17 明かされる追加仕様
「こ……これは……リハビリ用のルームランナー!?」
さすが普段使っているだけであって、女王はすぐに気づいたようだ。
俺は「正解!」とばかりにパチンと指を鳴らす。
「そう……! この『ブリーズボード』のゲームは、コイツを使って操作を行うんだ!」
俺は、「女王は脚を痛めてリハビリ中である」とビリジアンから聞いて、まっさきにこのインターフェースを思いついたんだ。
筐体の設計図を書き上げたあと、街の木工細工の店で発注。
その足でリハビリ用品店に寄り、店のお姉さんから女王が使っているルームランナーの機種を尋ね……それと同じものを発注した。
ルームランナーが工房に届いたところで、この世界のケーブルである、精霊の花を編み込んだ紐とCPUを結束。
そして制御用のプログラムを、グランに組ませたんだ……!
見慣れたルームランナーのはずなのに、それを見つめる女王の瞳は期待と不安に満ちていた。
まるで、初めて会った親戚から誕生日プレゼントをもらった子供のように……!
俺は熱い言葉を投げかけ、さらに女王の背中を押してやる。
「これでわかっただろう!? コイツが女王のためのゲームだってことが……! もう興味がないなんて言わせないぜ……! ネステルセル家が全精力をこめてアンタのために作った『ブリーズボード』……! さあっ! いますぐプレイしてみてくれよっ!!」
女王はこくんっ、と決意するように頷いたあと、立ち上がろうとする。
すかさずビリジアンが手をとり、しっかりと腰を抱いて補助していた。
女王と御親騎士は、二人三脚のようにして1プレイヤー側のルームランナーの側まで行く。
女王は手助けを受けながらもしっかりと手すりを持ち、生まれたての子鹿のような震える脚で、ローラーの上に乗った。
誤って転んだりしないかと、気が気でない様子のビリジアン。
俺はその委員長兼、保健委員のようなヤツに向かって指示を飛ばす。
「おい、ビリジアン! このゲームはふたりでプレイするんだ! お前が相手をしてやれ!」
するとビリジアンは、驚きと怒りが入り混じったような複雑な表情で、俺のほうを向いた。
「なっ!? わ……私が……!? い、いやっ、あなたに指図されるおぼえはないわっ!」
まったく……面倒くさいやつだな。
俺はやれやれと筐体の側面に移動して、手招きする。
「……ちょっとこっち来てみろ。これを見れば気が変わるだろ」
「いったいなんなのよっ!? 人を手で呼びつけるなんて、失礼な……ハウァァアッ!?」
俺の元へと歩み寄る途中、筐体のイラストが目に入ったのか……ビリジアンは雷に打たれたみたいにのけぞった。
「こっ……これは……私っ!?」
「ええええっ!?」とフランシャリルと王様が謁見台を駆け下り、ビリジアンの後ろに回り込んだ。
「ほっ……ホントだぁーっ! お母様のイラストの反対側は、ビリジアンのイラストだったんだぁーっ!!」
「な……なんと……! 私たちをさしおいて……!」
イラストと本人、ふたりのビリジアンを交互に見つめ、羨望のまなざしを送る父と娘。
女騎士はその視線にすら気づかない様子で、アワアワと震えている。
「ままままさか……わわわ私が……せせせセンティラス様とともに、げげっ、ゲームになるだなんて……! ななななんという、おおお恐れ多いことを……!」
その恐れ多いセンティラスから、待ちきれない様子のお声がかかった。
「さぁビリジアン、早くのわらわの『ブリーズボード』の相手をしてちょうだい!」
「は……はひっ! た、ただちに!」
鶴の一声に我に返り、ビリジアンは直立不動になる。
一瞬だけキッと俺の方を睨みつけたあと、2プレイヤー側のルームランナーに乗った。
ふぅ、やれやれ……ようやくゲームスタートか……。
俺は気を取り直し、プレゼンを続ける。
「いいか、ふたりとも! 足元のルームランナーの動きにあわせて、画面上のボードが移動する! それでボールを打ち合うんだ! あとのルールは『ブリーズボード』と大体いっしょだ!」
センティラスとビリジアンはもう俺の説明すら耳に入っていない様子で、さっそくプレイに興じている。
操作といえばバーの上下移動しかない単純なものだから、ゲーム初体験のセンティラスでもすぐに理解できたようだ。
よたよたと覚束ない足取りでルームランナーを動かし、ボールを打つセンティラス。
