プロローグ「この物語をいつか、どこかでみている貴方へ」
命の意味を、少年は考える。
この世に生まれてきた理由を。
やがて死にゆく運命を。
然し当然ながら、幼き少年にはそれを考えるのには少しばかり早すぎた。
それを少年は、理解していた。ただ、考えずにはいられなかった。
何故自分に、この〝能力〟を与えられたのか。
その見つからない答えをただ、「施設」の庭に落ちている小鳥の死骸を眺めながら、呆然と考えていた。
「……死んじゃったの?」
ふと、窺うような声で訊かれ、振り向く。見慣れない少女が立っていた。腕には丁度半身ほどの、大きなウサギのぬいぐるみを抱えている。
「…ああ。コイツ、よくここに遊びに来てたからさ。訓練が終わったあとはいつも、余ったパンくずなんかをあげてやってたんだ…この怪我は多分、小動物かなにかに喰いちぎられたんだろうな」
淡々と応え、続ける。
「……それはそうと、どうしてこんな所にいるんだ? どこの家の子供かは知らないが、ここは森の中だし、もうそろそろ帰らないと──いや、違うな。」
少年は不可解な点に気付き、一旦言葉を区切ると、少女に向き直って続けた。
「どうやってここに来た? ここは確かに国が建てたものだが、民間人が立ち入ることは禁止されてるはずだぞ。それに、厳重な警備だってあるしな」
──少年が言うこの施設は、街で捨てられた孤児たちを国が直接保護するために建てられたもの、とされている───表面上は。
実際には特殊能力を持つが故に異物扱いとされた子供たちを、密かに裏で行われている壮大な紛争に参加させるために造られた特殊傭兵訓練施設だった。
わざわざ森の中に建てた理由も、彼らが自身を捨てた人間に対して心的外傷を抱えることを防ぐため──ではなく、そのような事実を隠蔽するためであることがひとつ。もうひとつは“訓練”を行うにあたり適した地形であることだ。
この甲斐あってか、実際にその事実を知る一般人は、誰一人としていなかった。
少年たちはそのことを予め知らされていた。だから、ここに少女が訪れたことに驚いた。更に少女の服装は少年が着用しているそれとは違い、清潔な印象を与えられた。ここから類推するに、この少女は裕福な家庭で養われているのだろう。そんな少女がこのような所まで迷い込むなど、不可解ではあったが、しかしそんな少年を気にすることもなく、少女はひとつ微笑むと、少年が思いもよらなかったことを口にした。
「ねえ──あなたの名前、教えてよ」
「あ?」
質問を無視されたこと以上に、名前を訊かれたことに驚き、間の抜けた声を出してしまった。
しかしすぐに、質問に応える。
「……俺? 俺は──アリス」
──このアリスと名乗った少年は、のちに青年傭兵として活躍した。
その手で人を殺し、多くの命が喪われていくのを、その眼で数え切れないほど見てきた。
それでも彼らは、戦い続けた。
それから、長い時が過ぎて。
人知れずとして行われていた永きにわたる紛争は、突如として終りを迎えた。
多くの犠牲と引き換えに、世界は平和になったらしい。
各地での内戦や争いはもちろん、飢餓や貧困に苦しむ民たちもいなくなったという。少なくとも彼は、そう聞かされた。
──平和になった世界で、紛争から生き残ったのは、アリスただ一人だけだった。