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異世界ゲームクリエイター  作者: 佐藤謙羊
ブリーズボード編
14/47

14 追加仕様

 脇目もふらず机に向かっている、ゲームデザイナー見習いの少女たち。

 俺は邪魔しないように、そっと工房を出る。


 オレンジ色に染まりつつある中庭に、長い影を横切らせて屋敷へと向かう。

 王城貴族となったネステルセル家の住まいは、今や三倍くらいの大きさになっていた。


 かつてはホラーゲームさながらの暗い洋館だったんだが、今や屋敷からは昼間のような灯りがこぼれている。

 あたたかい光の向こうでは忙しそうに、しかし楽しそうに、使用人が行き交っていた。


 どうやらまた来客があったようで、玄関口に人だかりができている。

 コリンや俺に会いに来てるんだろうが、ゲーム作りに集中したいために来客対応はぜんぶ使用人に任せている。


 あとで来客リストをチェックして、興味のあるやつだけ会うという形をとってるんだが、俺は一度たりとも来た客に会ったことはない。だって、ロクなヤツがいねぇんだもん。

 人のいいコリンは会わないまでも、ちゃんとお礼の手紙を書いているようだ。


 客と鉢合わせすると面倒だったので、俺は裏庭へとまわりこむ。

 メイド長であるシャリテの部屋の窓まで行き、コンコンとノックした。


 ネステルセル家は王城貴族となって、多くの使用人を抱えるようになってからも、シャリテはメイド長としてコリンに仕えている。

 王城貴族のメイド長ともなると、家柄と身分、気品と貫禄を兼ね備えたババ……老淑女がやるものらしいんだが、コリンは雇い替えをせず、シャリテを続投させた。


 ちなみに中流以下の貴族のメイドは、地下や屋根裏に住んでいるものだが……上流貴族より遥か上に位置する王城貴族のメイドともなると、屋敷内のちゃんとした部屋が与えられるんだ。


 立派な自室の書斎机で、シャリテは何か書き物をしていた。

 だがノックの音に気づいて顔をあげると、何事かと窓際までやってくる。


「あらあら、どうしたのレイジくん? こんな所から……」


 開け放った窓から身を乗り出すシャリテ。


「いや、ちょっとゲーム制作の調子がいいんで、今日の晩メシは工房まで持ってきてほしいと思ってさ」


 すると、ふぅ……と溜息をつかれてしまった。


「もう……何かあったかと思ったじゃない。そんな事なら、ゲートキーパーにでも伝えてくれれば……」


「いや、客が来てたからさ、捕まったら面倒くせぇなと思って」


「まったく、お見えになってるのはレイジくんのお客様なのに……でも、伝えてくれてありがとう。私が工房にお夕食を持っていってあげる。四人分でいいのよね?」


「ああ。でも別に、持ってくるのはお前じゃなくても……忙しいんだろ?」


「うん、でもなるべくお食事の時くらいは、コリン様のお世話をしたくって」


「相変わらず、コリンLOVEだなぁ」


「うふふ、当然よ、なんたって赤ちゃんの頃から……」


 そこまで言って、シャリテはむぐっと口をつぐんだ。


「赤ちゃんがどうしたんだ?」


「……なんでもないわ。ところでコリン様のこと、お願いね。私はメイドの仕事が忙しくて、あんまりお側に居られなくなっちゃったから……」


「ああ、任せとけ。お前に言われたとおり、女の子として労ればいいんだろ?」


 するとシャリテは「んまぁ」と、さも意外そうな顔する。

 この「あらあらまあまあ」みたいな表情は、彼女のクセらしく、驚いたときによくやるんだ。


「あらあら、偉いわぁ、ちゃんと女の子として扱ってあげているのね」


「ああ、ドーナツを買ってやった」


 するとシャリテは、首が折れたかのようにガクッとうなだれてしまった。


「ドーナツって……小さい子じゃないんだから」


「コリンはまだ13歳だろ? 小さい子じゃねぇか」


「あら、女の子の成長は早いのよ? あと1年で結婚もできるようになるし」


 パンダンティフ王国では、女性は14歳で結婚できる。


「うーん、法律上はそうかもしれねぇけど……でもまだガキにしか見えねぇなぁ……もうちょっと大きくなってくれりゃ、女として見れるんだが……」


「女の子はね、まわりの扱いひとつで、ガキにもレディにもなるのよ」


「そんなもんかなぁ……でも確かにお前は、17歳には見えねぇもんなぁ……」


 するとシャリテは「なんですって?」と殺し屋のような目で睨みつけてくる。

 コイツは普段は人の良さそうなタレ目なんだが、怒ったときの眼力はハンパねぇんだ。


「な、なんでもねぇよ。でもさ、俺がコリンのことを女として扱ったら、キモいとか思われねぇか?」


「思われないわよ」


「ずいぶんハッキリ言うんだなぁ……」


「うん。私はコリン様の気持ちがわかるから」


「そっか……さすが女どうしだなぁ……。じゃあさ、どんなことをしたらコリンが喜んでくれるか、わかるか?」


 すると、シャリテは頬に手を当てて、少し考え込んだあと、


「……それを教えてあげたら、コリン様にしてあげるの?」


「モノによるな。グランとイーナスにも尋ねてみたんだが、グランは『酒盛り』、イーナスは『夜這い』って教えてくれたんだ。いくらコリンが望んでるかもしれないからって、それをするわけにはいかねぇだろ?」