かたやビリジアンはカモシカのような華麗なる足運びで打ち返し、ラリーを続けている。
「わあっ……! あのお母様が……! 『ゴブリンストーン』を見るのも嫌がってたお母様が……ゲームをプレイしてるなんて……! 夢みたい……!」
「うむ……! それにあんなに楽しそうなセンティラス、久しぶりに見たな……!」
汗と笑顔をはじけさせる女王を見つめながら、我が事のように嬉しがるフランシャリルと王様。
「すごいすごい! いまのスマッシュ! さっすがお母様っ!」
娘から声援を送られ、センティラスは子供のようにガッツポーズした。
「うふふふっ! 『ブリーズボード』は何年かぶりだけど、腕前は衰えてないわ!」
「まっ……まいりました! さすがセンティラス様! この私はついていくだけで精一杯です……!」
息を整えながら、感服した様子のビリジアン。
……皆は気づいていないようだが、ここにもひとつ仕掛けがしてあるんだ。
このゲームの入力装置であるルームランナーには、ふたつのモードが存在している。
『ノーマル』と『リハビリ』……。
いまセンティラスが使っているルームランナーは、『リハビリ』になっていて……少し脚を動かすだけで画面上のボードが移動させられるんだ。
センティラスのリハビリの段階を事前に調べておいて、ちょうどいい具合に調整してある。
ぶっつけ本番だったが、うまく機能しているようだ。
なお『ノーマル』だと、実際の『ブリーズボード』と同じくらいの運動量が必要となるように調整してある。
「ねえねえ! 変わって! あたしも『ブリーズボード』やりたい!」
「おお、そうだ! 私たちにも遊ばせてくれ!」
フランシャリルと王様は、見ていて我慢できなくなったようだ。
しかしセンティラスとビリジアンは、ルームランナーの手すりを掴んでイヤイヤと首を振った。
「ええっ、まだ全然やりたりないわ! これはわらわとビリジアンのゲームなのだから、もう少し待ってちょうだい!」
「わ……私も……! まだまだセンティラス様のお相手をしたいです……!」
王族たちと騎士は、オモチャを巡ってケンカする子供のように言い争っていた。
俺は待ってましたとばかりに、その輪に割って入る。
「まぁまぁ待て待て。この『ブリーズボード』は、お前らがケンカしなくてもすむように、ちゃあんと考えて作ってある……最後の大仕掛けがあるんだ」
「「「「最後の……大仕掛け?」」」」
そろってハモる四人組。
「まぁ、見てな! ……カモンっ!」
俺は指を鳴らし、最後の指示を下した。
筐体を運んでくれた係員たちが、今度は大きな姿見を運び込んでくる。
筐体の側面のイラストが、正面からよく見えるように……調整して置いてもらう。
続けざまに、待機していたグランとイーナスが立ち上がり……踏み台を持って筐体の側面に移動する。
四人組はその一部始終を「いったい何をしているの?」といった様子で眺めていた。
グランとイーナスが踏み台に乗ったところで、俺は声を大にする。
「こっちの準備はできたなっ! ネステルセル家の『ブリーズボード』、最大のサプライズ……! 見逃すと後悔するぞっ! さあっ、お前らの心の準備のほうはいいかっ!?」
ダララララララララララララ……と謁見場内にドラムロールが流れる。
王室お抱えの楽団を控えさせておいて、このタイミングで演奏するよう頼んでおいたんだ。
筐体の側面で、まるで手品のアシスタントみたいに思わせぶりに手を振るグランとイーナス。
ごくりっ……と四人組が生唾を飲み込む音が、聞えてくるようだった。
俺はじゅうぶんに期待が高まったのを確認すると、手をバッとかざす。
「……さあっ、いくぜっ! 驚きすぎて……腰を抜かすんじゃねぇぞっ!!」
……ジャーンッ!!!
フィニッシュのシンバルが、心臓をわし掴みにするほどの大音響となって鳴りわたる。
グランとイーナスが、筐体の側面にあるイラストをバリバリバリッ! と勢いよく剥がしながら、踏み台から飛び降りた。
そして、ついに姿を表す……最後の、そして真の……『ブリーズボード』のメインビジュアル……!
新たなイラストは鏡によって反射し、同時にユーザーたちの視界に入る。
「これが掟破りの、『ブリーズボードの』追加仕様にして……最新仕様だぁぁぁぁぁーーーっ!!!」
阿鼻叫喚の渦の中で、俺は声をかぎりに叫んだ。




