18 これがネステルセル家のゲーム
王族たちと騎士にズガンと叩きつけられた、新たなるメインビジュアル。
それは、センティラスとビリジアン、フランシャリルと王様がペアになって、楽しそうにブリーズボードに興じている姿だった……!
「わあああーーーっ!?!? やったやったやった! やったあああーーーっ!! 見て見て見てっ!! あたしが、あたしがゲームになってるぅーーーっ!!」
半狂乱で叫ぶフランシャリル。
「フランシャリルだけではないぞ! 私もだ! 私もボールを追いかけているぞ……! おおっ……まさかこの私が、ゲームになる日が来るとは……!」
感無量な様子の王様。
いいリアクションを返してくれる父娘とは対照的に、戸惑を隠せずにいたのは母とその御親騎士だった。
「よ……四人……ですって?」
「ぶ……『ブリーズボード』は、一対一のスポーツなのに……いったい、どうやって……?」
俺は新たに運ばれてくる、ふたつのルームランナーを指さしながら叫んだ。
「遊び手の想像を、ひとまわりもふたまわりも上回る……それがネステルセル家のゲーム……! 今回は、実際の『ブリーズボード』には存在しない、『ダブルスモード』を採用したぜっ! 欲しがりなお前たち四人を、いっぺんに楽しませるために作られた、特別なゲームモード!」
俺は息継ぎをして、更にまくしたてようとしたんだが……お堅い委員長が、ルームランナーの手すりをドンと叩いて遮ってきた。
「ちょっと!? 『ブリーズボード』は長き伝統によって作り上げられた、貴族のスポーツなのよ!? 一対一の戦いという、騎士道精神をも盛り込まれた、尊い由緒を知らないのっ!? それを二対二でだなんて……冒涜にもほどがあるわっ!」
キンキン声が鼓膜に突き刺さり、うるせぇったらありゃしねぇ。
俺は片耳を塞ぎながら言い返す。
「……お前は本当に杓子定規なヤツだなぁ……長き伝統によって作られたモノなんだったら、ネステルセル家がその歴史に新たな一ページを追加してもいいだろうが……つまんなかったら破り捨ててもらっても構わねぇから、まずはやってみな」
「嫌よっ! 二対二でだなんて、面白いわけがないじゃない! 絶対に腹立たしいだけだわっ!」
しかし頭の固い女騎士さんの考えは、俺の提案をキッパリと言い捨てた。
とうとう王族たちまでもが、見かねた様子で止めに入ってくれる。
「ビリジアンよ、よいではないか。せっかくネステルセル家が私たちのために考えてくれたゲームモードだ。一度くらいやってみてもよいであろう」
「そうそう! あたしたち四人で遊べるなんて、もう考えただけで楽しそう! 早くやろーよー!」
すでに王様とフランシャリルは、新たにセッティングされたルームランナーの上にいる。
もう待ちきれないようだ。
「そうね、わらわも興味があります。共をなさい、ビリジアン」
さらにセンティラスからも言われて、女騎士は呆れるほどあっさりと手のひらを返しやがった。
「ははっ、ただちに! 叡慮の賜り……身に余る思いです! さあっ、レイジ殿、今すぐ準備なさいっ! さあさあっ!」
俺は、なんだよコイツ……と思っちまったが、ここで言い争ってもしょうがねぇ。
とりあえず四人プレイはすることになったようなので、『ダブルスモード』の説明をした。
「ルームランナーの手元に、『2』と『4』って書かれたボタンがあるだろ? 『4』を押せばダブルスモードでゲームが始まる。ダブルスは各コートにふたつ、前後にボードが出てくるだけで、ルールとしてはシングルと同じだ」
俺の説明が終わる前に、フランシャリルがボタンを押してゲームを始めてしまう。
まぁいいか、と思って見ていると……シングルのときとは比べものにならないくらいの歓声や悲鳴が次々と巻き起こった。
「キャーッ! お父様! そっちそっち! あっ、キャアッ!? 逆、逆っ!」
ルームランナーの上を片時も止まることなく、せわしなく移動しながら絶叫するフランシャリル。
「こっちか!? いや、そっちかっ……! なっ……なんの! 抜かせんぞ!」
フランシャリルとペアになっている王様は、仲間であるはずの娘の言葉にだいぶ翻弄されていた。
かたやセンティラスとビリジアンは、息のあったコンビネーションを見せている。
「ビリジアン、下に向かいなさい!」
前衛のセンティラスは、必要最低限の動きでビリジアンに指示を出す。
「ははっ! 背中はこの私めにおまかせくださいっ!」
まさに小間使いのようにちょこまかと、ルームランナーの上を行き来してボールを拾いまくるビリジアン。
「よしっ、チャンスボール……! これでどうっ!?」
相手の甘いボールを見逃さず、リハビリ中とは思えない動きでスマッシュを叩き込むセンティラス。
針の穴を通すようなボールコントロールで父娘を抜き、一気に試合を決めていた。
「しまったぁっ!?」
「ああん! もうっ! お父様ったら……!」
敗北が決定した父娘サイドは、ふたり揃ってルームランナーの上でがっくりと崩れ落ちる。
