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終末の地のアリス 一Alice in Deadland一  作者: 叶生 寧愛
第一章 青年傭兵と魔法戦士 一Boy meets Rabbit一 1.異端と世界
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第四話「帽子屋と鍵」

「差し当たりは、ボクたちの家に来てから考えるっていうのはどうかな?」

 射貫(いぬ)くようにアリスの瞳を真っ直ぐに見つめながらミクルから発せられたのは、そんな言葉だった。

「……お前らの、〝特異点(ラビット)〟たちの…家──?」

 それを聞いて、アリスは戸惑(とまど)った。これ以上、ミクルたちの事情に深入りしてもいいのか。自分はこの先、この世界でどのように生きていくのが正しいのか。今の自分に何が出来るのか。

 だが、ミクルの言う通り、今のアリスが帝都へ向かうのは恐らく無謀だった。

 そこには当然、故郷(こきょう)のように自分を〝呪われた血(サタナダム)〟と(さげす)む者もいなければ隔絶(かくぜつ)する理由もないだろう。しかし、今は()()()()()()()

 帝都側の人間に対して阻害をしてしまった。それに、先のミクルが言うように既に顔を見られたふたりは逃亡してしまった。培われてきた戦闘経験と鍛え上げられた肉体があっても、もはや敵同然と言っても過言ではないそこに身を(さら)すのは自殺行為だ──こんな調子でアリスが無言で長考をしていると、

「やぁミクル、こんなところに居たのか。……ん、そちらの彼は?」

 突然目の前に、黒髪で背の高い若い女が()()()()。唐突に、言葉通り刹那(せつな)、何の気配も感じ取れず──

「……!?」

 だがそれでもどのように近付いて来たのかわからないほどに強大な存在感を放っていて、それはアリスに恐怖すら与えるのに十分だった。

「!……君は、ただの人間じゃあないようだね」

 アリスの様子と機械仕掛けの小鳥(ニーナ)を見て、彼女はそう言う。依然(いぜん)としてアリスは体を小刻みに震わせているままだが、それでも眼差しはしっかり女へと向けられていた。

「そんなことより、ボクを探してたんでしょ、キミ」

 ──何故(なぜ)か1人蚊帳(かや)の外に置かれていたミクルが沈黙(ちんもく)を破ると、女は今度はミクルと向き合い、

「そうだ、マッドハッターが怒ってたぞ〜?あれほど勝手に外出するなと言ったのにこれで何度目だ、ってね。でも今日はいつもより帰りが遅いから今頃家出だなんだってあっちでは騒ぎになってるよ、だからほら用事が済んだならさっさと帰る」

 と(なか)ば早口に言うとミクルの手を引き歩き出した。

「えっ…ちょ、待っ……まだ用事は済んでない…っていうか、済んだけど、また別の用事が出来たの!それに…」

 ミクルは力限りの抵抗と抗議(こうぎ)をし、続ける。

「キミ、ここから帰る道わからないでしょ」

 ──女の動きが止まり、ミクルの腕を離した。図星のようだ。

「……たぶんキミのことだから、みんなと一緒にボクを探していたら自分が迷子になって、たまたまここに来たんでしょ」

 ミクルが容赦(ようしゃ)なく追い()ちをかけると、女はその場で崩れ落ちすすり泣き始めた。ミクルはそんな彼女を放置し振り返ると、アリスの目の前まで戻ってきた。

「……容赦ねえなおい」

「そうかな?…で、どう?考えてくれたかな、さっきの話」

 アリスの批評(ひひょう)をあっさり受け流し、ミクルは話を再開する。アリスは、一瞬だけまた悩んだ。

「ひとつ、言っておきたいんだが」

「うん?」

「俺はこの世界の人間じゃない」

「まあ……分かってた。にわかには信じ(がた)いとは思うけれど、本気でボクたちやこの世界のことなんてさっぱり知らないみたいだし」

「……は?じゃあなんで」

 アリスが()くと、ミクルは少し考え、答えた。

「だからこそ、かな。ボクたちはキミみたいな存在を今必要としていて、キミにとってもこれは悪い話ではないと思うし」

「……」

 具体的な話が見えない分()(がた)いが、同時に魅力(みりょく)的な話だった。如何(いかん)せん話がうまく出来すぎていて、(はなは)だ不安ではあるのだが。

「詳しく聞かせてくれないか?」

 すると今度はアリスたちがここまで来た道と同じ方向から、大きなハットを被った男が歩いてきた。

「うわ……」

 そちらを見たミクルが顔を引き()らせながら呟いた。男はうずくまっている女の横を通り過ぎ、そのままアリスたちの元まで歩み寄り、続ける。

「さて、ミクル・スカーレ。幾度(いくど)とない無許可な外出と私の言いつけを無視した君への懲罰(ちょうばつ)だが」

「ゔ」

「まず日が暮れる前に戻って先に彼と話がしたい。弁解(べんかい)はその後で存分(ぞんぶん)に聞こう」

 男は言うと(きびす)を返し、女に「戻るぞ」と声を掛けると、女は立ち上がりこちらを一瞥(いちべつ)すると男について歩き始めた。

「……ボクたちも、行こっか」

 ミクルはアリスの手をつかみ男たちの後に続いた。

「随分強引だな」

「不安?」

「まあ、この拉致られている状況の中じゃあな」

「人聞きの悪いこと言うね」

「事実だからな」

「……」

 ミクルが沈黙したことで、会話は終えられた。


(なんか、今日はいろいろと忙しい日だな…)

