表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末の地のアリス 一Alice in Deadland一  作者: 叶生 寧愛
第一章 青年傭兵と魔法戦士 一Boy meets Rabbit一 1.異端と世界
3/18

第二話「運命の邂逅」

 少し、昔の話をしよう。

 アリスら傭兵(ようへい)の戦闘技能は、訓練兵として施設で修練をしていた際、施設の表向きにおける管理者のひとり──アリスらが呼ぶところの師から指導され身に付いたものであり、そのほとんどは武器を使わない、丸腰の状態を想定した(わざ)である。


 例えば、自身の走力を最大限に引き出し自らが出せる最高速度で駆け抜ける走法──〝獅駆鳳翔(しくほうしょう)

 地上を駆ける獅子が如く地を蹴り、そして空を()ける(おおとり)が如く風を切り言葉通り眼にも留まらぬ速さで、驚異的な疾走が実現可能となる。


 アリスらが師から教わった業の全ては、このように完全に人間が生み出すことの出来る拳法の範疇(はんちゅう)ではなかった。師がどんな手を使ってそれらを習得したのかは分からないが、その業のほとんどが今はアリス自身に(さず)かれている。

 だが、如何(いかん)せんアリスらの戦場においては単純な戦闘技能に加え、それぞれが持った特殊能力を生かして(のぞ)まなければならない。

 特殊能力。

 世界中の各地で確認されている、個人差はあるらしいが、大抵が物心がつき始める頃の子供に顕現(けんげん)することがある、科学や理論では到底証明や説明ができない力。

 国によっては崇拝(すうはい)され、また(しいた)げられる地域もある。アリスの国では、どちらかと言われれば後者──〝呪われた血(サタナダム)〟と呼ばれ蔑視(べっし)されている。

 さて、アリスの能力は前述の通り、自らの手で生み出した生命(いのち)を自然物や無機物に宿す、というものだ。創り出したもの──言わば擬似生物は、アリスの意思で自由に格納及び顕現することができる。

 この擬似生物は概念的に生み出した生命に頓着(とんちゃく)するものではなく、具体的な(かたち)が定着していなくても自由意志を持った機械のように動き出すことはできる──が、そのようなケースでは十分な活動に必要な燃料──我々からすると食物のようなものだ──の補給が不自由になり、結果的にすぐ動けなくなり死に至ってしまう。概念的に生み出した生命、というのは、簡潔に言えばアリスのイメージだ。

 ある固定的な生物を想像すれば、創り出した生命は同じように(かたど)った媒体(ばいたい)さえ用意されていればある程度それに近付く。

 例えばニーナのような小鳥は、難しいことは考えずに翼さえ創れば空を自由に飛ぶことができる。自然に生まれる命とは違い、最初から()()()()()()()()()()()生まれるため、本来それが持っている習性や本能は、勝手にインプットされている。また、本来の生物と違う点はもうひとつあり、それは身体的に成長しないというものだ。

 この2点を除けば、この能力で創った生物はみな、普通の生物として活動をする。


 これが、アリスの能力〝創命入魂法(セフィロト)〟の基本的な内容だ。


 全ての戦いが終わったのち、アリスはこの能力を使わずにいた。

 その理由のひとつは、戦いで寿命をすり減らしてしまったそれらを労わってやりたいと想う気持ち。つくりものの命とはいえ、れっきとした生物だ。そしてそんな彼らと同じような生命を、戦いの終わった今となって無理に生む必要は無いと判断したのが、もうひとつの理由だ。


 ──それにしても、散々虐げられ(さげす)まれるきっかけを作ったその能力が、平和のために紛争に使われ、その本懐(ほんかい)を遂げたというのは、なんとも皮肉なことだ。そしてこれからの戦いにおいても、アリスはこの能力を使い続けることとなるのだ。



