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異世界ゲームクリエイター  作者: 佐藤謙羊
ブリーズボード編
11/47

11 ゲーム制作開始

 初めての『ブリーズボード』はなかなか楽しかった。


 ボールに風の精霊の力が込められているおかげで、ボールを板に当てるだけで相手のコートまで飛んでいってくれる。

 ボールには高低の概念がなく。両側に壁もあるから、アウトもない。


 だから見た目はテニスみたいなんだが、実際にやってみるとエアホッケーに近い感じなんだ。


 しかし……何事にも適性のない俺は、一試合やっただけでヘトヘトになっちまった。

 でも三人娘はキャッキャと楽しそうに、コートの中を走り回っている。


 アイツら見た目は悪くないから、ああしていると妖精が遊んでるみたいだ。

 ほとばしる汗すらも、宝石みたいにキラキラしてやがる。


 白熱しているグランとイーナスの試合を、ベンチに座って眺めていると……いつのまにか横にコリンが座っていた。

 ちょこんと遠慮がちに、脚を揃えてすみっこのほうにいる。


「……なんだ、そんなとこに座ってねぇで、もっとこっちにこいよ」


 と言うと「は、はい……」と言いながら、すすすすと近寄ってきた。


「あの……レイジさん、ごめんなさい」


 そして、即座に謝られてしまった。


「……なんだよ? そんなに俺の側に座るのがイヤだったのか?」


 するとコリンは頭と手と身体、全身をブンブンと振って否定してくる。

 ポニーテールが鞭みたいにしなって、ペチペチと顔に当たっていた。


「いっ、いえっ! とんでもありません! もっと近づきたいくらい……あっ、いえいえ! グランちゃんとイーナスちゃんのことで……!」


 裏返った声で、ひたすら意味不明のことをまくしたてるコリン。

 どうやら緊張しているようだ。


 まったく……コイツはこの状況で、何を緊張することがあるんだよ……。


 と思ったが、すぐに思い直す。

 以前シャリテに怒られたことを思い出し、なるべくやさしく接してやることにする。


「……グランちゃんとイーナスちゃんが、どうかしたのかい?」


 俺の猫撫で声に、コリンは悪寒が走ったかのように背筋を震わせていた。

 ……そんなに気持ち悪かったのかよ……。


「あ、あの……グランちゃんとイーナスちゃんは、ちょっと言葉づかいが良くなくて……でも、とってもいい子なんです。わたしからも言い聞かせますから、気分を悪くされないでいただけると、嬉しいのですが……」


 俺は、のっけからコリンが謝ってきた理由を理解する。

 そして拍子抜けしちまった。


「……なんだ、だからお前がかわりに謝ってるのか……言葉づかいなんて、別に気にしてねぇよ。むしろ、俺はあのふたりのそういうところが好きなんだ」


「すすっ……好きっ!? ですかっ!?」


 なぜかコリンは、ポニーテールが逆立つくらい驚いている。


「そんなにびっくりすることか?」


「そそそ、そうですよね……すみません……」


 どぎまぎしながら、でもしゅんと肩を落とすコリン。

 この会話の内容で、なぜ元気をなくすのかわからねぇけど……泣かないでくれよ、とだけ思う。


 コリンはしばらくうつむいていたが、また俺の方を向いた。


「あの……グランちゃんとイーナスちゃんの、どんなところがお好きになったんですか?」


「んん? そうだな……」


 俺はコートにいるグランを見ながら、少し考える。

 ちょうどグランは失点したようで、「お前、変な曲がり方したろー!? なんでだよー!?」と、わし掴みにしたボールを叱りつけていた。


「……まずグランは、あの何にでも突っかかっていくところかな。どんなものにも疑問を持って、そのままにしておかないのは、ゲーム屋として必要なスキルだ。見ていてこっちも元気になれるから、チームの切り込み隊長としても期待できる」


 続いて俺は、コートの反対側にいるイーナスに視線を移す。

 イーナスは「あっ」と指さしてグランの気をそらしている間に、サーブを打ちこんでいた。


「……そしてイーナスのほうは、自分なりの世界を持っていることだな。与えられたものに対して自分なりの形に変え、答えとして出す……ゲーム屋として不可欠なスキルだ。冷静さもあるから、チームの中核で頭脳としても活躍できるだろうな」


 それまで黙って俺の言葉に耳を傾けていたコリンは、ほうっ、と溜息をついていた。


「げ……ゲーム屋さんとして好きだ、ということだったんですね……」


 ……それ以外に、何としての好きがあるってんだ?