 ミクルに引っ張られながら、アリスはそんなことを考える。



♠︎ ♡ ♢ ♣︎



「ここがボクたち(ラビット)の家だよ。意外と立派でしょ」

「……」

 仮面の男から聞いた、この世界の情勢(じょうせい)からは到底想像が出来ない程、ミクルの言う「家」は大きかった。家と言うよりは、アリスが(かつ)て訓練兵だった頃の(りょう)に似ているのだが。

「さて、君の名をまだ聞いていなかったね」

 ハットの男が振り返り、アリスに()く。……なんとなく横から視線を感じたが、そう言えばまだミクルにも言っていなかった気がする。

「アリスだ」

「……!」

 名を聞いた瞬間、男は目を見開いた。当然その意味がわからないアリスが困惑していると、

「アリス君、今すぐ君と話がしたい。……単なる交渉話だが、ここではできない。君も立ち話は(しゃく)だろう…相応(ふさわ)しい場所へ案内する。ついて来てくれ」

 と男は言った。

「……勝手に話が進んでるのは少し気に食わないが、聞くだけ聞いてやるよ」

「すまないな…チェシャ猫、(しば)しの間スカーレを頼む」

 チェシャ猫と呼ばれた女──先で会った黒髪長身の女だ──が指示を受けると、仮面を貼り付けたような不自然な笑顔で「はいはい、(うけたまわ)りました」と言いミクルの背後に回ると、そのまま目の前の小柄(こがら)な少女を抱きかかえた。

「ちょっと! 離して、そんなことしなくたって逃げないから!!」

 ミクルが手足をバタつかせながら力いっぱいに叫ぶが、まともに自由の効かない状態では当然無力に終わった。

「ぷっ」

 ──その(さま)滑稽(こっけい)であったため、思わずアリスは吹き出してしまった。慌てて両手で口を(ふさ)いだが、ミクルの耳にはしっかり届いていたようで。

「アリスぅ……」

 ミクルは顔を上げ、耳まで真っ赤に染めると、さっき聞いたばかりの青年の名を(おこ)りっぽく口にした。……そんなミクルに目を向けることなく、ハットの男はアリスの肩に手を置き、背を向けると歩き出した。

 最後にアリスはミクルにちらりと一瞬目配せをし、男について歩き始めると、後ろから「後で覚えてなさい!!」と不機嫌な声。

「すまないな、彼女はかなり幼い頃に捨てられた為に多少教養(きょうよう)がなっていないのだ、あのような戯言(たわごと)を抜かすことも多いが言わせておいてくれ」

「……容赦、ねえな…」

 アリスはそう呟くと、ため息を()いた。


(にしても……)

 捨て子か、とアリスはふと思う。



♠︎ ♡ ♢ ♣︎



「どこが、相応しい場所だって?」

 数分前の男の発言を振り返りながら、目の前の更地(さらち)を見てアリスは言った。当然そこには腰掛けるものなどない。到底交渉話とやらに相応しいと言えるべき場所ではなかった。

 しかし男は気にする素振(そぶ)りを見せずに数歩前に立ち止まると、ちょうど(てのひら)ほどの大きな()を自身の目の前の虚空(こくう)へ突き刺した。

「!?」

 ──その奇行(きこう)の意味を考えるより先に、何もなかったはずの男の前には巨大な扉が出現し、そのまま解錠(かいじょう)の音が響いた。しかし出現したのは扉だけであって、それはそれとしての機能を全うしていない。

「ここだ、入ってくれ」

 困惑するアリスを気にも留めず、男は扉の中央にある鍵穴に先ほどの鍵を刺したまま扉を開くと、そこへ入るようアリスを(うなが)した。

「いや、入るつってもなぁ…」

 しかし開かれた扉の奥には全く同じ更地の風景が広がっていて、どう考えても男が何をしたいのかがわからない。だが彼は冗談や揶揄(やゆ)のつもりで言っているわけではなさそうなので、アリスは半ば思考停止状態で扉の奥へと足を踏み入れた。

「……は?」

 ──そこには先ほどのような更地は広がっておらず、れっきとした()()だった。そして壁一面には無数の本が並べられていて、また迷路のように道は()り組んでいた。

「来ていたのか、バル」

 背後からの男の声で、アリスは我に返った。そのまま前を見ると、若くもどこか(なまめ)かしい雰囲気(ふんいき)(ただよ)わせる長い金髪の女性が座って本を読んでいた。

「心外だな、君がここに来る理由はもうないと思っていたが」

 男はアリスより前へ歩き出しながら〝バル〟と呼んだ女性へ話しかける。

「退屈なのじゃ。それに以前も言ったように、ここでは常に書が更新されている。……なにも、(わらわ)がここに来る理由がないなんてことはないと思うのじゃが?」

「そうだな……しかし悪いが席を外してくれないか? これから彼と話があるのだ、別に君になら聞かれても構わないが気に(さわ)って仕方がない」

 それを聞くと、〝バル〟はまだ読みかけの本を閉じると、椅子(いす)から立ち上がり、男に向き合った。

「……そうか、ようやく始められるのじゃな?」

「ああ。君も先に()()()()()を聞いてしまうのはつまらないだろう?」

「全くその通りじゃ。それに──」

 〝バル〟はそこで言葉を切るとアリスに目を合わせ、続ける。

「ようやく、楽しめそうな()()()が始まりそうなのじゃからな」

「……?」

 アリスが会話の意味を理解できずに戸惑(とまど)っていると、〝バル〟はこちらに背を向け奥へ歩き出した。

「では失礼するとしよう。期待しておるぞ、帽子屋(ぼうしや)

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