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異世界ゲームクリエイター  作者: 佐藤謙羊
ブリーズボード編
10/47

10 次なるヒットゲーム

「……『ブリーズボード』のゲームを作るぞ!」


 ひと悶着あった散歩から戻った俺は、三人娘に向かってそう宣言した。


「「「ええええええっ!?」」」


 と揃って頭上に「!?」を浮かべている少女たち。


「ぶ……『ブリーズボード』のゲームを作る……ですか?」


 ウサギのように充血した瞳を、猫のようにクルクルさせ、ただただオウム返しするコリン。

 俺の言ったことをひとつも理解できていないようだ。


「『ブリーズボード』はすでにあるじゃねーか! 意味わかんないこと言うな!」


 グランは半分くらいは理解しているっぽい。

 だが、実際にあるものをゲームにするというのが、感覚として飲み込めていないようだ。


「それであの女騎士を、雌奴隷にする……と」


 イーナスはゲーム化の先の意図まで理解しているようだ。

 コイツはなかなか察しがいい……だいぶ歪んで解釈してるがな。


「そう、『ブリーズボード』をゲーム化して、女王にプレイしてもらうんだ。それで女王が元気になってくれりゃ、あの女騎士も雌奴隷に……じゃなかった、あの女騎士も少しは自分の行いを反省するだろ」


 「メスドレーってナニ?」とコリンとグランは顔を見合わせている。

 俺はふたりの疑問を黙殺し、工房の隅にあるキャスターのついた黒板を引っ張り出してきた。


 そこにカツカツとチョークを走らせる。

挿絵(By みてみん)

 描いたのは、ゲーム画面のイメージ図だ。

 上方見下ろしの視点で、上下の端には壁、左右の端に細長いボードがある。


「プレイヤーはこのボードを上下に操作して、画面上にあるボールを打ち合うんだ。相手に打ち返されることなく、相手側のボードの奥に打ち込めれば、得点となる」


 俺は説明しながら、黒板にボールを示す白い点をひとつ書き加えた。


「……プレイヤーはどっちのボードを動かすんだ? 右か? 左か?」


 左右にあるボードを交互に指さして、尋ねてくるグラン。


「1プレイヤーは左側、2プレイヤーは右側のボードだな」


 これ以外に答えのようない問いだったが、グランの疑問は深くなったようだ。


「わんぷれいやー? つーぷれいやー? ってなんだ?」


 それで俺は気づく。


 そうか……! この世界にはひとり用の『ゴブリンストーン』しかないから、ひとつのゲームをふたりでプレイするという概念が、まだないのか……!


 俺は、このゲームはふたりでプレイするものだということを付け加えた。


「「「ええええええーーーーーっ!?!?」」」


 さきほどの倍くらいの驚きを見せる三人娘。

 まるで地動説を初めて聞かされた、教会のヤツらのような反応だ。


「ふ……ふたりでって……人間どうしってことか!?!? どうやってふたりでプレイするんだよっ!?!?」


 ひたすら取り乱しているグラン。

 理解の及ばなさが、声のデカさに変換されてるみたいにやかましい。


「す……すごい……すごいですっ……! こんなの初めてです……レイジさん……!」


 潤みきった瞳と上気した頬で、ハァハァと息を荒くしているコリン。

 今にも鼻血を吹き出し、卒倒するんじゃないかと思うほどに興奮している。


「……!」


 イーナスはひとり、押し黙っていた。

 だがいつもの寝ぼけ眼がカッと見開いていたので、相当驚いているのだけは伝わってきた。


 俺は、グランから問われたプレイ方法について言及する。


「これはふたりで遊ぶゲームだから、筐体にもふたつのコントローラーが必要になるってわけだ。……あ、それとコントローラーについてなんだが、このゲームのコントローラーは普通のやつじゃなくて、特別なヤツを作るつもりだ」


