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終末の地のアリス 一Alice in Deadland一  作者: 叶生 寧愛
第一章 青年傭兵と魔法戦士 一Boy meets Rabbit一 1.異端と世界
2/18

第一話「平和になった世界で」

 命を生む、というのは酷なことだ。

 その命は勝手に生まれさせられて、いつかは誰かの意思で死んでしまう。

 だからきっと、“生む”という行為と“奪う”という行為は、根本的には同じことだ。

 奪う者が誰であっても、それを生んだ俺は多分、同罪者だ。─アリス

 初めて『その能力』を発現させた時のことを、よく覚えている。

 物心がついて間もない頃──アリスにとって最も古い記憶と言っても過言ではない、脳裏(のうり)(まぶた)に焼き付いたその日。

 父母(ふぼ)に見守られながら、家の庭ではしゃぎ回っていた時のこと、ふと(ねずみ)死骸(しがい)を見つけたのだ。それはアリスが初めて触れた“生物の死”であり、多大な刺激と衝撃を与えた。

 ──その時、自身の体内から何か異様な力がこみ上げてくるような錯覚を起こし、制御の効かないそれはアリスの叫喚(きょうかん)と共に周囲へ放出された。

 それは範囲こそ小さかったものの、周辺の草木は異常な速さで成長し、たちまち枯れ果てた。

 天変地異(てんぺんちい)(ごと)く変わり果てた小さな異世界の中で、正気を取り戻したアリスが最初に見たのは、本来親から子に向けられるべきものとは全く異なる、両親から彼自身に対する畏怖(いふ)軽蔑(けいべつ)の眼だった。


 この日から一ヶ月も経たないうちに、幼きアリスは国の管理下に置かれている養護施設──もとい特殊傭兵(ようへい)訓練施設に送られた。



♠︎ ♡ ♢ ♣︎



 アリスが施設に来た日、師が言っていたことを思い出す。

 (いわ)く、『人間らしさとは誰かが勝手に決めた物差しのひとつに過ぎない。いくら手を汚そうとも、他人からどれだけ化物と言われようとも、自分が人であろうとする間は誰だって人のままだ』と。

 当時はその意図を理解し得なかったが、全てが終わった今なら、なんとなくわかる。

 恐らく、『これから幾人(いくにん)もの命を奪うことになるが、自分をさも人でないかのように扱った者たちよりも人であり続けろ』ということだろう。

 それでも、実際にこの手で殺してきた数多(あまた)の戦士たちは、自分が人であろうとし続けることを許容(きょよう)してくれるのだろうか。

 しかし、その疑問に答えてくれる者は誰もいない。だからアリスは、そっと胸の奥に仕舞(しま)い込んだまま、孤独の日々を過ごし続ける。



♠︎ ♡ ♢ ♣︎



 夜が明け、小鳥のさえずりが聴こえ始めた頃、アリスは目覚めた。

「…ニーナ、おはよう」

 アリスが言うと、()()()()()の小鳥が返事をするようにアリスの元へとやってきた。これはアリスの“能力”により創られた“命”であり、彼はこの能力を〝創命入魂法(セフィロト)〟と呼んでいる。

 〝生命〟を創造し、自然物や無機物に吹き込むという力。

 不思議なことに、この力は初めて発現した時以来の暴走は一切なく、多少の実験で容易(たやす)く扱えるものとなったのだ。

 師曰く、アリスのようなタイプは極めて珍しいという。なんでも、多くの能力者は心身の成長に比例して徐々に能力を制御できるようになると言う──どれもこれも、今となってはどうでもいい事なのだが。


 ──さて、秘密裏(ひみつり)にて行われていた紛争から唯一生き残った存在である彼には、()()()()()()()()()可能な範囲内で一つだけ願いを叶えてもらう権利を与えられた。それは当然のことで、報酬あってこそ傭兵というものは成立する。

 が、アリスは『このまま施設で暮らさせて欲しい』という内容(こと)約束(それ)を使い、望み通り独り森の中の施設(いえ)に住んでいる。

 しかし当然、以前のように食物を配給してもらえることはないので、もちろん自給自足となっている──が、最近はどうやらまともな食事が出来ていないらしく、この日も狩りに森へ入るつもりだった。