♠︎ ♡ ♢ ♣︎



 〝ロッテ〟と呼んだ大鳥に掴まりながら、(あて)もなくしばらく上空を彷徨(さまよ)っていると、遥か遠くの空に巨大な島──のようなものを見つけた。

「……?」

 確認しようと、それを目指してみる。


 しばらくすると、あることがわかった。

それはこれが、昔何かの本で読んだ、所謂(いわゆる)龍という架空(かくう)生物のような形をした何かであるということと、少しずつではあるが動いているということだ。

 龍の形をした何か、というのは、頭部と四肢(しし)に加え翼を有しているが、その全てがからくりの様であって生気が感じられず、更に言えば翼の形をしたそれはほとんどそれとしての機能を果たしていないということだ。

 そもそもこれは度し(がた)い大きさで、実際に空を飛ぶにはいくつかの物理法則を無視しなければならない程であった。

 ──物理法則を無視する、という点は、その例を幾度(いくど)も経験しているアリスにとっては今更驚く程のものでもないのだが。


 とりあえず、更に上空から偵察(ていさつ)しようと(こころ)みてみる。




 ──視界の奥で、(きら)びやかな金髪の少女が微笑(ほほえ)んでいるのが見えた。なんの変哲(へんてつ)もなく、ただ上空に(たたず)んでいる。

「あ──?」

 しかし一度(まばた)きをすると、そこには誰もいなかった──当然なのだが。


 ずき、と頭が痛んだ。

「……あれ、俺、今何を──」


 ───突如(とつじょ)、保たれていた高度が失われ、アリスたちは急激に落下し始めた。

「──!?」

 抱えていたうさぎをそのままに、ロッテに密着しながら何が起きたのかを把握しようと探ってみる。するとロッテの腹部が損傷していることがわかった。更に調べると、拳ほどの大きさの石を見つけた。そしてそれと同じような石が地上からいくつも飛んできている──恐らくこれがロッテに直撃し、大きくダメージを受けたのだろう。だがこの状態になってもなお、投石は続けられた。

「くっ…」

 自由に動けず、アリスはただ飛翔力を失ったロッテにしがみつき、そしてそのまま──幸いと言うべきか──森林の中に突っ込み、木の枝やロッテの体がクッションとなり、だいぶ勢いは殺されながらも地に落ちた。

「わわっ!」

「いってぇ……あ、ロッテ!!」

 ──自分以外の声に気付かず、アリスはロッテの安否(あんぴ)を確認する。が、しかし既に絶命していた。

「……すまない」

 ロッテの体躯(からだ)をさすりながら、アリスは申し訳なさそうに呟いた。

「あの」

 先程の声の主と思われる(アリスは気付いていなかったが)、多少の赤毛が混ざった白い髪の少女が、伺うようにアリスの顔を覗き込んだ。頭には、うさぎの耳のようなものが生えている──ように見える。

「結構な高さから降ってきたみたいだけれど、大丈夫? けがはない? ……って、うさぎ?」

 「あ?」と間の抜けた声を出しながら、視線を自らの(ふところ)に落としてみると、うさぎがここぞとばかりにアリスの腕から脱出した。……どうやら、すっかり気を抜いていたようだ。

「あ、ま、待てっ!!」

 体勢を整える一瞬の間に、うさぎは見えなくなっていた。アリスは膝からその場に崩れ落ちる。

「終わった……」

 空腹と疲労から絶望の表情を浮かべていると、横から少女が声をかけてきた。

「あの…大丈夫? お腹空いてるの? ……ボクの昼食分けようか?」

 と。──今のアリスには願ってもないことだ。アリスは首だけを動かし、少女の方を向き「いいのか?」と()くと、少女は微笑みながら布を被ったバスケットをアリスの目の前に差し出し、控えめに頷いた。



♠︎ ♡ ♢ ♣︎



「おぉ…これ全部お前が?」

 すぐ(そば)の木の根元に腰掛(こしか)け、バスケットに被さった布を取ると、肉や鮮やかな黄緑の葉を包んだ、白く柔らかいパンのようなものと、それと同じようなものがいくつか詰まっていた。

