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異世界ゲームクリエイター  作者: 佐藤謙羊
ブリーズボード編
12/47

12 成果物チェック

「おい! 今までどこほっつき歩いてたんだよっ!? ちょっとコイツを見やがれ!」


「ラフができた……見て」


「おかえりなさい、レイジさん。仕様書を見ていただきたいのですが」


 俺が工房の扉をくぐるなり、主の帰りを待っていた犬のようにシュバッと詰め寄ってくる三人娘。

 成果物であろう紙面を直訴状のように突きつけ、ぴょんぴょんと跳ねている。


 俺は彼女らの頭を撫で、いなすようにして応接スペースのほうへと進んだ。


「まぁ、待て待て、ひとりずつ順番な。ドーナツを買ってきたから、茶でも飲みながら見てやろう」


 工房の入り口近くには、応接スペースと呼ばれるテーブルとソファがある。

 主に外部の業者に対しての打ち合わせに使うんだ。


 俺はドーナツの入った紙袋をテーブルに置き、紅茶を入れようとしたんだが、「あ、お紅茶ならわたしが」とコリンが申し出てくれた。

 でも、俺はそれを制止する。


「いや、お前はお茶くみ係じゃねぇだろ。俺がやるから座ってろ」


 アシスタントディレクターとはいえ、今のコリンはプランナーだ。

 そういう雑用はぜんぶ俺の仕事……と思ってカッコ良く言ってやったんだが、グランとイーナスからは猛反対されちまった。


「レイジのいれる紅茶って、マズいんだよ! コリンのがいい!」


「レイジの入れた紅茶、雑巾の絞りカスみたいな味がする」


 た……たしかに俺は何事にも適性がねぇから、お茶くみも下手かもしれねぇけど……あんまりな言い方じゃねぇか……?


 それに雑巾の絞りカス、って……俺のいれるお茶は、クソ上司に対して仕返しをするOLがいれたお茶かよ。


 でもそうまで言われちゃしょうがないので、コリンにバトンタッチする。

 実に香り高くておいしい紅茶をいれてもらった。


 そして俺の買ってきたドーナツをつまみながら、ひとりずつ成果物を見せてもらうことにする。


 まずはグラン。

 彫り込む予定のプログラムを、紙に書いたやつを見せてくれた。


 この世界のプログラムは石に直接彫り込むので、あとからの修正が大変なんだ。

 だからこうやって、彫る前に紙に書いて確認するのが一般的らしい。


「……なんだこの反射の計算式は?」


 魔法文字の書かれた紙を見るなり、俺は開口一番そう言った。

 するとグランは、虚を突かれたように目をしばたたかせる。


「レイジ……お前、プログラムが読めんのか?」


「読めねぇけど、雰囲気で大体わかるよ」


 前の世界では、アセンブラでもC言語でもスクリプトでも目を通してたんだ。

 言語は違えど、同じプログラムならだいたいわかる。


 グランは苛立ったように親指の爪を噛んでいた。


「ボールが、ボードや壁に当って反射するときの計算式がよくわからなくて……」


「反射ベクトルの計算式だな」


 俺は羽根ペンをとって、紙の余白に反射ベクトルの計算式を書き込む。

 するとグランは、瞬きが止まらなくなった。


「な……なんでこんな計算式が、さらっと出てくるんだよ!?」


「反射ベクトルの計算式は、ゲーム作りの基本中の基本だ。ゴブリンストーンしか作らなかった今までなら要らなかっただろうが、これからは嫌ってほど使うことになるから頭に叩き込んどけ」


