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異世界ゲームクリエイター  作者: 佐藤謙羊
ブリーズボード編
15/47

15 マスターアップ

 それから俺たちは、二ヶ月ほどゲーム版『ブリーズボード』の制作を行い、完成へとこぎつけた。


 単純な内容ではあるが時間がかかってしまったのは、俺が三人娘にいろいろ教えながらだったのと、あとは環境の独特さからだ。


 なんたって、プログラムを修正して動作確認というのが、とにかく時間がかかるんだ。

 ちいさな修正でも石版をぜんぶ彫りなおさなきゃいけねぇから、後半はグランの負担が大きかった。


 俺はコリンとイーナスに頼んで、グランをなだめすかしてやる気をなんとか持ってもらい、プログラムの修正を指示した。


 グランは冷えた炭酸飲料が好きだったので、工房に冷蔵庫を持ち込んで常にキンキンのものが飲めるようにしたり、辛いものが好きだったので、シャリテに頼んで激辛カレーなどを作ってもらい、とにかくモチベーションを落とさないように苦労した。


 グランを外して、もっと有能なプログラマーを雇うのは簡単なことだ。

 現に何人も立候補があったしな。


 でも俺は、未熟なグランを外すことはしなかった。

 グランを外せばコリンとイーナスのやる気にも影響するし、そして何よりも、俺はグランの才能を信じていたからだ。


 そうして力をあわせて苦労を乗り越えていく、コリン、グラン、イーナス。

 俺が「よし……完成だ!」と言ったときには受験に合格したみたいに絶叫し、泣きながら抱き合っていた。


 初めて彼女らが、自分たちの力で作り上げたゲーム『ブリーズボード』。

 感慨はひとしおだろう。俺も最初のマスターアップは大感激したものだから、ついその時のことを思い出しちまった。


 さぁて……あとは俺の仕事だ。

 三人娘の汗と涙の結晶であるコイツを、女王(ユーザー)にぶつけてやるんだ…!


  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 俺はさっそく国王にアポを取りに王城に行ったんだが、正門で衛兵たち取り押さえられちまった。

 ちょうど馬車に乗った姫様が通りかかり、放すように言ってくれたから良かったものの、危うく投獄されるところだった。


 たしかフランシャリルとかいうお姫様は、馬車から降りるなり俺の前で爆笑した。


「あっはっはっはっはっ! たしかキミ、レイジくんだよね? 王城貴族なんだから、お父様に会いたいんだったら伝書すればいいのに! こんな風に直訴しに来るだなんて、領主の圧政に苦しむ農民みたい! あっはっはっはっはっ!」


「なんだ、王様と会うにはそんな決まりになってたのかよ……知らなかった」


 気まずそうにする俺がツボにハマったのか、お姫様はさらにのけぞって笑いだす。


「あーっはっはっはっはっ! れ、レイジくんって天才ゲームデザイナーって呼ばれてるのに、そんなことも知らなかったんだ!? バカと天才は紙一重って本当だったんだね! あーっはっはっはっはっ!」


「俺は天才じゃねぇよ……バカでもねぇけど」


「そんなことないよー! だってレイジくんの『ゴブリンストーン』、みんなずーっと遊んでるよ!? 『こんなすごいゲームを作るなんて天才だ!』って言って! あたしもお父様も、ずーっと寝不足だもん!」


「なんだ、まだやってたのかよ……」


 呆れ気味の俺を気にする様子もなく、お姫様はひとしきりケラケラ笑ったあと、話題を変えた。


「ところでさ、レイジくんはお父様に何の用なの? なになになにっ?」


 身体をせわしなくゆすりながら尋ねてくるフランシャリル。


 金髪の上にある赤いリボンを耳のように斜めに倒し、らんらんと瞳を光らせるその様は、まるで獲物に飛びかからんばかりの猫みたいだ。


 このお姫様、本当に落ち着きがねぇなぁ……。

 品評会のときも、ずっとおてんばな感じではあったが、まさかここまでとは……。


 俺はちょっと引いちまったが、飛びかかられちゃたまらんと思って答える。


「あ……ああ、新しいゲームを作ったんだ、ソイツを見てもらいたくてな」


 『新しいゲーム』という単語を耳にした瞬間、お姫様は全身の毛を逆立てたように飛び上がった。


「えええええええっ!?!? 見せて見せて見せて見せて見せて見せて見せて見せて見せて! いますぐいますぐいますぐいますぐいますぐっ!!」


 まるでネズミを食らいつくみたいにガッと俺の服を掴むと、ガクガク揺さぶってくる。


 コイツはよほどのゲーム好きとみえる。

 そういえばさっきも、コリンの『ゴブリンストーン』で連日寝不足だとか言ってたな……。


「お……落ち着けって姫様。今回はアンタのママに見てもらいたいんだ」


「えっ、お母様に!? お母様、ゲームやんないよ!? お母様にゲームを献上する人、初めて見た!」


「そうなのか? だがそのゲームをやらないお母様が、ゲームをやってくれるとしたら……嬉しくねぇか?」


「そりゃもう! お母様ったら他の品評会のときは楽しそうなのに、ゲームの品評会のときだけヒドいんだよ! まるでレンガ塀でも眺めてたほうがマシってくらいなの!」


「そうか……よし、フランシャリル。お前の両親と、あと御親(ごしん)騎士のビリジアンを集めてくれないか? あとゲームを運ぶための人手をネステルセル家の工房までよこしてくれ、そしたらすぐに『新しいゲーム』を持っていってやるよ」


