかりしろコリン! 十五階級昇進ってのはそんなにすげえのか?」


 しかしコリンは答えず、きゅうぅ……とか細い息を漏らすのみだ。


「すごいじゃんレイジくん! 十五階級特進だよ!? ふつうは一階級あがるのもやっとなのに、十五階級なんて……戦争だと一騎当千を果たした、伝説の英雄レベルだよ!?」


 かわりにシャリテから教えてもらって、俺はそのすごさを理解する。


「あなた、待ってください!」


 しかし……女王様がピシャリと遮った。

 国王顔負けの、厳格なその一言に……ざわついていた謁見場内が、水を打ったように静まり返る。


 王様も虚を突かれたようだ。

 定年退職後に妻から亭主関白をひっくり返された、老いた夫みたいな顔をしている。


「……センティラスよ、どうしたんだ? いつもなら私の決定には、一切口を挟まなかったお前が……」


「はい。あなたの下す決断には、いつも何も言いませんでした。でも今回ネステルセル家が献上したゲームは、このセンティラスのためのもの……ですのでその褒章決定も、させていただきたいと思っています」


「そうか……わかった。ではセンティラスよ、ネステルセル家の昇進の判断は、そなたに任せよう」


 こくん、と頷いたセンティラス。

 お局様みたいな厳しい視線を俺に向けてきた。


「ネステルセル家の作ったゲーム、『ブリーズボード』……ゲームなどと思っていたわらわに、かつてないほどの楽しさ……いいえ、この楽しさは『ブリーズボード』そのもの……もう味わえないと思っていた感覚を、呼び戻してくれました」


 楽しい、って言ってるわりには怖ぇ顔だな……思ったが、言わずにおく。


「こんなに楽しかったのは、本当に何年ぶりかしら。そして一家揃って笑いあえたのも……本当に何年ぶりでしょう。ありがとう、ネステルセル家よ……! 皇帝陛下の十五階級特進にあわせて、わらわの感謝の気持ちも足して……三十階級特進……! 『子爵』への爵位を授けます……!」


 俺の胸元で「三十階キュッ」と鳴き声みたいなのがした。

 見ると、ネステルセル家の当主はすでに抜け殻のようになっている。


「おい、コリンが失神しちまった、お前ら……」


 と言いつつグランとイーナスに助けを求めたんだが、すでにふたりとも床に伏していた。

 グランはノックアウトされたみたいに大の字に、イーナスは棺に収められているかのような格好で、ふたりとも今にも天に召されそうだ。


 おいおい……俺を残して全滅しちまったよ……。

 こりゃ、連れて帰んの大変だなぁ……


 俺は昇進よりも何よりも、三人娘をどうやって連れて帰ろうか……そのことばかりが気になっていた。


  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 ネステルセル家の三十階級特進の噂は、瞬く間に王国じゅうをかけめぐった。


 といっても、俺と三人娘の生活は変わらない。

 使用人は今までの倍、来客は今までの数倍になっちまったけど、俺は相変わらず工房の中で次回作の構想を練っているし、なかなか動きだそうとしない俺に、三人娘がヤキモキしているのも変わらない。


 あ……いや……ひとつだけ大きな変化があったんだった。


「レイジくん、はいお茶!」


 俺の作業机にドンッ! と乱暴に紅茶が置かれる。


「陛下は品評会には出展しなくていいっておっしゃってくださったけど、サボってちゃダメでしょ!? むしろ陛下のお気持ちに報いるために、次々とゲームを作るべきでしょう!? それが王城貴族というものよ!? さぁさぁ、早く早く早くっ!」


 続けざまにドンドンと机を叩かれ、紅茶が波打つ。


 うるせぇなぁ……と思って見上げる先には、委員長なんだか騎士なんだかお茶くみなんだかわかんねぇ、鎧の女。


 ……謁見場にて三十階級特進を言い渡されたあと、俺はついでにこのビリジアンとの決着もつけたんだ。


 ビリジアンは土下座するくらいなら切腹すると大騒ぎだったんだが、謁見場の衛兵まで駆り出してなんとか思いとどまらせる。

 結局フランシャリルが「お腹を切るかわりに、レイジくんの言うこと何でも聞くっていうのはどう?」と提案してくれたので、それが採用されることになった。


 この時、なぜか気絶しているはずのイーナスがむくっと起き上がって「全裸でオークの洞窟放置の刑」とだけ言ってまた寝た。


 「オークの洞窟に全裸だなんて、そんな……」と青ざめるビリジアンに、もうお灸はじゅうぶんだろうと判断したんだが……ちょっといいことを思いついた俺は、工房でのお茶くみ係を言い渡したんだ。


 工房でのお茶くみはいつもコリンがやってたから、お茶くみをしてくれるスタッフが欲しかったんだよな……。


 しかしビリジアンは「お茶くみなど、メイドにやらせればいいでしょう!?」とこれまた暴れだした。

 しかし意外にもセンティラスが後押ししてくれて、晴れてビリジアンは御親(ごしん)騎士兼、ネステルセル家のお茶くみ係になったんだ。


 その時はなぜセンティラスが味方してくれたのか、わからなかったんだが……後から送られてきた手紙で、女王の心中を知った。


 ビリジアンは幼い頃から我が身を犠牲にして王族のために尽くしており、本人も一生そのつもりでいるのが不憫でならない、とセンティラスは思っているそうだ。


 この世には様々な喜びがあるのに、一切触れようともせず、王城の中で規則を振りかざして生きるのは、まだ若い女の子としてはあまりにもかわいそうだから、社会勉強をさせてあげてちょうだい……と手紙には書いてあった。


 まぁそんなわけで、口うるさいお茶くみ係が増えることになったんだが、ビリジアンのいれるお茶は今のところすこぶる不評だ。


「ビリジアンのいれる紅茶って、マズいんだよ! まだレイジのほうがいい!」


「ビリジアンがいれた紅茶、腐った轢死体みたいな味がする」


「こっ……紅茶を入れるは初めてなんだからしょうがないじゃない! なのによってたかって……バカァーッ!」


「あっ!? ビリジアンが泣いたーっ!?」


「鬼の目にも涙」


「意外と打たれ弱いぞ、こいつ! やーいやーい!」


「精神攻撃には弱い模様」


「なっ……泣いてなんかいないわよっ!? そ、それに強靭なる騎士道精神を持つ私は、ちょ、ちょっとやそっとのことでは……う……ううっ……!」


「お……落ち着いてくださいビリジアンさん、お紅茶の入れ方を、お教えしますから……」


「うううっ……コリン……うわぁぁぁぁぁぁっぁーーーんっ!」


 ……というわけで、今日も工房はにぎやかだ。

 さぁて……次はどんなゲームを作るとしようかなぁ……。

『ブリーズボード編』はこれにて終了です。

次回からは新章になります。

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