「わ、わかったよ……」


「……それと何だ、このボールの挙動は? ただまっすぐ進んでるだけじゃねぇか」


「だって……それ以外に何があるってんだよ?」


 俺の言ったことの意味が、本気でわかってない様子のグラン。


 ……まったく、コイツは何にでも疑問に思うクセに、それをプログラムに活かすってことはしねぇんだなぁ……。


 グランにはもっと考えるように言って、その間にコリンの成果物をチェックする。


 コリンが出してきたのは、ソフトウェアの概要書。

 細かい仕様に落とす前段階で、俺に見てほしいらしい。


 本格的に進める前に、こうして確認してくる気配りは非常にいいんだが……。


「……得点と、ゲームセットのことが書いてないな。書き忘れというより、わざと書いてないように見える……どうやったら得点になって、どうなったら勝負がつくんだ?」


 丁寧だけど、どこか可愛らしい文字の文章にざっと目を通したあと、俺は開口一番そう言った。

 するとコリンは、まっすぐな瞳で俺を見据えて、


「得点はありませんので、勝負はつきません。ずっと『ブリーズボード』の試合が続きます」


「……永遠にか?」


「はい、永遠に……!」


 瞳の奥を、永遠の小宇宙を内包しているかのようにキラキラさせるコリン。

 強い思いを感じた俺は、いちおう理由を尋ねてみることにした。


「なんで永遠に続くようにしたんだ? 『ブリーズボード』のルールだと、9点先取でゲームセットだろう」


「はい、本来はそうなのですが、勝負がつくようにすると、負けた方がかわいそうだと思いまして……」


「……なるほど、だから得点をなくして、勝敗がつかないようにしたのか」


 まるでかつて俺の世界であった、みんなで一緒にゴールする小学校の徒競走みたいだな……と思っていると、コリンは我が意を得たりとばかりに、「はいっ!」と返事をした。


 ……まったく、コイツは素直さと気配りは百点満点なんだが……それを過剰にゲームに持ち込むところがあるようだ。


 このやさしさあふれる概要書についても、他にも言いたいことが山ほどあるんだが……俺はいったんそこで話を終わらせて、先にイーナスの成果物をチェックすることにした。


 イーナスは筐体の側面に描かれる予定の、メインビジュアルのラフスケッチを見せてくれた。

 イラストは筐体の右側面と左側面、それぞれで違っているようだ。


「……なんだこのエロ同人みたいなのは」


 オークに囲まれた女騎士のイラストを見るなり、俺は開口一番そう言った。

 するとイーナスは、パーカーのフードを深く被りなおしたかと思うと、


「……ビリジアンの未来予想だよ、ヒッヒッヒッ」


 と妖しい占い師のような口調で返してくる。


 イラストで両手を縛られ吊り下げられている女騎士は、たしかにビリジアンそっくりだ。

 「クッ、殺せ……!」というアイツの声が聞えてくるほどに。


「ちなみに真ん中にいるオークのボスは、アンタをイメージしてるんだよ、ヒッヒヒ」


 悪事を持ちかけるように俺にささやきながら、イラストを指さしてくるイーナス。

 そこには舌なめずりをしながらビリジアンに下卑た笑いを向ける、俺ソックリのオークがいた。


「これはもしや、アンタの未来の姿かもしれないねぇ……」


 俺はイーナスのひとり芝居を黙殺し、もうひとつのイラストを見る。


 筐体の反対側に描かれるであろうイラストは、ブリーズボードに興じる美少女の姿だった。

 それはまあいいんだが、過剰なまでにパンモロしている。しかもスコートですらねぇ。


「……これはコリンだな。なんでスコートを穿いてねぇんだ?」


 これまたソックリだったので、俺はすぐにわかった。


「そのほうが数字がとれると判断した」


 素に戻って答えるイーナス。


「……そうか。それにしてもパンツの描き込みがすげぇな……」


 全精力をパンツに注ぎ込んだようなイラストだ……と、つい変な感心をしちまった。


「こっちのイラストのテーマは未来予想ではなく、リアル志向。リアリティを地獄の底まで徹底追求してみた」


 イーナスはそうつぶやきながら、ポケットから取り出した布をテーブルの上に広げる。


 その布は、小さな三角形のカタチをしていて、フリルがあしらえてある純白で……。

 と心の中で実況していたら「きゃあっ!?」と風呂場でも覗かれたみたいな悲鳴が割り込んでくる。


「いっ、イーナスちゃん! それわたしのパン……!?」


 コリンだ。途中で俺の視線に気づいて言葉を止め、目にも止まらぬ速さで布をひったくっていった。


 まったく……イーナスのヤツは、こだわりが強いのはいいんだが、アクも強すぎるんだよなぁ……。


 俺はやれやれと溜息をつきながら、ソファから立ち上がる。


 グランはまだ、ウンウン唸りながら考えこんでいた。

 コリンはトマトみたいに赤くした顔を両手で覆い、イヤイヤをしていた。

 イーナスはハムスターみたいにハムハムと、ドーナツを頬張っていた。


 相変わらずリアクションだけは豊かな三人娘を見下ろしながら、俺は言う。


「お前らは、まだ全然……『ゲームの向こう側』が見えてねぇようだな……!」

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