「うーん、お父様は新しいゲームって聞いたら、何もかも放り出して来てくれるけど……お母様は……でも、オッケー! なんとかしてみるよ!」


 呼び捨てどころか、パシリに使われたことにも怒りもせず……お姫様はくるりんと髪とドレスを翻し、馬車に飛び乗る。

 窓から身を乗り出し「じゃあ後でねーっ!」とブンブン手を振りながら去っていった。


  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 「じゃあ後でね」とは言われたものの、王様と女王のアポを取るのは並大抵のことじゃないだろう。

 何日かは待ってみるかな、と気長に構えていたんだが……なんと、その日の夕方には呼び出しが掛かった。


 どうやらあのお姫様が、かなり強権を発動したらしい。

 お城は今、てんやわんやだと迎えに来てくれたヤツが教えてくれた。


 それと同時に、『ブリーズボード』を女王に見せると知った三人娘は……ムンクの叫びのような表情になって驚いている。


「ええええっ!? 女王様にお見せになるのですか!? それも今から!?」


「どういうことだよ!? これは品評会に出すんじゃないのかよ!?」


「早漏は嫌われる」


 戸惑い、怒り、軽蔑のまなざしで詰め寄ってくる三人娘。

 俺はしゃがみこんで、彼女らと目線を合わせながら相手をする。


「ああ。早漏だろうがなんだろうが、今から見せる。これは、このゲームのプロデューサーである俺の決定だ」


 コリン、グラン、イーナス……それぞれの瞳を、しっかりと見据えながら言う。

 すると、コリンはこくんと頷いてくれた。


「わかりました。レイジさんがそうおっしゃるなら……でも、どうしてですか?」


「俺はかねてから、今のハードウェアに対して貧弱さを感じていたんだ。それを一刻も早く改善したい。そのためには品評会だなんて待ってられねぇんだ」


 次に、渋々といった様子で頷いてくれたのはグランだった。


「わかったけど……ハードウェアの改善って、なにするんだよ?」


「いの一番になんとかしたいのはROM容量だな。お前も苦労してたからわかるだろ? なんとかして増やしたいんだ」


 『ブリーズボード』のゲーム化にあたって、一番苦労したのはROM容量だった。

 それほど複雑なゲームじゃねぇのに、全然おさまらなかったんだ。


 しょうがないので仕様を削った。

 CPU戦をなくしたり、細かいルールなどもなくして、爪に火を灯す思いだったんだ。


 この『ブリーズボード』に込めるこだわりは、仲良し三人娘の中でもそれぞれ違っていた。

 コリンはルールの再現で、グランはリアルな球の軌道、イーナスはビジュアル。


 容量が足りない中で、俺の追加仕様は残したので、きっと不満もあっただろう。

 侃々諤々(かんかんがくがく)の言い争いになることもあった。


 でも、まさにその時……俺は決意をしていたんだ。

 早いとこ、ハードウェアをグレードアップしなくては……と。


 俺の想いが通じてくれたのか、グランは改めて、力強く頷き返してくれた。


「よし、いいぜ! そういうことなら……アタイはもう反対しねぇ。レイジの好きにしろよ!」


 俺は最後に、イーナスのほうに向き直る。

 イーナスは、寝ぼけ眼をまっすぐ俺に向けていた。


「わかった……でも約束。絶対に女王様を夢中にさせて」


「もちろんだ。お前ら三人の作ったゲーム……無駄にはしねぇよ」


「もし夢中にならなかったら……レイジはこれを飲むこと」


 そう言いながらイーナスは、パーカーのポケットから何かを取り出す。

 それは……波打つ液体が入った茶色の小瓶で、ドクロマークのラベルが貼ってある。


「……なんだこれは?」


「ちんちんが一生勃たなくなる薬」


 ブッと吹き出すグランと、意味がわからずキョトンとしているコリン。

 俺はイーナスの手を、瓶ごと握りしめた。


「いいだろう……乗った! お前らの作った『ブリーズボード』で女王を夢中にさせるなんざ、賭けでもなんでもねぇよ……! 俺にとっちゃ、決定事項なんだからな……!」


 そして俺は立ち上がり、工房の出口へと向かう。


「よぉし……いくぞみんな! お前たちのゲームで、女王(ユーザー)に夢を見せてやりに……!」


「「「おっ……おおーっ!」」」


 背後から三つの声と、足音が追いかけてきた。

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