 コリンの緊張はすっかりほぐれていたようだが、俺はよくわからずにいた。


「あの……それでは、レイジさんから見たら、わたしは……あっ!? あぶないっ!」


 ……パカァンッ!!


 まるでボーリングでストライクをかましたみたいに胸のすくような音が、俺の頭を襲った。


「だっ、大丈夫ですかレイジさんっ!? お気をたしかにっ!」


「あー! 何やってんだよレイジ、そのくらいよけろよっ!」


「気付けにコリン、顔騎して。すぐ気づくはず」


「は、はいっ、わかりました! でも、ガンキってなんですか? お部屋の空気を入れ替えればいいんですか?」


「そりゃ換気だろっ!」


 俺は薄れゆく意識の中で、三者三様の娘たちの声を聞いていた。


  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 コリンのやさしい膝枕、グランの乱暴な心臓マッサージ、イーナスの容赦ない電気アンマで、俺は意識を取り戻す。

 そのあとは工房に戻って、いよいよゲーム作りを始めることにした。


「よし、お待ちかねのゲーム制作の開始だ。コリンはソフトウェアの仕様書作り、グランはプロトタイプの作成、イーナスは筐体の外側にあるイラストを描くんだ。……質問はあるか?」


 そしてここでもやはり、質問の口火を切ったのはグランだった。


「なぁ、ネステルセル家のゴブリンストーンの筐体は、鏡台の形をしてたけど……今回はそうじゃないのか?」


 黒板に描かれていた、筐体のイメージイラストを指さしながら尋ねてくる。


「ああ、そうだ。いままではゲーム筐体に家具の機能を持たせるのが一般的だったようだが、もうそれはやめだ。ゲーム以外の機能は一切盛り込まねぇ」


 「なんで?」とさらに突っ込んでくるイーナス。


「ゲームの面白さだけで勝負したいからだよ。他のモノに頼らなきゃ置いてもらえないようなゲームは、それだけの力しかねぇってことだ」


 すると三人娘は、声なき驚嘆を漏らした。


「ゲームの面白さだけで勝負って、なんかカッコイイじゃねーか! 乗ったぜ!」とグラン。


「レイジさんはどうしてそんなに、すごいことを次々と思いつくのですか……!?」とコリン。


「悔しいけど、ゲームについては天……エフンエフン」とイーナス。


 三人ともそれ以上の質問はなかったようなので、俺は始まりの合図として手をかざす。


「もう質問はないな? あったらあとはその都度聞いてくれ! じゃあ各自、はじめてくれ!」


 するとある者は興奮気味に、ある者は緊張気味に、ある者はだらけ気味に……俺の元から離れ、それぞれの仕事机についた。


 そして、俺はというと……彼女らに振った以外の仕事、ようは雑用にとりかかる。


 新しい筐体用のパーツを、外部発注するための設計図作成。

 コントローラーの調達。あとはチームメンバーの世話などだ。


 本当はゲームの仕様を書きたいところなんだが、たぶんあっという間に書けちまうだろうし、俺がやったらコリンの仕事がなくなっちまう。

 コリンにはまずアシスタントディレクターとして、仕様書の書き方を覚えてもらうことにしたんだ。


 俺は自席につくと、紙細工の要領で筐体のミニチュアイメージを作る。

 デッサン人形を人間に見立て、だいたいの大きさのイメージを固めたあと、図面に落とし込む。


 余談になるが、デッサン人形というのはゲーム制作者の強い味方だ。

 デザイナーがデッサンを作るのはもちろんのこと、人型のキャラクターの動きを考えるのにも使える。


 立体だから、3Dゲームのモーションなどを作る際にも非常に役立つんだ。

 昨今ではモーションキャプチャーが主流となってしまったが、人間ではおいそれとはできないポーズもとらせることができる。


 まぁ、それはさておき……俺は図面ができあがったところで工房を出て、城下町の木工細工の店へと向かった。


 宮廷貴族ともなれば、筐体作成のスタッフもお抱えでいるのが普通だそうだが、ウチにはまだいねぇ。

 だから街の業者に頼んで作ってもらうんだ。


 図面を渡して発注を終えたあと、店のオヤジと世間話。

 そのあと別の店にも立ち寄り、コントローラーを注文する。


 店のお姉さんと少し立ち話をしたあと、近頃できたばかりだという人気のドーナツ店に並ぶ。


 女子たちのお土産を買うつもりだったんだが、そこのドーナツは行列ができるだけあって、たしかにうまそうだった。

 ガマンできなくなったので、ひとつつまみ食いしながら工房へと戻る。


 すると……ギャーギャーとしたやかましい悲鳴が迎えてくれたんだ。

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