14 追加仕様
脇目もふらず机に向かっている、ゲームデザイナー見習いの少女たち。
俺は邪魔しないように、そっと工房を出る。
オレンジ色に染まりつつある中庭に、長い影を横切らせて屋敷へと向かう。
王城貴族となったネステルセル家の住まいは、今や三倍くらいの大きさになっていた。
かつてはホラーゲームさながらの暗い洋館だったんだが、今や屋敷からは昼間のような灯りがこぼれている。
あたたかい光の向こうでは忙しそうに、しかし楽しそうに、使用人が行き交っていた。
どうやらまた来客があったようで、玄関口に人だかりができている。
コリンや俺に会いに来てるんだろうが、ゲーム作りに集中したいために来客対応はぜんぶ使用人に任せている。
あとで来客リストをチェックして、興味のあるやつだけ会うという形をとってるんだが、俺は一度たりとも来た客に会ったことはない。だって、ロクなヤツがいねぇんだもん。
人のいいコリンは会わないまでも、ちゃんとお礼の手紙を書いているようだ。
客と鉢合わせすると面倒だったので、俺は裏庭へとまわりこむ。
メイド長であるシャリテの部屋の窓まで行き、コンコンとノックした。
ネステルセル家は王城貴族となって、多くの使用人を抱えるようになってからも、シャリテはメイド長としてコリンに仕えている。
王城貴族のメイド長ともなると、家柄と身分、気品と貫禄を兼ね備えたババ……老淑女がやるものらしいんだが、コリンは雇い替えをせず、シャリテを続投させた。
ちなみに中流以下の貴族のメイドは、地下や屋根裏に住んでいるものだが……上流貴族より遥か上に位置する王城貴族のメイドともなると、屋敷内のちゃんとした部屋が与えられるんだ。
立派な自室の書斎机で、シャリテは何か書き物をしていた。
だがノックの音に気づいて顔をあげると、何事かと窓際までやってくる。
「あらあら、どうしたのレイジくん? こんな所から……」
開け放った窓から身を乗り出すシャリテ。
「いや、ちょっとゲーム制作の調子がいいんで、今日の晩メシは工房まで持ってきてほしいと思ってさ」
すると、ふぅ……と溜息をつかれてしまった。
「もう……何かあったかと思ったじゃない。そんな事なら、ゲートキーパーにでも伝えてくれれば……」
「いや、客が来てたからさ、捕まったら面倒くせぇなと思って」
「まったく、お見えになってるのはレイジくんのお客様なのに……でも、伝えてくれてありがとう。私が工房にお夕食を持っていってあげる。四人分でいいのよね?」
「ああ。でも別に、持ってくるのはお前じゃなくても……忙しいんだろ?」
「うん、でもなるべくお食事の時くらいは、コリン様のお世話をしたくって」
「相変わらず、コリンLOVEだなぁ」
「うふふ、当然よ、なんたって赤ちゃんの頃から……」
そこまで言って、シャリテはむぐっと口をつぐんだ。
「赤ちゃんがどうしたんだ?」
「……なんでもないわ。ところでコリン様のこと、お願いね。私はメイドの仕事が忙しくて、あんまりお側に居られなくなっちゃったから……」
「ああ、任せとけ。お前に言われたとおり、女の子として労ればいいんだろ?」
するとシャリテは「んまぁ」と、さも意外そうな顔する。
この「あらあらまあまあ」みたいな表情は、彼女のクセらしく、驚いたときによくやるんだ。
「あらあら、偉いわぁ、ちゃんと女の子として扱ってあげているのね」
「ああ、ドーナツを買ってやった」
するとシャリテは、首が折れたかのようにガクッとうなだれてしまった。
「ドーナツって……小さい子じゃないんだから」
「コリンはまだ13歳だろ? 小さい子じゃねぇか」
「あら、女の子の成長は早いのよ? あと1年で結婚もできるようになるし」
パンダンティフ王国では、女性は14歳で結婚できる。
「うーん、法律上はそうかもしれねぇけど……でもまだガキにしか見えねぇなぁ……もうちょっと大きくなってくれりゃ、女として見れるんだが……」
「女の子はね、まわりの扱いひとつで、ガキにもレディにもなるのよ」
「そんなもんかなぁ……でも確かにお前は、17歳には見えねぇもんなぁ……」
するとシャリテは「なんですって?」と殺し屋のような目で睨みつけてくる。
コイツは普段は人の良さそうなタレ目なんだが、怒ったときの眼力はハンパねぇんだ。
「な、なんでもねぇよ。でもさ、俺がコリンのことを女として扱ったら、キモいとか思われねぇか?」
「思われないわよ」
「ずいぶんハッキリ言うんだなぁ……」
「うん。私はコリン様の気持ちがわかるから」
「そっか……さすが女どうしだなぁ……。じゃあさ、どんなことをしたらコリンが喜んでくれるか、わかるか?」
すると、シャリテは頬に手を当てて、少し考え込んだあと、
