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終末の地のアリス 一Alice in Deadland一  作者: 叶生 寧愛
第一章 青年傭兵と魔法戦士 一Boy meets Rabbit一 1.異端と世界
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第三話「人と魔法」

 ボクが生きる理由…か。死ぬまでには夢を叶えたいって、ただそれだけだけど。もう少し、欲張ってもいいのなら、普通の人間として生きられたらって。いつかそういう日が来たらって。あ、これは夢ではないからね?どちらかといえば、単なる願望ってとこかな。─ミクル・スカーレ

 かつてこの世界には、大きく分けて二種の人間しかいなかった。

 〝魔力(フラム)〟を感知し、自らの意思で扱うことのできる〝魔法使い(フレイマ)〟なる者が少数と、そうでない、魔力(フラム)を五感で(とら)えることのできない者が多数。

 いずれも生まれてから死ぬまで、それで()ることを貫徹(かんてつ)している──つまり魔力を感知できない者たちは魔法使い(フレイマ)になれないし、逆も(しか)り。その上で、彼らは共存していた。だが十数年前、()()()()()()()()()、二種のどちらにも属さない──(ある)いは()()()()()()()()()()、〝第三の種〟が発見された。

 それが〝特異点(ラビット)〟。異端(いたん)にして災厄(さいやく)にして、未知。得体(えたい)も、多寡(たか)も、実態も不明。

 いま分かっている特徴はふたつ。ひとつは、普通の人間が突然魔力と直接的な干渉(かんしょう)ができるようになるという点。もうひとつは名前の由来となった、うさぎの耳。突然変異が如く、何の変哲(へんてつ)もない頭から二本、それと形状の似た何かが生えてくるのだ。

 そんな彼らに、人々は様々な見解を()いた。

 単なる新人類の誕生、神の御業(みわざ)、悪魔の呪い、精霊のいたずら──エトセトラ。

 だが最後には特異点(ラビット)忌避(きひ)し、隔離(かくり)した。しかしそれから少し経った頃、歴史を揺るがすほどの大事件が起きた。

 それが、〝アルマクリフの黄昏(たそがれ)〟。大都市アルマクリフの壊滅(かいめつ)を意味するそれは、約二〇〇名の特異点(ラビット)夜襲(やしゅう)によるものだった。確認されている死傷者数は五〇〇〇にも及び、アルマクリフは火の海となり、その(さま)が黄昏時の光景のようであったために、皮肉を込めて名付けられた事件。未だに遺体の見つかっていない者もいると言われている凄惨(せいさん)虐殺(ぎゃくさつ)首謀者(しゅぼうしゃ)である〝終世の求道者(ぐどうしゃ)〟グリファス・グランダーテが事件から間もなく行われた、公開処刑の場にて最期(さいご)に吐いた言葉は、たちまち世界中に広まった──(いわ)く、

同胞(どうほう)諸君に告ぐ。この殺戮(さつりく)は自由への狼煙(のろし)だ。もしも貴様らが我と同じ夢想(むそう)(かか)げるのならば、この闘志が我が身もろとも灰と化す前に反旗(はんき)(ひるがえ)せ。そして我が遺志(いし)本懐(ほんかい)()げよ。我が名はグリファス。自由を求道する者──ッ!!」

 と。それから長きにわたり、この遺言(ゆいごん)扇動(せんどう)された特異点(ラビット)刺客(しかく)が世界最大の帝都グレイラピスに潜入(せんにゅう)しひたすら皇帝を(あお)った──あえて露骨(ろこつ)に革命を行うのではなく、民を襲撃(しゅうげき)するという陰湿(いんしつ)な手を使って。

 暴行や強姦(ごうかん)、果てには殺人までをも犯した。だがそれほどまでに彼らの自由に対する執念(しゅうねん)は強く、根深いものだった。

 これを受け、帝都側はもはや特異点(ラビット)の要望を全て受け入れ、共存の道を選ぶほか対処法はなかった。


 ──だがある時、()()()()()()()()()()

 クァルツ歴一二九年、帝都は特異点(ラビット)に対抗するため精鋭(せいえい)部隊を結成し、更に現代の技術をも凌駕(りょうが)する、製造方法や仕組み(カラクリ)の一切が不明の戦闘に特化した武具──〝神機武装(マシンウェポン)〟を手にしその圧倒的な力で特異点(ラビット)鎮静(ちんせい)させた。

 そして現在──クァルツ歴一三六年、結局特異点(ラビット)たちは帝都の前になす(すべ)もなく、依然(いぜん)として存在を認められないまま、ひたすら身を隠しどこかで暮らしていると言われている。