 ……すると、三人娘の……ごくりっ、と唾を飲み込む音が聞えてきた。


「そ……その……特別なコントローラーというのは、どういうものなのでしょうか……?」


 三人を代表して、おそるおそるといった感じで尋ねてくるコリン。


「……それはな……」


「「「えっ……えええええええええええええええーーーーーっ!?!?!?」」」


 もう失禁しててもおかしくなさそうなほどの絶叫が、工房を揺らす。


 窓の外で、遠巻きにこちらを見ている庭師たちの姿が見えた。


  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 ……というわけで、俺たちは本物の『ブリーズボード』をやってみるために街へと繰り出した。

 城内でもできなくはないんだが、あの女騎士がまた邪魔しに来ると思ってやめたんだ。


 しかし、城下町でも簡単にはいかなかった。

 『ブリーズボード』の野外貸しコートは、すべて営業を停止していたんだ。


 どうやらあの女騎士の仕業らしい。

 しょうがないので俺たちはイーナスが仕入れてきた情報を元に、隠れキリシタンのように営業している地下の貸しコートへと向かった。


 俺は早々とジャージに着替え、コートで待っていると……テニスウェアみたいなミニスカートをふりふりしながら、三人娘がやって来た。

 三人とも、なんだかアヒルの子みたいに歩き方がぎこちない。


「こんなに短いスカートを穿くなんて、生まれて初めてのことなので……あのっ、変じゃありませんか?」


 もじもじと太ももをこすりあわせながら、上目遣いで俺を見るコリン。

 『ブリーズボード』ってテニスみたいにハイソっぽいスポーツだから、お嬢様のコリンはやったことがあるのかと思っていたが……どうやら初めてのようだ。


「アタイなんて、スカートを穿くも初めてなんだ。こんなにスースーするなんて、落ち着かないぜ……」


 スカートの裾をぐいぐい引っ張っているグラン。

 おいおい……そんな扱いしたら、脱げちまうぞ。


「ぴらっ」


 わずかなスキを見計らって、コリンとグランのスカートをめくりあげるイーナス。

 コリンのフリルいっぱいの純白スコートと、グランの飾り気のないシンプルなスコートが露わになる。


「「きゃーーーっ!?」」


 ふたりは悲鳴とともにスカートを抑え、その場でペタンと女の子座りしちまった。


 グランの怒声を背に、俺の所にトコトコとやってきたイーナスは、


「……見せパンのスコートも、リアクションが伴えばマジパンを超える」


 と名言っぽいことを述べる。


 俺は、コイツなかなかわかってるな……と思った。


 ……まぁ、なんにしても、俺たちは『ブリーズボード』をやりにきたんだ。

 恥ずかしがってちゃ先に進まないので、コリンとグランにはジャージを勧める。


「ふざけんな! ここでジャージなんて穿いたら負けたようなもんじゃねぇーか!」


 でもグランはよくわからない意地を張って、ジャージを着ようとはしなかった。


「グランちゃんもイーナスちゃんもジャージを着ないのでしたら、わたしもご一緒します……!」


 コリンもよくわからない連帯を主張して、ジャージを断ってくる。


「まぁ、着たくないなら別にいいけどよ……ちゃんと『ブリーズボード』はやるんだぞ?」


 俺がふたりに言うと、「はいっ!」と素直に返事をしたのはコリンだけだった。


「なあ……『ブリーズボード』のゲームを作るのはわかったけど、なんで本物をやらなくちゃいけないんだ? ルールは本を読めば書いてあるんだから、やらなくても作れるだろ」


 斜に構えた子供みたいに、納得できない様子のグラン。

 俺はその頭に手を置いて、赤毛をくしゃくしゃと撫でた。


「……ルールブックに、『ブリーズボード』の楽しさは書いてないよな?」


「そ、そりゃ、そんなこと書いてあるわけないだろ」


「だから実際にやってみるのさ。例えば……そうだな、グランはスキーをやったことはあるか?」


 するとグランは、わんぱく坊主のように顔をパッと明るくした。


「大好きだぜ! やる前は雪の上を滑るだけなんて、何が楽しいんだと思ってたんだけど……あっ!」


 何かを思い出したような声をあげるグラン。

 それ以上、文句を言わなくなった。


「俺の言いたいことがわかってくれたようだな……じゃ、そろそろやってみるか!」


 俺がコートに向かって駆け出すと、三人娘は黙って後に続いた。

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