「……それを教えてあげたら、コリン様にしてあげるの?」
「モノによるな。グランとイーナスにも尋ねてみたんだが、グランは『酒盛り』、イーナスは『夜這い』って教えてくれたんだ。いくらコリンが望んでるかもしれないからって、それをするわけにはいかねぇだろ?」
「……それはしないほうがいいわね。わかったわ、教えてあげる」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ちょっと長い立ち話を終えて工房に戻ると、またしても三人娘が待ち構えていて、ひしっと捕まえられてしまった。
「ちょろちょろすんなよレイジ! 探しちまったじゃねぇーか! 新しいプログラムができたから、見てくれよ!」
「こっちも新しいラフができた……見て」
「おかえりなさい、レイジさん。なおした仕様書を見ていただきたいのですが」
「わかったわかった。見せてみろ」
俺は彼女らの頭をポンポンと叩いてやりながら、その場でリテイクの成果物をチェックする。
まずグラン。
等加速だったボールの軌道の計算式は、だいぶ複雑なものになっていた。
「……『ブリーズボード』のボールには、風の精霊が宿っていて独特の動きをする……それを思い出したようだな」
グランはひとさし指で鼻をこすりながら、得意気にしている。
「おうっ! へへへ……アタイも実際に『ブリーズボード』をやってみて、ボールの軌道に手こずらされたのを思い出したんだ! センティラス女王は『ブリーズボード』の大会で優勝するほどの腕前だから……そんなところも再現しなきゃ、遊んでもらえないと思ってさ!」
俺は「いいぞ!」と強く頷き返す。
「その気づき……合格だ! この内容で、実際のプログラムに移るんだ。あとはゲーム上での動きを見て、修正していこう!」
「……よぉしっ! やったぜっ!」
赤毛をわしゃわしゃと撫でてやると、グランはガキ大将のような笑顔を浮かべた。
次にコリン。
仕様書は勝敗がつくように修正され、細かいルールまでもしっかりと落とし込まれていた。
「……『ブリーズボード』は9点先取で決着なのに、なんで得点表示が二桁あるんだ?」
コリンはその質問を待っていたかのように、ある本の表紙をサッと見せてくる。
それは、『ブリーズボード』のルールブックだった。
「はい、通常のルールだとそうなのですが、お互いの点数が3回以上同じになった場合、12点先取のルールに変わるそうです。あまりないケースのようですが、『ブリーズボード』のルールはしっかり再現したほうがよいと思ったんです」
俺は「ほほぅ……!」と感心する。
「ちゃんと調べているようだな……よし、合格だ! この方向性で仕様書を仕上げるんだ!」
「はっ……はい……!」
ポニーテールの頭をくしゃくしゃにするくらいに撫でてやると、コリンは気持ちよさそうに瞼を閉じる。
それがまるでキスをせがんでいるように見えて、俺は不覚にもドキッとしちまった。
最後にイーナス。
エロ同人のようだったメインビジュアルは、大きくマトモになっていた。
右側面は、ブリーズボードに興じるセンティラス女王。
左側面は、その相手をしている女騎士ビリジアン。
「……なるほど……! 女王自身をメイビジュアルに起用したのか! これは強力なアピールになるぞ! でも、ビリジアンもブリーズボードをやるのか?」
するとフードごしの頭を、こくりと前に傾けるイーナス。
「あの女騎士は毎日のように、センティラス女王の練習相手をしていたという情報を入手した」
俺は「そうだったのか……!」と驚愕する。
「ちゃんとユーザーに向き合おうとしているな……文句なしの合格だ! このラフで進めてくれ!」
俺はフードごしの頭を撫でてやろうとしたんだが、阻止するようにグッと手首を掴まれてしまった。
イヤだったのかな? と思ったのだが……イーナスは俺の手首を持ち上げたままフードを外し、露出させたグレーのおかっぱ頭の上に、俺の手を置き直した。
「ナデナデして」
そう言われて、俺は改めてイーナスの髪の毛をわっしゃわっしゃと撫で崩してやった。
その後、俺は三人に向かって宣言する。
「決めた! 追加仕様を入れるぞ! これは進捗具合によってはナシにしようと思ったんだが……進みがいいので、正式採用することにした!」
「追加仕様って……なにをだよ?」「なんですか?」「なに?」
と揃って聞き返してくる三人娘。
「教えてほしけりゃ、もっと近くに来い」
俺は彼女らに手招きをして、オデコがくっつくほどに顔を寄せ合わせた。
「……それはな……」
「「「えっ……えええええええええええええええーーーーーっ!?!?!?」」」
俺は間近で3チャンネルの絶叫を聴いてしまい、耳がキーンってなっちまった。