♠︎ ♡ ♢ ♣︎



「で、そこの女も(くだん)特異点(ラビット)というわけだ。俺らは()()に用がある。事情がわかったなら、さっさとそこを退()きな」

 一通り説明し終えると、男はアリスとミクルの元へ歩み寄りながら言う。

「なるほどな……」

 ここまでの話を聞き、アリスが後方に立ち(すく)んでいるミクルをちらり、と見やると、彼女は気まずそうに目を逸らした。

「しかしなぁ……肝心のお前らの正体が分からねえと、はいどうぞって引き渡す訳にもいかねえんだよな」

 男に向き直ると、アリスは腕を組みながらそんなことを言う。確かに、情報が少なすぎる。彼の言う通りにするのは、全く安心ができない。しかし男は、

「悪いがそれは言えねえな。だが安心しろ、殺しはしねえ。何せ生け()りっつう依頼だからな」

 と言い一旦(いったん)立ち止まると、続けた。

「それよりいいのか?そこの特異点(ラビット)は大量虐殺者(ぎゃくさつしゃ)どもの残党(ざんとう)──言ってしまえば人類の敵だぞ。そこに横槍(よこやり)を入れるっつうことは、どういうことかわかるよな?」

生憎(あいにく)だが国ひとつくらい敵に回す覚悟の重さは(きも)(めい)じている。だからどんな事情で人類(おまえら)に楯突くことになるとしても、俺はここを退()かないぜ」

 アリスが言うと、男は(あざけ)るように応える。

「おいおい、これ以上笑わせないでくれよ。一体どこにそこまでラビットを護る義理があるってんだ?」

「コイツには恩があるからな。今の俺には護る事しかできねえ。しかし間違っても、仇で返すことにはなっちゃあいけないだろ」

「そうか……残念だな。何よりそんな無価値で無意味な命を、身を(てい)して護ろうとする馬鹿頭が残念だ」


 ───ぴく、と。アリスの眉が痙攣(けいれん)した。

「おい……今お前が言ったこと、一字(たが)わずもう一遍(いっぺん)言ってみろ」

「……は?」

 アリスの唐突な要求に、男は思わず訊き返す。

「いや……聞き間違いならいいんだがよ。内容によっちゃあお前が数秒後まで生きていられる保証はできねえ」

 先程までとは雰囲気が変わり、決して半端ではないその気迫を前に、一同は身を震わせた。しかし男は息を()むと、精一杯に平静を装いながらアリスの要望に応えた。

「ハッ、いいぜ。何遍(なんべん)だって言ってやる。何より残念なのはよ……ソイツのことを身を挺してまで護ろうとするお前の馬鹿頭───」

「ちげえよ。()()()()()()()

 男の言葉を威圧的に遮り、アリスは続けた。

「言ったろ……()()()()()ってよ……それに俺がもう一度聞きてえのは()()()()()()()。肝心なところ、忘れてんじゃあねえよ」

「……まさかとは思うけどよ───俺がそこのラビットのことを、無価値で無意味な命と言ったのが問題だってのか?」

()()()()()()()()()()()()?」

 不思議と、空気が凍てつく感覚に誰もが(おちい)った。アリスの表情はその場の誰にも悟られず、ただただ身の毛もよだつ闘気が、彼の身体に(まと)わりついていた。

 男はもはや仮面でも隠しきれていないほど怯えているが、それでもアリスに応えた。

「ああ……そうだそうだよ! ラビット(ソイツら)に生きている価値なんて微塵もねえ! 〝依頼 〟通りに事が進まねえと俺らは飯が食えねえんだ……せめてそれだけの為にも生かしてやるだけ俺らには慈悲があると思うぜッ!!」


 しん……と、ほんの一瞬だけ静寂が訪れる。それを破ったのは、「(よろこび)」の仮面よりも遥かに狂気を思わせる笑み───修羅(しゅら)が如くの狂笑(きょうしょう)を浮かべたアリスだった。


