11 ゲーム制作開始
初めての『ブリーズボード』はなかなか楽しかった。
ボールに風の精霊の力が込められているおかげで、ボールを板に当てるだけで相手のコートまで飛んでいってくれる。
ボールには高低の概念がなく。両側に壁もあるから、アウトもない。
だから見た目はテニスみたいなんだが、実際にやってみるとエアホッケーに近い感じなんだ。
しかし……何事にも適性のない俺は、一試合やっただけでヘトヘトになっちまった。
でも三人娘はキャッキャと楽しそうに、コートの中を走り回っている。
アイツら見た目は悪くないから、ああしていると妖精が遊んでるみたいだ。
ほとばしる汗すらも、宝石みたいにキラキラしてやがる。
白熱しているグランとイーナスの試合を、ベンチに座って眺めていると……いつのまにか横にコリンが座っていた。
ちょこんと遠慮がちに、脚を揃えてすみっこのほうにいる。
「……なんだ、そんなとこに座ってねぇで、もっとこっちにこいよ」
と言うと「は、はい……」と言いながら、すすすすと近寄ってきた。
「あの……レイジさん、ごめんなさい」
そして、即座に謝られてしまった。
「……なんだよ? そんなに俺の側に座るのがイヤだったのか?」
するとコリンは頭と手と身体、全身をブンブンと振って否定してくる。
ポニーテールが鞭みたいにしなって、ペチペチと顔に当たっていた。
「いっ、いえっ! とんでもありません! もっと近づきたいくらい……あっ、いえいえ! グランちゃんとイーナスちゃんのことで……!」
裏返った声で、ひたすら意味不明のことをまくしたてるコリン。
どうやら緊張しているようだ。
まったく……コイツはこの状況で、何を緊張することがあるんだよ……。
と思ったが、すぐに思い直す。
以前シャリテに怒られたことを思い出し、なるべくやさしく接してやることにする。
「……グランちゃんとイーナスちゃんが、どうかしたのかい?」
俺の猫撫で声に、コリンは悪寒が走ったかのように背筋を震わせていた。
……そんなに気持ち悪かったのかよ……。
「あ、あの……グランちゃんとイーナスちゃんは、ちょっと言葉づかいが良くなくて……でも、とってもいい子なんです。わたしからも言い聞かせますから、気分を悪くされないでいただけると、嬉しいのですが……」
俺は、のっけからコリンが謝ってきた理由を理解する。
そして拍子抜けしちまった。
「……なんだ、だからお前がかわりに謝ってるのか……言葉づかいなんて、別に気にしてねぇよ。むしろ、俺はあのふたりのそういうところが好きなんだ」
「すすっ……好きっ!? ですかっ!?」
なぜかコリンは、ポニーテールが逆立つくらい驚いている。
「そんなにびっくりすることか?」
「そそそ、そうですよね……すみません……」
どぎまぎしながら、でもしゅんと肩を落とすコリン。
この会話の内容で、なぜ元気をなくすのかわからねぇけど……泣かないでくれよ、とだけ思う。
コリンはしばらくうつむいていたが、また俺の方を向いた。
「あの……グランちゃんとイーナスちゃんの、どんなところがお好きになったんですか?」
「んん? そうだな……」
俺はコートにいるグランを見ながら、少し考える。
ちょうどグランは失点したようで、「お前、変な曲がり方したろー!? なんでだよー!?」と、わし掴みにしたボールを叱りつけていた。
「……まずグランは、あの何にでも突っかかっていくところかな。どんなものにも疑問を持って、そのままにしておかないのは、ゲーム屋として必要なスキルだ。見ていてこっちも元気になれるから、チームの切り込み隊長としても期待できる」
続いて俺は、コートの反対側にいるイーナスに視線を移す。
イーナスは「あっ」と指さしてグランの気をそらしている間に、サーブを打ちこんでいた。
「……そしてイーナスのほうは、自分なりの世界を持っていることだな。与えられたものに対して自分なりの形に変え、答えとして出す……ゲーム屋として不可欠なスキルだ。冷静さもあるから、チームの中核で頭脳としても活躍できるだろうな」
それまで黙って俺の言葉に耳を傾けていたコリンは、ほうっ、と溜息をついていた。
「げ……ゲーム屋さんとして好きだ、ということだったんですね……」
……それ以外に、何としての好きがあるってんだ?
コリンの緊張はすっかりほぐれていたようだが、俺はよくわからずにいた。
「あの……それでは、レイジさんから見たら、わたしは……あっ!? あぶないっ!」
……パカァンッ!!