「うん、こういうの得意なんだ。あと、お前じゃなくてミクル。ミクル・スカーレだよ」

「お、おう…すげぇなミクル、これすげえ美味いぞ。多分、今まで喰ってきた中で一番だ」

「……それは言い過ぎじゃないかな、じゃなかったとしたら今までどんなもの食べてきたの、キミ…って、こら。そんなに慌てないで、もっとゆっくり食べられないの?」

「そりゃあ、もう二日も飲まず食わずだったからな…」

 口の中のものを飲み込むと、アリスは次へと手を伸ばした。今度はしっかり味わってみる。

 外側の白く手触りの良いパンのようなものに、歯ごたえがあってみずみずしい色鮮やかな葉がアクセントとなり、適度に火の通った肉が香ばしい匂いを引き立て、同時に味付けもこなしている。それぞれの素材が最大限に生かされていて、非の打ち所がない。気付けば、バスケットの中身は(から)になっていた。

「もうないのか!?」

 落胆するアリスを(にら)みつけながら、

「いや、ボクほとんど食べられてないし…」

 とミクルは呟いた。

「……まあ、ありがとな。ごちそうさん」

「……お粗末さま」

 ミクルは()ねたように口を(とが)らせ言った。


 ──と、アリスが何気なく先程自分らが落下したところを見やると、何かを見つけた。

「ん?」

 ミクルの横を通り過ぎ、近付いてみるとそこには、紺色のハンチング帽が落ちていた。

「これ…お前のか、ミクル?」

 拾い上げ、ミクルに差し出すと、ミクルは心()しか慌てた様子で自身の頭上を手で探るような動作を何度か繰り返し、ハンチング帽を受け取った。

「……もしかして、今までずっと()()が見えててボクと普通に話してたの? キミ」

 なんだか含んだ()き方をするなと思いながら、アリスは「お、おう…?」と応える。

「キミ、どこから来──」



「おっ、〝ラビット〟はっけーん」

 ミクルの声を(さえぎ)ったのは、軽い口調の男の声だった。ミクルの背後数メートルから現れたその声の主は、顔を仮面───白い無地の上に黒い模様があり、それは狂気すら感じる不気味な笑顔のように見える───で隠していた。

「まさか本当にこんなところでお目にかかれるとはな……」

「まず一匹、話はそれからだ」

 続いて似た仮面を付けたふたり、その男の背後に現れた。先程の感情を象ったような仮面を「(よろこび)」と名付けるならば、たった今やってきた男たちの付けている仮面は「(いかり)」「(かなしみ)」と呼ぶべきか。

「知り合いか?」

 アリスはミクルに訊く。

「……キミにはそう見えるの?」

 とミクルが訊き返すと、アリスは「いや」と簡単な否定をしミクルより前に出た。

「どんな事情かは知らないが、お前ら…運が悪かったな?」

 多少(おど)し口調でアリスが言うと、特に(ひる)んだ様子もなく最初の男が応えた。

「……なんだお前、まさかそこのラビットに力貸すつもりか?」

「まあ、少なくとも今からひとりの女の子に変な仮面付けた謎の集団が群がって不穏なことを企んでる状況を見て判断した結果だな」

「それがラビットでもか?」

「だから、どんな事情かは知らねえって。なんだその、ラビットってのは」

「え?」

 それを聞き、ミクルが驚嘆(きょうたん)の声を上げるとほぼ同時に、三人が腹を抱えて笑い出した。

「……?」

 状況が理解できずにいると、男のひとりが話し始めた。

「お前、何も知らないクセにここに居るのかよ? 一体どこの人間だ?」

「……」


 一瞬返答に困ったが、少し考えるとアリスは片手の人差し指で空を示した。

 するとまた、男たちに笑われた。

「いや、確かに間違ってはなかったかもしれないけどさ…」ミクルが呟く。

「俺が一番知りたいことなんだけどな…」



 しばらくして場が落ち着くと、男のひとりがまた話し出した。

「まあ俺らもお前の事情なんざ知らねえけどよ。なんなら、俺で良ければ教えてやってもいいぜ。そこの()()()()()ラビットについて、な」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