勝利を手にした母方サイドは、大会で優勝したかのように大はしゃぎしていた。
「やったやったやった! やったわ、ビリジアン! ずっと一緒に練習していただけあって、まるで手足のようだったわ!」
「私が……センティラス様の手足……!? み……身に余る、お褒めのお言葉……! 御親騎士ビリジアン、この身が朽ち果てるまでセンティラス様のお身体の一部にならせていただきます……!」
ルームランナーの上で、サッと膝を折る女騎士。
鎧を着てるうえに、一番動き回っていたので疲労もハンパないだろうに、ドッグランで遊び終えた犬みたいに嬉しそうだ。
俺は、ひと区切りついてちょうどいいタイミングだと思ったので、口を挟もうとしたんだが……ヤツらはほとんど休憩もせずに、すぐさま二戦目を始めようとしやがる。
「くっ……悔しいいっ! お母様、もう一度! もう一度勝負よっ!」
「そうだ……! ゲームを初めてプレイするお前に、負けっぱなしのわけにはいかんっ!」
「ふふん、よいでしょう! でも『ブリーズボード』の大会で優勝するほどのわらわ相手では、何度やっても同じこと……! 準備はいい? ビリジアン!」
「ははっ! 不肖ながらも、お供させていただきますっ!」
止める間もなく、ワーワーキャーキャーと賑やかな対戦プレイを再開する四人組。
やれやれ、この調子だとしばらくは連戦しそうだなぁ。
でもまぁ、狙いどおりハマってくれたからいいか。
……ゲームっていうのは、対応するプレイ人数によってその姿を大きく変える。
ひとりでじっくりプレイするゲーム。
ふたりで熱い駆け引きができる対戦ゲーム。
3人以上でワイワイと楽しめるパーティゲーム。
オンラインを通じて何百人と協力し、時には敵対しあうネットワークゲーム。
どれが一番ゲームとして優れているか、どれが一番作るのが楽か、なんて理由でプレイ人数を決めるのはナンセンス極まりない。
プレイ人数なんてのはターゲットユーザーに対して、どういうシーンで、どういう風に楽しんでほしいか……それにあわせて選択するものであって、優劣や作る手間で選ぶもんじゃない。
俺は、今回のユーザーであるセンティラスのことを考えているうちに、ゲーム好きな王様とお姫様のことが頭に浮かんだ。
あのふたりはきっと『ブリーズボード』をやりたがるだろう。
特に子供のフランシャリルは、一台しかない筐体を独占してしまうんじゃないかと想像した。
そしてセンティラスのほうはというと、ゲームに夢中になりすぎる父娘に対し、呆れているところがある……。
そのふたつの要素を組み合わせて、王族全員が同時にプレイできればいいんじゃないかと考えた。
家族でプレイできれば絶好のコミュニケーション手段となって……夫婦、親子のわだかまりも解消できるだろうと……!
しかし実現にあたって、大きな問題があった。
プレイさせたいヤツらは三人なんだが、ゲーム的に考ると四人がベストなんだ。
……あとひとり足りない。
俺は番町皿屋敷のお岩さんみたいな気持ちで、日々秘かに悩み続けていた。
その時ちょうど転がり込んできたのが、ビリジアンが『ブリーズボード』のプレイヤーであるという、イーナスからの情報。
これを利用しない手はない。
もう悩むことはなくなったので、俺は『ダブルスモード』の採用を決定した。
でも、実際の『ブリーズボード』にはないゲームルールの追加に、三人娘は難色を示した。
そこで俺は言い聞かせたんだ、
ゲームというのは、人ひとりの人生を変えられる。
だが、それだけじゃねぇ……ゲームはなんだって変えることができるんだ。
その気になりゃ、スポーツのルールだって変えられる……!
この『ダブルスモード』の面白さを世に知らしめれば、本物の『ブリーズボード』にもダブルスが採用されるのは間違いない。
国民的スポーツに新たなる可能性を提示し、さらなる面白さに世の中のヤツらを目覚めさせることができるんだ……!
そんな凄ぇことをやってのけ、遊び手に未知の体験させられるのは、ゲームだけ……!
他の娯楽じゃ、絶対に不可能……! ゲームだけに許され、ゲームだけに与えられた特権……!
世の中の伝統や決まりごと、しきたりにすら縛られねぇ……!
その気になれば、法律や人道だってクソくらえ……!
最大限にして無限大の自由を持つ、絶対不可侵な存在……!
それが『ゲーム』なんだ……!
……なんて熱く語ったことを思い返していると……その熱気の被害者である三人娘が、俺の隣に来ていた。
「まるでテストプレイしてたときのアタイらみてーだな」
ニヤニヤが止まらない様子のグラン。
「みんなそのうち足腰立たなくなる。でも覚えたてのサルみたいにやりつづける。まさに大人のおもちゃ。今夜はきっとハードコア」
独特の表現で未来予想をしているイーナス。
そしてコリンはというと、何の言葉も発そうとしない。
瞬きを惜しむようにただひたすら、ユーザーたちの笑顔を滲んだ瞳に映していた。
きっと、今の彼女たちは俺と同じ思いに違いない。
ダブルスモードを採用して、よかった……! と……!