まるでボーリングでストライクをかましたみたいに胸のすくような音が、俺の頭を襲った。
「だっ、大丈夫ですかレイジさんっ!? お気をたしかにっ!」
「あー! 何やってんだよレイジ、そのくらいよけろよっ!」
「気付けにコリン、顔騎して。すぐ気づくはず」
「は、はいっ、わかりました! でも、ガンキってなんですか? お部屋の空気を入れ替えればいいんですか?」
「そりゃ換気だろっ!」
俺は薄れゆく意識の中で、三者三様の娘たちの声を聞いていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
コリンのやさしい膝枕、グランの乱暴な心臓マッサージ、イーナスの容赦ない電気アンマで、俺は意識を取り戻す。
そのあとは工房に戻って、いよいよゲーム作りを始めることにした。
「よし、お待ちかねのゲーム制作の開始だ。コリンはソフトウェアの仕様書作り、グランはプロトタイプの作成、イーナスは筐体の外側にあるイラストを描くんだ。……質問はあるか?」
そしてここでもやはり、質問の口火を切ったのはグランだった。
「なぁ、ネステルセル家のゴブリンストーンの筐体は、鏡台の形をしてたけど……今回はそうじゃないのか?」
黒板に描かれていた、筐体のイメージイラストを指さしながら尋ねてくる。
「ああ、そうだ。いままではゲーム筐体に家具の機能を持たせるのが一般的だったようだが、もうそれはやめだ。ゲーム以外の機能は一切盛り込まねぇ」
「なんで?」とさらに突っ込んでくるイーナス。
「ゲームの面白さだけで勝負したいからだよ。他のモノに頼らなきゃ置いてもらえないようなゲームは、それだけの力しかねぇってことだ」
すると三人娘は、声なき驚嘆を漏らした。
「ゲームの面白さだけで勝負って、なんかカッコイイじゃねーか! 乗ったぜ!」とグラン。
「レイジさんはどうしてそんなに、すごいことを次々と思いつくのですか……!?」とコリン。
「悔しいけど、ゲームについては天……エフンエフン」とイーナス。
三人ともそれ以上の質問はなかったようなので、俺は始まりの合図として手をかざす。
「もう質問はないな? あったらあとはその都度聞いてくれ! じゃあ各自、はじめてくれ!」
するとある者は興奮気味に、ある者は緊張気味に、ある者はだらけ気味に……俺の元から離れ、それぞれの仕事机についた。
そして、俺はというと……彼女らに振った以外の仕事、ようは雑用にとりかかる。
新しい筐体用のパーツを、外部発注するための設計図作成。
コントローラーの調達。あとはチームメンバーの世話などだ。
本当はゲームの仕様を書きたいところなんだが、たぶんあっという間に書けちまうだろうし、俺がやったらコリンの仕事がなくなっちまう。
コリンにはまずアシスタントディレクターとして、仕様書の書き方を覚えてもらうことにしたんだ。
俺は自席につくと、紙細工の要領で筐体のミニチュアイメージを作る。
デッサン人形を人間に見立て、だいたいの大きさのイメージを固めたあと、図面に落とし込む。
余談になるが、デッサン人形というのはゲーム制作者の強い味方だ。
デザイナーがデッサンを作るのはもちろんのこと、人型のキャラクターの動きを考えるのにも使える。
立体だから、3Dゲームのモーションなどを作る際にも非常に役立つんだ。
昨今ではモーションキャプチャーが主流となってしまったが、人間ではおいそれとはできないポーズもとらせることができる。
まぁ、それはさておき……俺は図面ができあがったところで工房を出て、城下町の木工細工の店へと向かった。
宮廷貴族ともなれば、筐体作成のスタッフもお抱えでいるのが普通だそうだが、ウチにはまだいねぇ。
だから街の業者に頼んで作ってもらうんだ。
図面を渡して発注を終えたあと、店のオヤジと世間話。
そのあと別の店にも立ち寄り、コントローラーを注文する。
店のお姉さんと少し立ち話をしたあと、近頃できたばかりだという人気のドーナツ店に並ぶ。
女子たちのお土産を買うつもりだったんだが、そこのドーナツは行列ができるだけあって、たしかにうまそうだった。
ガマンできなくなったので、ひとつつまみ食いしながら工房へと戻る。
すると……ギャーギャーとしたやかましい悲鳴が迎えてくれたんだ。