「ニーナ、今日という今日は絶対に熊の一頭や二頭でも狩らなければならない…何せ二日ほど飲まず食わずで胃の中も空っぽだからな」

 腹をさすりながら、アリスは現状を振り返るようにニーナに語りかける。ニーナはそれに応じるように(くち)(と言っていいものなのかはわからないが、本来の構造を考えると辻褄(つじつま)が合うだろう)を開け、金属音を響かせる。

 正直、体を動かすのも限界に近付いていた。こうして立っていられるのも、残り数十分といったところだろう。

 しかしそんなアリスに、千載一遇の好機が訪れてきた───森へ入ろうとして、脚を止める。アリスは(つば)を飲み込むと、息を殺した。


 彼の視線の先には───格好の獲物、太った野うさぎ一匹、草の上で丸くなって眠っていた。


 しん…と辺りは静まり返っている。今少しでも音を立ててしまえば間違いなく目を覚ましてしまうだろう──が、しかしアリスは何年もの間戦士として育成された逸品(いっぴん)だ、気配を消すことには()けているはず…なのだ、が……。

 如何(いかん)せん油断大敵、空腹からかアリスはうさぎにばかり気を取られ、足元への注意を(おこた)っていた。当然小さな枝切れなぞに気付くはずもなく、それを踏むと案の定ぱきっ、と音が立ち、アリスの口からも「あ」と声が漏れる。

 うさぎと目が合い、アリスは硬直する。一秒にも満たない一瞬の間、静寂(せいじゃく)が訪れ──それはウサギの逃亡によって破られた。

「──あっ?! 待てッ!!」

 一呼吸遅れ、アリスはウサギの跡を追い、更に遅れてその跡をニーナが追う。

 きっとこれを逃せば、次に獲物に辿り着けられる希望はほとんどないだろう。歯を食いしばり、アリスは今出せる限りの力を追跡に費やした。


 ──森の中を縦横無尽(じゅうおうむじん)に駆け回り、二日間にわたる無食無飲の影響が現れ始めた頃、遂にうさぎを巨大樹の前まで追い詰めた。

 それはこの森で最も長寿(ちょうじゅ)のものであろう、真下から見上げれば首が痛くなるほどに巨大な樹だ。確か、ある事件があってからここは近付くことすら禁じられた──

「今はそんなことはどうでもいい、ここでこいつを(のが)せば俺は()えてしまうんだ」

 一歩アリスがうさぎに歩み寄ると、うさぎは後ずさりをする。その駆け引きはうさぎの脚が巨大樹の根に達した瞬間に終わりを迎える。

 アリスはひとつ「すまない」と(つぶや)くと、一気にうさぎとの距離を縮める。──すると唐突にうさぎはアリスの顔に飛びかかり、アリスの視界を(ふさ)いだ。

「あぁ?!な、なにを──ッ!?」

 うさぎを引き離そうとアリスはもがくが、なかなか(かな)わず。その場でしばらく暴れていると(傍目(はため)にはうさぎと(たわむ)れているようにしか見えないのかもしれないが)、突然アリスは()()()()()、奇妙な浮遊感に襲われた。

 視界を塞がれて何も見えないが──恐らく落下しているだろうということは、感覚でわかった。

 うさぎの力が徐々(じょじょ)に弱くなり始め、視界が(なか)ば自由になると、暗闇の中に小さな光を見つけた。

(どこかに、通じているのか──?)

 その光は段々と大きくなってゆく。

 ──そしてその〝どこか〟に抜けると同時に突風がアリスたちを襲い、うさぎは完全にアリスから離れた。しかしアリスはすぐにうさぎの脚を(つか)み、自らの(ふところ)に抱き寄せた。

(これで逃げられないな。で、ここは──空…??)

 安息も(つか)の間、()()から落ちた先は自分自身がよく知る、(まご)うことのない()だった。何が起きているのか理解できるはずもなく、(はる)か上空から時速数百キロメートルもの勢いで落下しているだけだった。このままでは間違いなく即死するだろう。

 現時点で何が起こったのかは言うまでもなく分からないままだが、この状況を把握(はあく)するのにさほど時間はかからなかった。アリスはうさぎを抱えていないもう一方の腕を下方へ伸ばし手を開くと、

「〈顕現(プレケス)〉──頼む、〝ロッテ〟!!」

 と、力いっぱいに叫んだ。すると次の瞬間、アリスの体躯(からだ)よりもひと回り大きい、()()()()()()()()()()()()()()()()が翼を(ひろ)げ、アリスはそれに掴まると安堵(あんど)の息を漏らした。

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