「残念だ。本ッ当に残念だ……何より、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……えッ?」

 ───眼にも留まらぬ速さで男との差を詰め、アリスが(こぶし)を男の顔面に叩き込むと、男は(はる)後方(こうほう)へ宙を舞った。

「「………」」

 男の仲間である、残りのふたりはただ、その場で棒のように立ち尽くしている。どうやらアリスの底知れない力に圧倒され、身動きが出来ないようだった。


「───ちょッ!!」

 そこでようやく動けるようになったミクルが、表情に平穏さが戻ったアリスに駆け寄ってきた。

「どうしたミクル? 胸糞悪い野郎が吹っ飛んでスッキリしなかったか?」

 アリスがそう言い終えた直後、ぱちん……と彼の(ほほ)が鳴り響いた。

「……ばか! 素直にボクをアイツらに引き渡していれば、事は丸く収まったハズなのに……!」

「ンなこと出来るわけねえだろ」

 赤くなった片頬をさすりながら、アリスは即答した。

「どうして」

「言ったろ。お前は恩人なんだから、少なくとも仇で返すような結果にするわけにはいかねえんだ」

「恩人だなんて……大げさでしょ。それにキミは今ので、ほんとのほんとに世界を敵に回してしまったようなモノだよ? 代償が、大きすぎるよ……」

 彼女は涙を溜めながら、しかし決して流すことは許さず、ぐっと下唇を噛み()(うつむ)いた。


 ───難しい年頃だな、と思う。アリスはこめかみの辺りを()きながらため息を()くと、言葉を探りながら話しだした。

「気にすんな。俺が選んでやった事だ、それに俺ならなんとかこんな世界でもやっていけるさ」

 無根拠だし、そんな自信はない。しかし彼女を安心させるには、こう言うしか方法は分からなかった。

 アリスはミクルの持っているハンチング帽を奪い取ると、彼女の頭に被せた。

「まあ、安心しろよ。とりあえず今日はもう面倒事に巻き込まれねえように、しっかりソイツを被っておきな」

 さて、と。

「しかし───あのふたり(アイツら)、逃げやがったな」

 ……遠方で気を失っているようすの男をそのままに、残りのふたりはいつの間にかその場から姿を消していた。

「仲間意識ってもんがねえのか、コイツも恵まれねえな……で、どうするよ?」

 ぴくりとも動かず横たわっている「(よろこび)」の男のもとまで来ると、アリスはそうミクルに問いた。


「さぁ……そこの樹にでも縛っておく?」

 と、特に悩んだようすもなく彼女はそう提案した。

「それ賛成。丁度(ちょうど)ここに、いいツタがあるからなぁ……」



♠︎ ♡ ♢ ♣︎



「ところでさ、キミ何者?」

 男を縛り終え、ようやく安息にありつけると、ミクルはそう訊いた。

「……言われてみれば何者なんだろうな。少し前までは──傭兵(ようへい)だった」

「何それ。もしかして、歴戦(れきせん)の勇者だったり?」

「いや、そんな大層(たいそう)なもんじゃあねえよ」

「うーん、不思議な人」

 ふたりでそんな話をしていると、

「……本当に残念な野郎だ。ほんの少し形が違えば、お前ほどの人材は帝都の精鋭部隊に入隊出来たんだろうが」

 と。目を覚ました男がそんなことを口走った。

「驚かせんじゃあねえよ……しかしそうかもな。もしかしたら俺は本来帝都側についていたかもしれない」

「一番残念なのは、帝都の方かもしれんな……ところで、()()()()はなんだ? いや、普通の子鳥には到底(とうてい)見えないが…生きているのか?」

「あ? …あぁ、戻っていたのか、ニーナ」

 どこかではぐれてしまっていたニーナが、いつの間にかアリスの頭上を飛んでいた。

「あ、そういえば、さっきの大きな鳥も普通ではなかったけれど…」

「ああ、コイツは──()()()()()()()。言葉通りな」

 (しば)しの沈黙(ちんもく)。それを破ったのは、男だった。

「……化け物め」

「あぁ、化け物だよ。本当にそうだと思う」

 アリスはどこか暗い表情でそう言うと、男に向き直り、続けた。

「さて、お前の話だが──死ぬまでここに縛られているか、逃げてった仲間が戻ってくるのを待つか…どちらにしても長時間この状態だろうが、せいぜい頑張りな」

「くっ…言ってろ」

「…んじゃ、もう(しばら)く眠ってな」

 アリスは言うと、もう一度男の顔に鉄拳(てっけん)見舞(みま)った。



♠︎ ♡ ♢ ♣︎



「ところでミクル。お前、こんなところで何してたんだ?探し物か?」

 ふたり──と一羽で森の中を進んでいると、アリスはミクルにそんなことを訊いた。

「まあ、そうだね。でももうすぐそこだよ、ほら──」

 ミクルが走り出し、森を抜けるとそこには、一面の花畑があった。

「うわぁ……」

 深緑(しんりょく)の中に()き詰められた色鮮やかな花々(はなばな)に、ミクルは眼を輝かせた。空気を吸い込むと、鼻につんとくる刺激的な香りを感じた。

「あてもなく歩いていたわけじゃあなかったのか…って、お前ここ()るの初めてなのか?」

「うん、そうだよ」

 そこでアリスは違和感に気が付き、それを訊こうとする前に、ミクルは一輪(いちりん)の花を()み取るとそれをアリスに差し出した。

「さっきは、叩いたりしてごめんね。護ってくれてありがとう」

「え? あ、おう…」

 アリスは受け取り、花を見ると口元をほんの少しだけ、(ゆる)ませた。


「……ねえ、キミ、これからどうするの?」

 アリスは少し考え、応える。

「特にこれと言って目的はないが、上空(うえ)から見えた都の方に向かってみようと思ってる」

 それを聞くとミクルは「ふーん」と呟き、続けた。

「でもそれは、やめておいた方がいいと思うな……仮面の男たちに顔はバレているし、いくらキミでも危険だと思う」

「じゃあ、どうすればいいんだよ」

 似合わない困惑の表情を浮かべながらアリスは訊くと、ミクルは少し考えてから提案した。


「そうだな……差し当たりは、()()()()()()に来てから考えるっていうのは、どうかな?」

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