「……それはしないほうがいいわね。わかったわ、教えてあげる」


  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 ちょっと長い立ち話を終えて工房に戻ると、またしても三人娘が待ち構えていて、ひしっと捕まえられてしまった。


「ちょろちょろすんなよレイジ! 探しちまったじゃねぇーか! 新しいプログラムができたから、見てくれよ!」


「こっちも新しいラフができた……見て」


「おかえりなさい、レイジさん。なおした仕様書を見ていただきたいのですが」


「わかったわかった。見せてみろ」


 俺は彼女らの頭をポンポンと叩いてやりながら、その場でリテイクの成果物をチェックする。


 まずグラン。

 等加速だったボールの軌道の計算式は、だいぶ複雑なものになっていた。


「……『ブリーズボード』のボールには、風の精霊が宿っていて独特の動きをする……それを思い出したようだな」


 グランはひとさし指で鼻をこすりながら、得意気にしている。


「おうっ! へへへ……アタイも実際に『ブリーズボード』をやってみて、ボールの軌道に手こずらされたのを思い出したんだ! センティラス女王は『ブリーズボード』の大会で優勝するほどの腕前だから……そんなところも再現しなきゃ、遊んでもらえないと思ってさ!」


 俺は「いいぞ!」と強く頷き返す。


「その気づき……合格だ! この内容で、実際のプログラムに移るんだ。あとはゲーム上での動きを見て、修正していこう!」


「……よぉしっ! やったぜっ!」


 赤毛をわしゃわしゃと撫でてやると、グランはガキ大将のような笑顔を浮かべた。


 次にコリン。

 仕様書は勝敗がつくように修正され、細かいルールまでもしっかりと落とし込まれていた。


「……『ブリーズボード』は9点先取で決着なのに、なんで得点表示が二桁あるんだ?」


 コリンはその質問を待っていたかのように、ある本の表紙をサッと見せてくる。

 それは、『ブリーズボード』のルールブックだった。


「はい、通常のルールだとそうなのですが、お互いの点数が3回以上同じになった場合、12点先取のルールに変わるそうです。あまりないケースのようですが、『ブリーズボード』のルールはしっかり再現したほうがよいと思ったんです」


 俺は「ほほぅ……!」と感心する。


「ちゃんと調べているようだな……よし、合格だ! この方向性で仕様書を仕上げるんだ!」


「はっ……はい……!」


 ポニーテールの頭をくしゃくしゃにするくらいに撫でてやると、コリンは気持ちよさそうに瞼を閉じる。

 それがまるでキスをせがんでいるように見えて、俺は不覚にもドキッとしちまった。


 最後にイーナス。

 エロ同人のようだったメインビジュアルは、大きくマトモになっていた。


 右側面は、ブリーズボードに興じるセンティラス女王。

 左側面は、その相手をしている女騎士ビリジアン。


「……なるほど……! 女王(ユーザー)自身をメイビジュアルに起用したのか! これは強力なアピールになるぞ! でも、ビリジアンもブリーズボードをやるのか?」


 するとフードごしの頭を、こくりと前に傾けるイーナス。


「あの女騎士は毎日のように、センティラス女王の練習相手をしていたという情報を入手した」


 俺は「そうだったのか……!」と驚愕する。


「ちゃんとユーザーに向き合おうとしているな……文句なしの合格だ! このラフで進めてくれ!」


 俺はフードごしの頭を撫でてやろうとしたんだが、阻止するようにグッと手首を掴まれてしまった。


 イヤだったのかな? と思ったのだが……イーナスは俺の手首を持ち上げたままフードを外し、露出させたグレーのおかっぱ頭の上に、俺の手を置き直した。


「ナデナデして」


 そう言われて、俺は改めてイーナスの髪の毛をわっしゃわっしゃと撫で崩してやった。


 その後、俺は三人に向かって宣言する。


「決めた! 追加仕様を入れるぞ! これは進捗具合によってはナシにしようと思ったんだが……進みがいいので、正式採用することにした!」


「追加仕様って……なにをだよ?」「なんですか?」「なに?」


 と揃って聞き返してくる三人娘。


「教えてほしけりゃ、もっと近くに来い」


 俺は彼女らに手招きをして、オデコがくっつくほどに顔を寄せ合わせた。


「……それはな……」


「「「えっ……えええええええええええええええーーーーーっ!?!?!?」」」


 俺は間近で3チャンネルの絶叫を聴いてしまい、耳がキーンってなっちまった。

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